第42話 ライアスの願い
「うっ……」
かすかに聞こえた声に反応した俺は、彼女に駆け寄ると顔を覗き込んだ。
「キキョウ、目が覚めたか?」
「ここ……は……?」
顔を動かし俺を見るキキョウ。戸惑った様子で俺に質問をしてくる。
「ここは小屋だよ。俺たちはボスを倒して戻ってきたんだ」
あの瞬間、このままでは間に合わないと思った俺は、白のオーラに加えて巻物を使って身体能力を強化した。
そして、ゴブリンロードと彼女の間に強引に身体を割り込ませ、攻撃をその身で受け止めつつカウンターでやつの急所を攻撃して倒したのだ。
キキョウを背負って迷宮を脱出したのが二日前。
彼女の傷自体は回復石で問題なく塞がったのだが、なかなか目を覚まさないので不安になっていた。
「申し訳……ありません」
状況を説明すると、キキョウは布団を強く抱き、俯くと小さな声で謝った。
これまでと違う、あまりにも弱々しい様子に、俺は何と声を掛けて良いのかわからなかった。
「仕方ないさ、調子が悪かったんだろう?」
思えば、彼女の不調はボスに挑む前から現れていた。どこか気が抜けており、ときおり怯えるように表情を歪ませていた。
先日のドラゴンと相対したことが尾を引いていたのだろう。
「そんなのは言い訳になりませんっ! 実際、私はライアスがいなければあのまま命を落としていましたよっ!」
ゴブリンロードの攻撃は、キキョウの胸を深く斬っていた。あの時、即座にゴブリンロードを討伐していなければ、治療が間に合わず彼女が死んでいたのは紛れもない事実。
「次に同じミスをしなければいいだけだろ?」
ドラゴンの恐怖に手を控えてしまったのは今回の件でわかった。それならば、キキョウが委縮する分も計算に入れて俺が立ち回ればいいだけ。
「……次……です……か?」
ところが、彼女は惚けた様子で俺を見ると、信じられないとばかりに目を大きく見開いた。
「ライアスは戦うことが怖くないのですか?」
キキョウの突然の問いかけに俺の心臓が跳ねる。
彼女の目に涙が溜まり白い頬を伝い落ちる。シーツが雫で濡れ、彼女の震える声が聞こえてきた。
「私は強くなりたい。そう思ってこれまで剣を振ってきました。ですが……」
このところの二戦を思い出してか、彼女は肩を抱き震えている。強敵を前に、命を脅かされたせいだろう。自信を失ってしまったのかもしれない。
「ここに来てから、キキョウは間違いなく強くなっている。一緒に戦ってきた俺が保障するよ」
そんな彼女を元気つけるため、俺はこれまでキキョウが倒してきたモンスターと立ち回りについて話して聞かせる。
「いいえ、私は弱いです。かつて氷狼に殺されかけたときから何も変わっていない」
だが、その言葉も今の彼女には届かない。彼女が言う【氷狼】というのはどんなモンスターなのかわからないが、彼女の内面を脅かす存在らしい。
「とりあえず腹は減ってないか? 食事を摂って落ち着こう。そうすればもっと前向きになれるさきっと」
彼女には時間が必要だ。俺がそう言って食事を勧めると、キキョウはゆっくりと頷く。
だが、布団から出ようとせず、身体を起こした状態で虚ろな様子を見せていた。
仕方ないので、俺は料理をスプーンに乗せると彼女の口元へと運ぶ。
抵抗することなくそれを口にいれて咀嚼する。まるで幼子の相手をしているような気分だ。
どうにか食事を終えると、キキョウは布団にくるまり寝息を立てる。
俺は先程の彼女からの問いを思い出す。
『ライアスは戦うことが怖くないのですか?』
「怖いに決まっている。だけど、戦わないと……この迷宮の謎をとかないと帰れないんだよ……」
故郷には両親も、親友も、仲間も……そして大切な人もいる。
これまで、俺はどうにか故郷に帰るための手掛かりを求めてユグドラシルの迷宮に挑んでいた。
改めて、先日遭遇したドラゴンの姿を思い出す。
これまでは、二階のボス部屋ならば経験を積んで、装備を整え、記憶石などの転移を使ってやり過ごせばどうにかなるのではないかと考えていた。
国が選りすぐりを集めてどうにかするレベルのモンスターをたった一人で倒せるわけがないからだ。
だが、万が一何かをミスすれば、前回のようにギリギリで離脱が間に合わず、俺もキキョウも誰知らぬ迷宮で命を散らしてしまうことになるだろう。
親友や仲間にも気に掛けてもらえず、孤独の中で死んでいく。
彼女はそのことにおそれを抱いてしまったのではないだろうか?
「潮時なのかな?」
もしかすると、この迷宮は攻略できるようにできていないのかもしれない。神々の戯れとして、モノリスを利用した探索者を呼び寄せ、あがく様をみて楽しんでいるのかもしれない。
一階や二階ならば比較的安全に探索ができ、食糧もモノリスから買うことができる。命の危険を感じるのなら、ずっとここでキキョウと暮らすというのも一つの選択肢だ。
彼女とは気も合うし、迷宮攻略を考えずとも二人仲良く生きていくのは楽しいのかもしれない……。
「それでも……俺は……」
気が抜けたせいで、急速に意識が落ちていく。キキョウのことが心配でほとんど眠っていなかったからだ。
意識が落ちる寸前、俺は心の奥で渇望していた言葉を口にする。
「……皆の……のところに……帰りたい」
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