第37話 緊急離脱
「はぁはぁはぁ……」
「はぁはぁはぁ……んっ」
息を切らす声が耳を打つ。全身から汗が吹き出し、思考が定まらない。
俺とキキョウは顔を上げることすらできず、地面を見つめ続けている。
風が頬を撫で、汗を掻いて体温が下がった身体に触れる。
どれだけの時間そうしていたのか、俺とキキョウは肌寒さを感じるとようやく顔を上げ、お互いの顔を見て無事であることを確認した。
ドラゴンがブレスを放った瞬間、俺たちはギリギリのタイミングでその場を離脱した。
ほんの一瞬でも脱出石の使用を躊躇えばどうなっていただろう?
最後に肌に感じた熱量からして、もし直撃を受けていたら今頃こうして無事だったとは考え辛い。
右手を見ると、折れた火属性剣があった。強く握りしめていたので汗が滲んでいるのだが、そんなことにも気付けないくらいに動揺していた。
俺は剣から手を放すと折れた火属性剣は地面にカランと音を立てて落ちた。
「危なかった……」
ポツリと呟く。
元々、ドラゴン討伐は個人で達成できるようなものではない。
国から選りすぐりの戦士や魔道士を集め集団で挑まないと勝ち目がない。
万全の準備を整えてなお犠牲が出ると言われているのだ。
そんなモンスター相手にたった二人で挑むのは無謀というのは理解できる。
「反則すぎますっ! あの威力、判断が一歩遅れていたら私たちは死んでいました」
キキョウもケモミミをペタリを伏せると尻尾を震わせている。ここまで感情的に振る舞う彼女は珍しい。
これまでが順調だったので、思わぬ凶悪モンスターと遭遇し混乱しているようだ。
「今はひとまず生き延びたことを喜ぼう」
もし万が一、別な場面で遭遇していた場合、初手でブレスを受けて死んでいた可能性もある。相手と距離をとれて脱出石を持ったタイミングで攻撃されたのだから、まだ運が良かった方だろう。
「ライ……アス」
「どうした、キキョウ?」
キキョウが身体を寄せ俺に抱き着いてきた。顔を上げ瞳を潤ませ涙を零している。
「怖かったです。今回ばかりは本当に死ぬかと思って……、もしあのまま死んでいたらと考えたら……」
彼女の肩が震えている、顔が真っ白になっておりか弱さを見せていた。俺はせめて恐怖を薄れさせることができればと考え彼女を抱きしめた。
「ライアス、ありがとうございます」
胸元に顔を埋め呼吸をする。全身に彼女の身体の柔らかさを感じ心臓が脈打つ。これまでも互いの身体が触れ合うことはあったが、今回のように積極的に求められたことはなかった。
彼女の胸や太もも、尻尾まで巻き付いてきているので、生存本能がそうさせるのかよくない気分にさせられた。
「ライアスも凄くドキドキしていたんですね」
「いや、これはどちらかと言うと、キキョウがくっついてるからなんだが……」
このままでは別な意味で精神力がもたない。離れて欲しいと思っていると、彼女は俺の下半身を見るとポッと顔を赤く染める。
こちらの状態にようやく気付いてくれたようだ。
「ライアスも男性だったのですね、でも駄目です。そう言うのは契りをかわしてからですよ」
そうは言いつつも離れてくれないので、もはや生殺しだろう。彼女は貞操観念がしっかりしているので、底に関しては線引きしているようだ。
一方俺も、これ以上先に進むつもりはない。
俺もキキョウも故郷に戻るためにユグドラシル迷宮に潜っている。
それぞれ住む場所が違う以上、いつかは別れる運命なのだ、ここで関係を持つのは互いに傷つく結果しかないと考えている。
「そろそろ落ち着いたなら離れて欲しいんだけど……」
そんなわけで、我慢できている間に離れて欲しかったのだが、
「キキョウ?」
「スースースー」
耳元で彼女の寝息が聞こえてきた。
ずっと迷宮に籠りきりの上、最後にあんなとんでもないモンスターと対峙して精神力が限界を迎えたらしい。
「まったく、こんなところで寝るなよ」
「ううぅーん」
あどけない寝顔を見て、俺は彼女の頭を撫でてやる。これで少しは良い夢を見てくれればと考えるのだが……。
「とりあえず、小屋に運ぶか」
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