再会

ーーー15年前の秋ーーー


キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン(終業のチャイムが鳴り響く)


…………


どこか寂しげでもある秋の夕陽に照らされた田舎のとある校舎。終業のチャイムと同時だったかは今となっては記憶から呼び覚すこともできない。ちょうどその頃、初々しくも疲弊に混じった歓喜の声が次々と各学年の教務達に襲いかかっていた。そしてまた、当小説の主人公もその1人である。



ーー4学年ーー


ガヤガヤ(生徒達)

「ねぇレンボー、明日の体育って縄跳びだっけ?」

清水蓮

「持久走の練習ってさっき先生言ってたじゃん、聞いてなかっんかよ」

「あ、そっかもーちょっとで持久走大会なんだっけ、えー走るの嫌だなー」

「いいじゃん梨奈走るの早いんだから」

平川梨奈

「野球やってる時だけね、うち短距離だから」

「れんちゃん帰ろー」

「おう、ちょっと待って、はいこれ、この前ナガの兄ちゃんに借りたやつ」

永瀬俊

「え、はやくない?もう読んだの?」

「すっげー面白かった、ありがとって言っといて!」

担任

「はーい聞いてください、明日からはまた持久走の練習が始まります。いいですか、怪我しないためにも、走る前はちゃんと準備体操をして下さい。体操着を忘れたら練習ができないので、帰ったらちゃんと準備をして持ってきてくださいね。」

一同

「はーい」

担任

「じゃあ日直さんお願いします」

梨奈

「起立、注目、礼」

一同

「さようなら」

担任

「はい、さようなら、気をつけて帰ってくださいね」


…………


ーー同刻2学年ーー


ザワザワ(生徒達)

「ねーねー孝光くん、明日って体操着だけでいんだっけ?」

鈴木孝光

「うんたぶん、オレもそれしか持ってこない」

「ありがと!」

「男子うるさい、先生喋れないって」

担任

「佳ちゃんありがとね、大丈夫かな?」

「ふん、なんだいなんだい先生の前だからっていい子にしやがって、な?孝光くん」

孝光

「オレ達明日の話してただけじゃんね」

担任

「明日からはまた、持久走大会の練習が始まります。3・4年生とも一緒だけど、走る場所が1・2年生とは違うので、間違えないように気をつけましょう。」

一同

「はーい」

担任

「じゃあ日直さんお願いします」

孝光

「起立、注目、礼」

一同

「さようなら」

担任

「さようなら、また明日ね〜」

「ばいばーい」

孝光

「じゃあね〜」


…………


「やば、遅くなっちゃった、梨奈ちゃん帰っちゃったかな」

学校を後にし、自分の家とは反対の方向に下校し始めた。1人の女子、いや、ただの女子ではない。本人からすれば『憧れ』そのものである女性との待ち合わせ場所に向かって。一歩一歩近づくにつれ鼓動が早まるのが分かる。明らかに呼吸がしずらく、今にも内臓が口から飛び出る感覚を忘れることはできない。



「はぁ、はぁ、ごめんね梨奈ちゃん、待った?」

梨奈

「ううん、うちも今着いたところだよ」

風に靡く艶やかで黒い長髪は、それは優雅であった。一言で表現することなど到底出来るはずもなく、お淑やかで凛と佇んでいる彼女に、時間を忘れてしばらく見惚れてしまっていた。

梨奈

「かえでくん?」

「あ、うんごめんね、ぼーっとしちゃった」

梨奈

「可愛い、はいこれ、渡せてなかったから」

梨奈はランドセルから何かを取り出して楓に渡した。

「ありがと、でもオレ字あんま書けないから梨奈ちゃん読めるかなって…」

梨奈

「そんなことないよ上手だよ、梨奈も楓くんからもらえてすっごい嬉しい、でも、嫌じゃない?」

「嫌じゃないよ、梨奈ちゃんの事が大好きだから…」

俯いて照れくさそうにしていると、その女性は心臓を止めてやろうと言わんばかりに仕掛けてきた。両頬を摘み、パーソナルスペースガン無視で顔を近づけて来たのだ。

梨奈

「うちも大好きだよ、ずっと一緒にいたい」

「フォ、フォレもはいしゅひやよ」

(オレも大好きだよ??)

次の瞬間の事は頭が真っ白になってよく覚えていない。柔らかい新鮮な感覚を唇に残し、2人は密会を終えた。


…………………


その悲報が楓の脳細胞をぶち壊したのは、3年の秋。

丁度台風11号が関東に直撃した当日で、雨は止むことを知らない様子であった。まるでこれが必然であったかのように叩きつける雨は、下校途中の楓をずぶ濡れにした。直後に心までも浸水させられることすら予想できない楓は、友達とチャンバラごっこを楽しんでいた。


…………………


かーちゃん

「かえでー、いくよ」

「………」

かーちゃん

「2度と会えないわけじゃないんだからさ、別れる時くらい笑顔で見送ってやんなさいよ」

「………」

ピンポーン(チャイム)

ガチャ(玄関から梨奈ちゃんの顔が見えた)

梨奈

「こんばんは、入ってください」

梨奈の母

「こんばんは、上がって上がって」

かーちゃん

「ここで大丈夫です、お父さん大変でしたね…」

梨奈

「はい…」

梨奈の母

「交通事故だなんて信じられなかったです…」

かーちゃん

「ご冥福をお祈りします。まだしばらくこちらに?」

梨奈の母

「いえ、もう明日には出ようかと」

かーちゃん

「そうですか、お力になれるかは分かりませんが、何かありましたら言ってください」

梨奈の母

「ありがとうございます」

かーちゃん

「楓、ほら」

涙で梨奈の顔が見れなかった。いや見たくなかったのかもしれない。そのときの記憶は梨奈と数秒程度抱きしめ合った事が残っているくらいだ。その後俺は梨奈ちゃんの事を考えないようにするという不可能な努力を続ける日が始まったのだった。



ーーー15年後の現在ーーー


彩未

「せんぱーい、これどーやるんですかー」

「はいはいちょっとまって」

尋華

「蓮谷くん資料はまだ?」

「申し訳ありませんすぐに」

「楓〜ちょっと」

「うるさい無理」

15年前の初々しかった俺は現在、先輩と後輩に挟まれ同期にダル絡みされる日常を送っていた。


…………………


「はぁぁぁもう無理」

尋華

「お疲れ様」

「おつ〜」

尋華

「こら気抜きすぎ、せめて敬語」

「お〜い」

「おつ〜」

「お疲れ様っす!」

尋華

「お疲れ様、それじゃまたね」

「聞いて聞いて聞いて」

「一回でいいわ、なに?」

「昨日営業に行った所の担当者ばちぼこ美女だった」

「へー、歳は?」

「んー多分俺らより二つか三つくらい上かな?身長は170ないくらいで笑顔も国宝級に可愛いかった!!」

「国宝って事はお前のねーちゃんより?」

「奴は独房級」

「いや口わる、悪口のレベル超えてるし」

「次会ったらリネンでも交換するかな」

「おーおー頑張れ応援してる」

「あわよくばダブルデートなんかしちゃったり?」

「いや、それはひーちゃんが嫌がるかと…」

「まぁまずはお近づきにならねーとな」

「fight」


…………………


楓の弟

「ねーねー兄ちゃんこれなーにー?」

どこから引っ張ってきたのか、俺が小学校の時に作った金庫モドキを弟が持っていた。

「これはね、開けたら怖いオバケが飛び出てきちゃうから、兄ちゃんが閉じ込めてるんだよ」

「ええ怖い、どんなオバケ?」

「ど、どんな!?んー、オモチャを全部丸呑みしちゃうオバケだったかな!遊べなくなっちゃうのが嫌なら触らない方がいいよ?」

「いやーー!こわーーい」

「………」


…………………


「うちも大好きだよ、ずっと一緒にいたい」

…………………



俺は徐にその金庫の数字を合わせ始めた。何が入っているのかも忘れた筈、そう思っていた。3桁の番号を入れられた金庫はカチッと音を立てて静かに口を開けた。

「………梨奈ちゃん……」

そこには小学校時代に思いを寄せたある女性からの手紙が敷き詰められていた。感傷する間を与えまいと無数の思い出達が脳裏を駆け巡った。持久走大会、運動会、お正月お楽しみ会、焼き芋大会、そしてあの帰り道、どれも『初めて』で当然忘れる事はできなかった。忘れたくなかったのだ。そこにあった事実を忘れるという事は事実として存在しないものであると肯定してしまう事であるから。悔しくもこれは不本意な事であった。感傷に浸るとは怖い事で、手紙を読み返してからどれくらい経ったかは分からない。あれほど騒いでいた可愛い弟達はすっかりご就寝モードで床についていた。



…………………



「きゃ〜ふぇ〜でぇ〜きゅん」

「うんうっさいね」

「ひどすぎん?今日は打ち合わせで梨奈さんが会いにきてくれるんだ」

健はいつも以上にデレデレした顔面を見せつけてきた。

「りなさん?」

「あ、この前言ってた取引先の担当者ね名前言ってなかったっけ」

「うん、てかなんで下の名前知ってんのよ」

「え、名刺貰ったから。ほら」

健は得意げに『りな』という担当者の名刺を見せてきた。


ーー平川梨奈ーー


一瞬思考が停止した。初恋の女性と同姓同名だったからだ。歳も自分らの2・3個上というのだから無理もない。

「楓?どーかした?」

「あ、ああ、なんでもない、いい名前だなって思ってさ」

「だーーんろ?オマケに美人だから非の打ち所がないとはこのことよ」

「マスクはつけてるだろ」

「コロコロさんが流行してもう結構経つからな〜、マスク美人なんてのは許さんぞ!」

「今は口元も自粛だからね〜、まぁマスク美人なんて事ないだろうけど」

「え?なんでわかんの?」

「あ……勘かな」

「そうだよなそんなわけ無いよな!」

考えても仕方ないと自分に言い聞かせながらも、万が一という可能性に期待を抱かずにはいられなかった。

彩未

「先輩」

そこにはいつから話を聞いていたのか分からないくらい存在感を殺した山田さんがいた。

「ん?」

彩未

「チーフがロビーで探してました」

「俺を?今日は何も無い日だったけど…ありがと」

俺は書類を無造作に広げたままロビーへ向かった。

彩未

「先輩」

「ん?」

彩未

「蓮谷さんて本当に彼女いるんですか?」

急な質問に健は目を見開いた。

「いるって言ってるよね!俺も会った事はないんだけど、花火大会にも行ったとからしいよ」

彩未

「花火大会ね…」

「山田さんは楓の事気になってる?」

彩未

「まぁ、優しいしかっこいいし、頼れる先輩だなって」

「そうだよね、管轄が違うから分からんけど、あいつも忙しそうにしてるもんな」

彩未

「………」


……………………


ーー1Fロビーーー


「先輩?」

尋華

「あ、ごめんね呼んじゃって」

「どうしたんですか?」

尋華

「リネンで連絡できればいんだけど、社内だと中々弄れなくて、これ、渡しておくね」

「これは?」

尋華

「次のプレゼンの参考になればと思って、上だと色々と面倒だから」

「ああ…山田さん?」

尋華

「楓くんのこと気に入ってるみたいだから」

「素直に妬いてくれていいのに、可愛いな」

尋華

「じゃあ頑張って、私はこれから会議があるから」

「ありがと、また連絡します」

尋華

「了解」

(あ〜…先輩ったら後ろ姿までもが麗しい)

彩未

「ニヤニヤしてどうしたんですか」

「ううぅお!びびったも〜影うっす」

彩未

「悪口ですよそれ」

「あ、いやごめん、なんでここに?」

彩未

「…ちょっと用事があっただけです」

「あ、そう、話聞いてた?」

彩未

「聞いてないですけど、何話してたんですか?」

「あー仕事の話!上戻ろっか!」

彩未

(あやしい…)


…………………


「あれ?健は?」

彩未

「打ち合わせ中です、先程取引先の方がお見えになったのでカンファレンスルームで」

「あ…そうなんだ」

その時、カンファレンスルームのドアが開き健と3人の女性が中から出てきた。軽く会釈すると、3人もほぼ同時に頭を下げてきた。そしてほぼ案の定と言えばいいのだろうか、俺は迷う事なくそのうちの1人に釘付けにされてしまった。黒髪の艶やかさは健在で綺麗にまとめられたセミロングのシルエット……

「ああ、自分の同期で蓮谷楓と言います、何かありましたら蓮谷にも仰って下さい」

1人の女性がジッと俺の顔と名札を見てくる。俺も多分、いや全く同じ感じだろうか、その女性の名札を見ていた。

「…平川…梨奈…さん…」

平川梨奈

「…蓮谷楓さん…」

「え?」

「もしかして…」

梨奈

「…15年ぶり?」

感極まり過ぎて何も考えられなくなった。それは当然のことだった。初恋の女性との再会を待ち望んで15年。その願いが叶った瞬間だったのだから。気付けばオレは梨奈ちゃんに抱きついて涙を堪えていた。

「まさか会えるなんて…」

梨奈

「私も思ってなかった、ちょっと苦しいけど」

「ご、ごめん、つい…」

俺たちの様子を見ていた者は健を含め、全員が目を点にして口を開けていた。目の前でいきなり初対面であろう男女が抱きしめ合えばそれは当然の反応だった。

「おいどーいう…」

梨奈

「私達幼馴染なんです、小学校の時私が引っ越しちゃって、15年ぶりにようやく会えたって感じで…」

「楓、会えなくなった初恋の人って…」

「そう、この人、平川梨奈さんだよ」

梨奈

「覚えてくれてたんだね」

「忘れた日があると思う?あんなに嬉しかった日も悲しかった事も全部が新鮮だったから」

「いやービックリだわ」

楓、梨奈

「ほんとそれな」

3人は顔を見合わせて笑った。


…………………


「今日はありがとうございました」

梨奈

「こちらこそ、とても有意義な時間をありがとうございました、また後ほどこちらからご連絡させていただきます」

「平川さん」

梨奈

「…いつから梨奈ちゃんじゃなくなったのかな?」

「梨奈ちゃん…今日はありがとう」

梨奈

「こちらこそありがとね、楓くん」

「お気をつけて」

梨奈

「ありがとうございます、失礼いたします」


…………………


「でも複雑だなー」

「なにが?」

「俺の気になる人がみんなお前関係なんだもん」

「俺が悪いみたいにいうなよ」

「でも良かったじゃん初恋の人と再会できて」

「まぁ複雑だったけど、嬉しくもあったかな」

尋華

「へー、私以外の女と会って嬉しかったんだ」

一瞬で背筋が凍った。穏やかな気候とは裏腹に、嫉妬すると途轍もなく可愛い先輩の一言で一定区間のみ絶対零度と化したのだ。

「せ、先輩いらしたんですか?」

尋華

(冷めた目:弱)

「違うって確かに嬉しかった…」

尋華

(冷めた目:強)

「け…」

尋華

(冷めた目:極)

「ど…」

尋華

(冷めた目:絶)

ここは言い訳せずシンプルイズベストが適切だと俺の勘は言っていた。

「ごめんなさい」

尋華

「…ふん」

「悪気があったわけでも先輩を裏切ろうとしたわけでもないと思います、許してあげてください」

尋華

「…」

「…妬いた?」

尋華

「うるさい」

「…拗ねた?」

尋華

「黙れ」

「うちのハニたんこゆとこもばちぼこ可愛いのよ」

「た、たしかに…」

尋華

「意味わかんない事言ってないでよ、疲れるから妬かせないで」

「可愛いのに?」

尋華

「喧嘩売ってる?」

「そゆとこも大好きなのに?」

尋華

「はぁ…あっそ、じゃあ私も他の人と…」

「うそうそうそごめんなさいでした」

尋華

「解ればいい」

「敷かれてんな」

「だろ、だいぶいい感じの座布団みたいになってるだろ」


…………………


女1

「先輩さっきの方は?」

女2

「あ、そうそう、幼馴染だったとかって」

梨奈

「うん、小学校が一緒でね、お互い初恋同士って感じかな」

女1

「えー離れ離れになった2人が15年越しの再会ですか?」

女2

「忘れてなかった所もロマンチックじゃない?」

女1

「んねんね!しかもイケメンで…先輩あの方とお付き合いされればいいのに」

梨奈

「……どうかな、今は」



梨奈はそう言うと肩に飛んできた銀杏の葉を摘み、堅い表情を浮かべながら空を仰いだのだった。

リネンのバイブレーションに気付く由もなく。

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先輩と雨 @ryo38973897

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