第43話 三番目の来訪者

          ★


「いよいよだな……」


 トーリはそう言うと、私の前にリュックを下した。


「どうか、無理だけはしないでね」


 メアリーは私の両手を握り締めると何かを押し付けてくる。彼女が手を放すと私は渡された物を確認した。


「これって……回復石じゃない」


 私は疲労を滲ませた彼女の顔を見た。トーリとメアリーがここまでどれだけ無理をして費用を捻出したのか知っているからだ。


「向こうで、ライアス君がどんな状態かわからないから、念のために……」


 この大きさではメアリーの治癒魔法程の効果はないのだが、確かに彼が今どんな状態なのかわからない以上、治癒できる手段はあったほうがいい。


「絶対に、二人揃って戻ってきてくるんだぞ」


 トーリは真剣な目をすると両手を私の肩へと乗せる。

 あの特訓から数週間。私はとうとう、例の魔法を習得することに成功した。


「もう少し時間があればもっと魔石の予備を用意できたんだけど……」


 集めてもらった魔石は、ギリギリ片道に手が届くかどうかという量だ。戻るためには向こうで調達する必要があるだろう。


「仕方ないわよ、時間を置けば置く程、ライアスが生存している確率が減るのだから」


 準備を万端にしてライアスが死んでいては意味がない。


 ユグドラシル迷宮に導かれてから既に二ヶ月が経つ。ライアスが転移(とばされた)のがどんな場所かわからない以上、待つのも限界があった。


 私は、トーリが用意した魔石が詰められたリュックを背負うと、二人に感謝して頭を下げた。


「それじゃあ、行ってくるわね」


 杖を使い、魔力を制御する。全身からごっそりと魔力が抜け落ちるのを感じるとともに私は笑みを浮かべる。


「感じる……確かにライアスとの繋がりを感じるわ」


「よ、良かったです」


「生きてると思ったぜ。あの野郎」


 メアリーとライアスが笑う姿を久しぶりに見た気がする。もっとも、それは私も同じかもしれない……。


「後は、この魔法を、成功させる、だけ!」


 ライアスの存命を確信したことで活力がみなぎってきた。

 私は気合を入れ直すと魔法を唱える。


 次の瞬間、私の身体は転移し、目の前の光景が切り替わるのだった……。


          ★



「それじゃあ、行ってくるから。キキョウも安静にしていてくれよな」


 ライアスはそう言うと、心配そうな目をキキョウに向けてから迷宮ユグドラシルへと転移していく。【階層移動石】を使えば二階や三階からのスタートができるので便利なものだ。


 キキョウは装束と武器を身に着けておらず、悲しそうな顔を浮かべ彼を見送った。


「……情けない」


 あれから数日が過ぎた。ライアスに気を遣われたキキョウは床に伏し、休養を摂っていた。


「だけど、身体が動かないんですよ」


 ドラゴンのことを思い浮かべると、耳の先から尻尾まで震えが止まらなくなってしまう。

 ゴブリンロードの斬撃を受け、血まみれになった悪夢を何度も見て夜中に飛び起きたことか……。


 食事も碌にとれず、食べても戻してしまう。そのたびにライアスに心配をかけてしまう始末だ。


 流石にいつまでもキキョウにつきっきりと言うわけにもいかず、迷宮に狩りに出掛けたライアスだったが、キキョウは胸を強く握ると不安を漏らした。


「このまま、迷宮に潜れなくなったら私は見捨てられるかもしれません」


 勿論、ライアスがそのようなことを考えているわけではないのだが、これまで、戦うことでしか自分の存在価値を証明してこなかったキキョウには、今の自分が無価値だと思えた。


「いえ、ライアスが無事に戻る保障もありません……」


 ライアスが向かったのは二階だ。前回、キキョウをおぶさって戻ったため、倒したモンスターのドロップを回収できていなかったので、駄目もとで回収に行った。


 連携で倒す機会が多かったが、ライアス自身も力をつけているので余程油断しなければ平気なのだが、不安にかられたキキョウは低い可能性でもライアスが死ぬことに怯えている。


「どうか……無事に戻って来てください……」


 不安に押し殺されそうになりながら、キキョウが腕を組み祈っていると……。


 ——ブゥーーーーン――


「えっ?」


 目の前に何やらモヤのようなものが発生した。


「これは……一体?」


 ここに来て初めて見る現象だ。【移動石】による転移の時とも違う、高密度の魔力の気配を感じる。


「ま、眩しい!?」


 モヤが広がり中から光があふれる。キキョウが右腕で顔を庇う。

 しばらくして、光が収まると、


「はぁはぁはぁはぁはぁ……」


 そこには自分とそう歳も変わらぬ少女が立っていた。


「はぁはぁ……どうやら……魔法は……成功……したみたいね」


 息を切らせながら周囲を見る少女。整った顔立ちに鋭い目つきをしている美少女で、目の前のキキョウに気付く視線を固定させた。


「もしかして、ここの住人かしら?」


 少女の問いにキキョウは答えられない。突然現れた彼女が自分に危害を及ぼす人物かどうかも判断がつかなかったからだ。


「それにしても、ここがユグドラシル迷宮? 想像していたのとは違うわね」


 キキョウが黙っている間にも少女はここが何処なのか言い当てると勝手に状況を把握しようとしていた。


(もしかすると、私やライアスと同じくここに転移させられた人でしょうか?)


 胸がズキンと痛んだ。

 自分が迷宮に潜れない状況で新たな人材が送り込まれてきた。


 ライアスに話せば彼がもろてを上げて歓迎するのは想像にかたくない。

 目の前の少女が受け入れられ、二人で迷宮探索が再開される。自分ひとりが置き去りにされるという嫌な予感をキキョウが感じていると……。


「それにしても、ライアスのところに飛ぶはずだったのに魔力が足りなかった? それとも、魔法が不完全だったのかしら? はぁ、すぐに再会できると思ったのに、あてが外れたわね」


「えっ?」


 不意に聞こえた知っている名前にキキョウは思わず反応してしまった。


「何よ、言葉通じてるんじゃない」


 目の前の少女は「ふんっ」と息を吐くとキキョウをじっと見てきた。


「あ、あなたは一体?」


 胃の中からこみあげてきて気持ち悪くなる。だけど、キキョウは聞かずにはいられなかった。


「私はキャロ。ここにいるライアスっていう男を迎えに来た、あいつの……仲間よ」


「そんな……」


 突如現れたライアスの仲間。見捨てられるかもしれないという不安。彼が帰還してしまうという絶望。


「ちょ、ちょっと……あんた大丈夫なの?」


 景色が真っ暗になる中、キャロの声が最後まで耳に残るのだった。

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