第36話 超凶悪モンスター

 ユグドラシル迷宮の三階を探索する。

 前衛が俺で後衛はキキョウだ。


 これは、ここまでともに攻略してきた中でそれぞれの能力をもっとも発揮できるのがこの編成だとお互いに確信しているからだ。


 俺は各属性の装備に身を固めている上、ノータイムで白のオーラを纏って身体能力を強化することが出来る。


 キキョウは元々術を使うことが出来たので、魔法に関しても一日の長があるため後方からの攻撃を任せた方が安定する。


 そんなわけで、俺たちは武器を持つと無言で進む。三階について以来そこらから強力なモンスターの気配を感じていたからだ。


――ゴアアアアアアアアアアアァァァァ――


 腹の底を揺らすような鳴き声が聞こえる。それも一匹ではなく何匹もだ。


 一階や二階と違い、三階の地形は通路も広ければ部屋も大きい。


 この通路なら巨大なモンスターも移動することができるだろう。


 これまでよりもシンプルな構造で、曲がり角のたびに俺は顔を覗かせてモンスターの気配がないか探っている。


 今のところ遭遇してないのだが、早く姿をおさめたいのと一生見たくない気持ちがせめぎ合い心を揺さぶる。


 キキョウの耳もピンと立ち、尻尾もざわついており緊張している。彼女もこの三階に漂うただならぬ気配に気付いているようだ。


 何か、途轍もないモンスターに遭遇しそうな予感を感じつつ、俺たちが息を殺しながら通路を進んでいると、


 —―ズシンッ! ズシンッ!—―


 地面が揺れる。何か巨大な生き物が動いている足音だ。


 俺は背後を振り向くと、キキョウに合図を送る。彼女は俺を見るとゆっくりと頷き、目線で頑張れと告げてくる。


 最初のモンスターに遭遇した場合、まず俺が接近戦を仕掛け、彼女には牽制の魔法を使ってもらうと打ち合わせていたからだ。


 手にしているのはこのところ愛用している火属性剣。火魔法も随分と利用しているので、火炎の弾を撃ちだすと同時に走り寄り剣身を炎で纏い放つ『バーニングバッシュ』は俺の手の内でもっとも強力な連携となっていた。


 その場で立ち止まると気配を殺しながら力を溜める。

 足音の響き方と地面の揺れ具合からして相手は相当の巨体で間違いない。


 初撃を当ててどこまでダメージを与えられるか……。


「火よっ!」


 モンスターの前足が見えた瞬間、俺は魔法を放つと駆け出した。身体には白のオーラを纏い身体能力を引き上げている。


「『ファイア』」


 俺の頭上を別の炎の弾が追い抜いていく。キキョウが巻物を使ったのだ。


 二つの炎の弾は前方にいるモンスターに着弾し、轟音を立てて熱をまき散らした。


「くらえっ! 『バーニングバッシュ』」


 —―ガギッ! カラン……—―


 次の瞬間、腕に衝撃が走り、剣が折れて地面に落ちた。


「ってぇ……」


 必殺技を叩き込んだのにこちらの剣が折れたという事実に、俺は目の前に立つモンスターを見た。


『ゴゴゴゴゴアアアアア!』


 黄金に輝く瞳に、人を丸飲みできるであろう大きな口が目の前にあった。

 鋭い牙は俺たちが身に着けている防具など意に介さずかみ砕くだろう。


 喉の奥から何やら光のようなものがチラチラと見えている気がする。


「ライアスっ⁉」


 キキョウの声に意識を呼び戻された。あまりにも巨大であまりにも硬く、あまりにもおそろしい存在を前にして一瞬思考が止まっていた。


『ガアアアアアアア』


「くっ!」


 キキョウの言葉が無ければ危なかった。俺は咄嗟に身体を捻ると、モンスターの口を避ける。あのままだと飲み込まれていたに違いない。


「ここにきてドラゴンとは……、こんなの本当に滅多にしか現れないモンスターだぞ」


 元住んでいた場所で数年単位で出没しては討伐隊が組まれるAランクモンスターだ。

 鱗は金属よりも硬く、牙は金属の盾を余裕で貫く。


 そんな最悪の相手に現在は武器すら失った状態で……いや、武器があっても対峙すべきではない。


「『アイス』」


 キキョウがドラゴンの瞳に向かって魔法を放つ。先程、ファイアが効かなかったのを見て、属性を切り替えたらしい。


 お蔭で一瞬、ドラゴンの気配がそれてくれた。

 俺は、ドラゴンが目を離したと同時に後方へと走り出す。


「ライアスっ! 早くこっちにっ!」


 彼女の声が聞こえる。焦りを浮かべており、半身を逆側に向け、これ以上ないくらいに撤退の態勢をとっている。


 その判断は正しい、現状持っている武器やアイテムをどれだけ組み合わせても勝てるイメージがないからだ。


『ゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオ』


 ドラゴンが追いかけてくる気配はない。


「ライアス、そのままこっちです。今なら逃げきれます!」


 ドラゴンが追いかけてこないことで、キキョウがほっとした様子を見せているが、何かおかしい。

 危険な範囲から離脱できそうなのだが、背後から感じる圧力はむしろ高まっている。


「キキョウ! 脱出石を用意しろっ!!!?」


「えっ?」


 咄嗟にそう叫ぶと、彼女は躊躇った表情を浮かべた。


『ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!』


 次の瞬間、ドラゴンの口から何かが放たれた。何かものすごいエネルギーの塊が迫り、地面が揺れビリビリと音を立てる。


 それは俺たちが走るより早く迫ってきて、やがて視界一杯を光が満たすと……

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