第47話 キャロの迷宮体験

「なあ、本当に入るのか?」


「何よ、いまさら、ここまできて後に引けるわけないじゃない」


 俺とキャロは【ユグドラシル迷宮】入り口前で揉めていた。


「ここまでもなにも、小屋出ただけだろ」


「はぁっ? 私が、どれだけ苦労して、あんたを助けに、ここまで来たか、わかってる?」


「わ、悪かったって……そんなに怒らないでくれ」


 機嫌悪そうにそっぽ向くキャロをなだめる。確かに、未習得の魔法を覚え、ここに来るまで大変だったのだろう。それこそ天才と呼ばれる彼女がどれだけ努力したことか……。


「この迷宮に湧く物の怪は相当強いですよ。選ばれなかった貴方で大丈夫なのでしょうか?」


 俺とキャロが話していると、キキョウが話に入ってきた。驚くべきことに、彼女は装束と腰に刀を差している。

 どうやら同行するつもりらしく、戦うことへの恐怖を振り払えたのだろうか?


「平気よ、だって、私、ライアスより強いから」


 キャロは挑発的な笑みを浮かべるとキキョウに言った。


「……っ! ライアスは、貴女など及びもしない強さを持っています! 私がどれだけ彼に救われたか、貴女は知らないでしょう!」


「私が見ていない間のライアスのことなんて知らないわよ。あんただって、私とライアスがどれだけ信頼し合った仲間で、これまでどんな困難に立ち向かってきたか知らないでしょ?」


 二人の言葉に、俺はこれまで味わってきた死にそうだった体験を思い出し身震いをした。


「…………忠告はしました。迷宮を舐めないでください!」


 キキョウとキャロが互いに睨み合っている。


「二人とも、その辺で止めておけ」


 これまでは、初対面同士と言うこともあり、割って入るのを遠慮していたが、キャロとキキョウは相性が悪い。険悪になる前に釘を刺しておくことにした。


「ま、ライアスがそう言うならいいけどね」


 キャロはそう言うと引き下がった。


「このユグドラシルの迷宮は一階からでもリザードマンウォーリアや青鬼という、故郷では中堅冒険者が苦戦するモンスターが出る。決して油断するなよ?」


「ええ、わかったわ」


 モンスターの名前を聞いて、キキョウは真剣な表情で返事をした。


「ところで、アオオニって?」


「青鬼は、キキョウの故郷のモンスターだよ。オーガみたいに筋肉質な身体と怪力で頭部に角が生えている。まともに武器を合わせると力負けするから、キャロは近寄らない方がいいだろうな……」


 アークウィザードの彼女は魔法に特化している。雑魚相手なら低級魔法を連発している間に倒せるが、リザードマンウォーリアや今回の青鬼を倒す魔法となるとどうしても集中して溜めが必要になる。


 以前はトーリと俺の二人で彼女に攻撃が向くのを阻止していたが、ここにトーリはいない。いつもの調子で動かれると思わぬ致命傷を負ってしまうかもしれない。


「そこは、この迷宮で生き延びているライアスに期待するわ。もし私の肌に傷がつこうものなら責任とってもらうから」


「……回復石があるからすぐに治すよ」


 斜め下から顔を覗き込まれ、悪戯な視線を向けてくるキャロ。彼女はそう冗談を口にすると、俺の前を歩き、迷宮へと入っていった。






「シャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「本当に、リザードマンウォーリアとあっさり遭遇するのね」


 目の前にはリザードマンウォーリアがいて、俺と剣を合わせ力押しをしてきて、後ろからはキャロの声が聞こえてくる。


「いいからっ、早く魔法を撃ってくれ!」


 いつもは一閃で斬り倒しているが、キャロとの連携を確認するためにこうして抑えている。

 近くで見るリザードマンウォーリアは顔を突き出し、今にも噛みついてきそうな様子で涎をまき散らしていた。


「はいはい【エナジーボルト】」


「シャア! シャアッ! シャアアアアアアアアアアアッ!!」


 三本の魔法が俺を避け、リザードマンウォーリアを通り過ぎると曲がり、背中から突き刺さる。

 キャロが魔法の軌道を曲げることで、的確に攻撃をしたのだ。


「まだ倒せていないではないですか、ライアスが本気になれば一瞬で倒してますよ?」


「うるさいわね、あまり大技を使って魔力を切らしたくないのよ。ただでさえ回復しきってないんだから」


 キキョウとキャロが口論を始めた。


「いいからっ、早く倒せって!」


「それにしても随分と強くなったわね、ライアス。リザードマンウォーリアを引き付けてこっちの会話に参加する余裕もある。もしかするとトーリと同等かしら?」


 どうやらキャロは俺の実力を測っていたようだ。

 連携を確かめたているのは彼女も同じか……。


「これなら、しばらく目を放しても死ななそうね。安心したわ」


 そう言って、本気の魔法の準備をする。赤い魔力が立ち昇り、彼女を照らす。


「っ!? この魔力……ここからが本気だと!?」


「ライアス、どきなさい! 【インフェルノ】」


「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 剣を引き、俺が下がった瞬間、炎の柱が発生してリザードマンウォーリアを焼いた。


「相変わらず、えぐい威力の魔法だな」


 装備に身を固めた戦士タイプのモンスターは俺とトーリでも倒すのに時間がかかる。

 なので、リザードマンウォーリアなどのモンスターを討伐するのはキャロの仕事で、彼女はその時に応じた属性の魔法を使って倒していた。


「はぁはぁはぁはぁ……、流石に頭がくらくらするわね」


 目の前には剣とプロテクターが落ちている。場所が変わったからといって、キャロの実力が落ちるはずもない。

 二人だけの連携だが、思いのほか楽にモンスターを倒すことができた。


 彼女は俺に近付くと、


「ねぇ、ライアス。頂戴」


 辛そうな様子で潤んだ瞳を向けられドキリとした。


「な、何を……だ?」


 思わず聞き返すと、


「魔石よ。このままじゃ倒れてしまうから」


「ああ、確かに……」


 俺は収納してある【魔石(小)】を取り出してキャロに渡した。


「うーーん、魔力を好きなだけ回復させられるのってすごい贅沢ね!」


 魔石を使ったキャロは、腕を伸ばすと解放感を露わにした。


「というか、魔石と交換できるのなら、この迷宮と私相性いいわよ? これまで、迷宮探索途中で魔力切れするから使えなかった大魔法とかもバンバン撃てるってことじゃない!」


「ま、まあ……そうだな」


 あまり大技を使わないでほしい。キャロのことは信じているし、実際ぶつけられたことはないのだが、紙一重のタイミングで放たれる魔法が鼻先や目先を掠めるのは心臓によくない。


「ここなら、色んな魔法を撃ち放題だし、強敵もいる。ライアス、ここ良いわね!」


 キャロは振り返ると、再会してから一番の笑顔を俺に向けてくる。俺は彼女の言葉に何と返すべきか悩んだ。

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