記念日

ーーー楓が入社して2年目の春ーーー


8:20

社員

「おはよーございまーす、はよーっす」

「おはようございます!蓮谷先輩!」

「おはよう、山田さん」

山田彩未

彼女は先月から俺の部署に配属された山田彩未さん。

笑顔も雰囲気も明るくハキハキしているからか、課長を含め周囲の社員も彼女のことを悪く思う人はいない。

彩未

「今日はよろしくお願いします!」

「よろしくね、俺も不慣れなところがあるから、分かりづらかったらその都度聞いて」

彩未

「わかりました!10時前にカンファレンス室にいればいんですよね?」

「そうだね、事前に確認もしておきたいからそのくらいに居てくれればいいかな」

少し先輩風を吹いてやろうと思ったのか、今まででは考えられない程の自信とプライドが態度に出ていたのかもしれない。

彩未

「なるほど、わかりました、それまで先輩はなにを?」

「仕上げがもうすぐ終わるから、最終チェックをチーフにお願いしてから人数分のコピーかな」

彩未

「あ、あの、見学してもいいですか?」

可愛い後輩の頼みなら聞けない上司はいないだろう。そしてそれは主人公も同じ穴の狢である。

「いいけど、慣れてくれば山田さんにもできると思うよ?まぁ今日は俺が付くから何かあったら言って」

コッコッコッ、聞き慣れたヒールの音が近づいてくる。

「おはようございます、先輩」

彩未

「お、おはようございます!」

尋華

「…おはよう、今日の資料はできてる?」

「もう少しで終わるんで、できたら目を通してもらってもいいですか?」

尋華

「そう、わかった……今日はプリセプター?」

「はい!教えられるか不安ですけど…」

尋華

「まぁ、変なところは見習わないようにね」

彩未

「は、はい!ありがとございます!」

チーフ、いや先輩のアシストを待ってました、準備していましたとしか思えないテンポで間髪いれずに後輩が見事なシュートを決めにきた。

「もうやらかしたりしないですって」

尋華

「初日から遅刻してくる人に言われても、ね?」

彩未

「え?そーなんですか?」

「ああーもう去年の話しでしょ掘り返さないでくださいよ」

尋華

「フフッ、じゃあね」

彩未

(……)

この時山田は第1回目の疑念を抱いた。

…………………


11:20

「終わった〜〜」

彩未

「お疲れ様でした!とても聞きやすかったです!」

「ありがと、さすがに課長の他にもいろいろいると緊張するから、何言ってるのか分からなくなってくるんよね」(苦笑い)

彩未

「私も先輩みたいに堂々と発表できるようになりたいです、あがり症なんで…」

この手の話術はあざとい系女子には必須だろう。特に歳上で自分に関心がないと思っている人に程効果は薄いため、大抵の場合にはこれで距離を詰めるのがセオリーらしい。

「へぇ意外、まぁ数こなして慣れるしかないよね、俺もそうだから気持ちはわかるよ」

彩未

「え、全然そんな風に見えないです!」

「最初のうちなんか特にだけどさ、チーフに迷惑かけて怒られて、やっと今があるって感じかな」

彩未

「チーフのこと好きなんですか?」

「え!?な、なんでそんなこと…」

彩未

「話してるときのお2人、なんとなく幸せそうな目をしてたのかなぁって、あ、違ったらすみません」

「気のせいだよ、ほら冷やかしてたから余計そう見えたんじゃないかな」

彩未

「あー…まぁ確かにそうかもですけど」

(なーんか匂うんだよねぇ…)

この時第2回目の疑念を抱いた。


…………………


ーーー社員食堂ーーー

12:40

美夏

「今年の新人イケメン多くない!?今まで興味なかった黒髪マッシュセンターパートのオーラで圧死しそう」

愛梨

「もう何人くらいに手出したの?」

夏美

「残念ながら0ザマス、もう眺めてるだけで満足なんザマスアラサーは」

愛梨

「尋華は元々興味ないもんね、蓮谷くんしか」

尋華

「まぁ…付き合ってるからね」

夏美

「でもあの尋華がねぇ」

愛梨

「ほんとそれ、びっくりしたよ」

尋華

「私も驚いた」

夏美

「そんなにちゅ〜の相性良かったの?」

愛莉

「でもたしかに興味あるな〜男性不信歳上クールビューティの心を揺らしちゃうキス」

尋華

「だから違うって、2人とも頭の中どーなってんのよ」

夏美

「私らの仲で誤魔化すなんて水臭いぞ〜、もーそろ一年でしょ?」

愛梨

「あ、そうそうどっか行くの?」

尋華

「そうだけど、お互い仕事もあるしまだ決めてないよ、忙しいし」

愛莉

「分かんないよね〜、あっちは計画してくれてるかもよ?」

夏美

「あー100してるわ、間違いない、だって一年経つのにまだ大人の階段登ってないんしよ?」

尋華

「シンデレラみたいに言うな。いいのそーゆー目的じゃないんだから」

愛梨

「なんでもいいけどさ、たまにはデレてあげないと冷められちゃうからね〜、私みたいに」

尋華

「……分かってるよ」


…………………


17:20

「はぁ〜終わった、説明しながらだと疲れが…」

「おつー」

紫帆

「おつぅ」

「おつかれー、どしたの2人揃って珍しい」

「明日俺ら休みだから紫帆ん家で飲もうってなってんだけど、楓もどーかなって」

「あー、有給でも使われたってところか、俺は普通に仕事だから遠慮しとくわ」

紫帆

「えーー良いじゃんノリわる」

「はいはいありがとね、また今度誘って」

「了解、おさきー」

紫帆

「ばーい」

(あの2人付き合っちゃえばいいのに)

彩未

「せーんぱい!」

「うおぉ!ビビったまだいたんだ」

彩未

「失礼ですよ、今日は教えて頂きありがとうございました!」

「ああ、お疲れ様、とりあえず大丈夫そう?」

彩未

「はい!たぶんですけど」

「分からないところが分からないよね、でも徐々に慣れればいいと思うよ、俺が教えられることであれば聞いて」

彩未

「じゃあ先輩は彼女いるんですか?」

「は?」

彩未

「教えてくれるんですよね、教えられることは」

「とんでもなくプライベートだし、まぁ彼女はいるよ」

彩未

「そうですよね、モテそうですもんね、優しいしカッコいいし」

「そんなことないけど、山田さんはモテるでしょ、明るいし元気だし、少なくとも俺らの間では印象はいいんじゃないかな」

彩未

「お世辞ありがとございまーす」

「いやそんなつもりじゃ…」

コッコッコッ、俺の癒される音がオフィスに響く。

尋華

「お疲れ様」

「お疲れ様です、残業ですか?」

彩未

「お、お疲れ様です」

尋華

「少しだけね、分かりやすく教えてもらえた?」

彩未

「は、はい!教え方が丁寧で頭に入った気がします!」

尋華

「そう、先輩風吹かせてないでしょうね」

「そんなことしないですよ、チーフじゃないんだし」

珍しく尋華、チーフを煽る様な笑顔で見つめた。『なんかしらんけど優位になれた気がした』のは錯覚そのものである。

尋華

「なんかムカつくから殴り飛ばしてもいいかしら」

「冗談です」

彩未

「お二人は仲良しなんですね」

楓、尋華

時が止まった様に2人は顔を見合わせた。

「そ、そんなことないですよね先輩」

尋華

「君に付いて教えてた時の癖が抜けてないのかもね、勘違いされたら迷惑だから突っかかってこないで」

彩未

(…あ、や、し、い)

この時3回目の疑念を抱いた。

もはや彼女の中ではほぼ確信に迫っている。


「じゃ、じゃあ俺は片付けしたら帰るから山田さんはもう上がっていいよ、お疲れ様」

彩未

「……お疲れ様です」


…………


「え、俺らってそんな仲良く見えるんかな」

尋華

「それはあなたのニヤニヤがマスク越しでも分かるからじゃない?」

「ま、まじでか…気付いてたなら教えてくれたっていいじゃん、それに好きな人といると幸せっつーかだからつい…」

尋華

「デレさせにきてる?」

「あーはいはい尋華様は思わないんですもんね」

尋華

「そんなことないよ、可愛いなって見てる」

「それ逆にデレさせにきてるじゃん」

尋華

「悪い?」

「ううん、好き」

尋華

「楓くん」

「ん?」

尋華

「呼んだだけ」

「あざと、澄ました顔で言われるのが1番やばいん知ってる?」

尋華

「そーゆー女ですから」

「性悪感だすやん」

尋華

「御名答」

「ねーきて」

尋華

「なに?」

誰もいないオフィスで抱きしめ合う。

「むっっちゃ好き」

尋華

「甘えた君?」

「悪いですかー」

尋華

「別に」

「ツンもデレも好き」

(ぎゅ〜)

尋華

「……私もスキ」

「今度の土曜空けといてね」

尋華

「1年記念日?」

「あなたの勘が鋭いのにも困ってます」

尋華

「ごめんなさい」(笑いながらキス)


…………………


ーー1年記念日当日ーー

11:45

「まずいまずい相当まずい!!この日に限ってまた寝坊とは…」

俺は蓮谷楓。今日は先輩、尋華と付き合って一年記念日の当日。この日も目覚ましを切って二度寝してしまい、入社初日の遅刻以上に焦っている俺がいた。

12:15

「はぁはぁ、ご、ごめんなさい、はぁはぁ、やらかしました」

尋華

「私が帰らなくて良かったね、器広いことに感謝しなさい」

「さ、さすが俺の尋華様、優しいところも新鮮で好きです」

尋華

「いつも優しくないみたいに言うな、それにちゃんとリードできるの?」

「任せなさいって、尋華が好きそうな雰囲気のカフェも見つけたし、今日から上映される(後輩と雨)の席も予約できたからたぶんばっちり」

尋華

「へー、いつも無計画なわりに今日はちゃんとしてるじゃん」

「大事な人との楽しいこと、嫌なこと全てがいずれかけがえの無い思い出になるってどっかの誰かがいってた」

尋華

「適当すぎん」

「いいからいこいこ」


…………………



12:48

「結構並んでるみたい」

尋華

「こんな所あったんだ、知らなかった」

「あ、ほんとに?いつもの友達とかと来てるかなーって思った」

尋華

「んー、よくカフェは行くけどここは初めて」

店員

「いらっしゃいませこんにちは、お客様大変申し訳ございません、只今店内混み合っておりますのでこちらのメニューをご覧になって少々お待ちくださいませ」

尋華

「え、こんなに種類あるんだね、ん〜迷う」

「一応お勧めは鰹香るエビとアボカドのシーフードパスタ、北海道産牛乳と明太子の濃厚クリームパスタだって、めちゃくちゃ美味しそう!」

尋華

「私エビアレルギー」

「それ初耳なんですけど」

尋華

「ムール貝とトマトのボンゴレビアンコにしよっかな」

「貝はへーきなの?」

尋華

「貝はいける、決まった?」

「うん、牛乳と明太子のクリームパスタにする」


…………


「んん〜〜ベリーヤミー!!」

尋華

「おいしいね!」

「めちゃくちゃ美味!クリーム全然重くない!」

尋華

「ボンゴレ食べてみる?」

「あーんして」

尋華

「んっ」

「うんまっ!混むわけだわ」

尋華

「ちょうだい」

「あ、ごめんごめん」

尋華

「ん〜〜おいひぃ!」

(はぁぁ可愛すぎる先輩にキュンです)

尋華

(??)



…………


13:40

「おいしすぎたね〜絶対また行くわ」

尋華

「できたばっかりだから余計混んでたんかもね」

「お腹キツくない?」

尋華

「うん、大丈夫」

「いつもこんなに食べないでしょ?」

尋華

「んー波があるかも」

「調子悪くなったらすぐ言ってね」

尋華

「分かった、映画の時間へーき?」

「14時20からだからちょうどいいくらいかな!」

尋華

「ポップコーン何味にする?」

「女子特有の特性:別腹ってやつか」

尋華

「キャラメル?いや塩も捨てがたい…」

(くぅぅぅ悩んでる先輩可愛すぎチワワかなんか?)

この時自分が愛おしく思われていることなど知る由もない先輩であった。

(??)


…………


16:45

「めっちゃ感動した」

尋華

「号泣してたもんね」

「でも良かったでしょ?歳上ツンデレ美女の心を歳下犬系イケメンが溶かしていくストーリー、まるで俺らみたいだった」

尋華

「誰がツンデレ?それに犬系イケメンには程遠いでしょ」

「あーはいはいどーせ俺はその程度ですよ、だから余計心配、俺ら釣り合ってないんじゃ無いかなって」

尋華

「なんで?」

「尋華は綺麗、可愛いって人気だけど俺は別に大したことないからさ、隣にいていいのかなーって思う時ある」

尋華

「そんなことないけど私が楓くんを選んだんだから周りの目なんて気にすることないと思うよ、お互いが好き同士ならノープロブレムでしょ」

「俺も好き」(満面の笑みで返す)

尋華

「こいつ言わせたかっただけか」

(冷めた目で楓を見る)

「あんまり言ってくれないからさ、寂しいなって思うときもたまーーにね」


ぽつ…ぽつ(雨)

「うわ今日傘持ってきてないや」

尋華が折りたたみ傘を開いて持ち手を楓に向けている。

「すいません失礼します」

2人を雨から凌いでる傘は、それと同時に2人の身体を密着させていく。

尋華

「……」


………


「なんでもいいけどさ、たまにはデレてあげないと冷められちゃうからね〜、私みたいに」


………


尋華

「………冷めないでね」

「え、なんで?」

尋華

「今日友達に言われた、デレないと冷められるよって」

「あー、俺は素のひーちゃんが好きだから一緒にいれるだけで幸せかな、自分を偽ってまでデレて欲しいとは思わないし」

尋華

「呼び方キモい」

「いいじゃんこっちの方が仲良い感出るし」

尋華

「…会社じゃ絶対やめてよね」

「分かってるよ先輩」

尋華

「そういえばこの後は?」

「18時前とかに入れればいいかなって」

尋華

「予約でもしてあるの?」

「うん、予約しないと入れないからさ」

尋華

「じゃあもうそろそろ向かおっか」

「時間大丈夫?」

尋華

「うん、へーき」


…………………


17:56

尋華

「ここも初めて来た」

「オープンしたばっかりだからね」

尋華

「よく見つけたじゃん」

「気に入った?」

尋華

「うん、雰囲気もお洒落」

「よかった、何か頼む?」



…………



「美味しかったぁ」

尋華

「ここも人気が出るね、夜景も綺麗だし」

雨は2人が夕食を終える頃にはすっかり止んでいた。

「忙しくてなかなか2人の時間取れないから、今日は一緒にいられて良かったよ」

尋華

「まぁ会社で会うのとはまた違うからね」

「冷やかされるのは面倒だからなぁ」

尋華

「広まったらあの後輩ちゃんにもからかわれるよ、楓くんの事気になってるみたいだし」

「え?そーなの?」

尋華

「はぁ、鈍感なのは変わってないんだ」

「でも彼女いるとは言ってあるよ?」

尋華

「あーゆー子には関係ないかもよ、略奪するのが好きな人だっているんだから」

「そうなのか、でも大丈夫」

尋華

「なんで言い切れるん?」

「これ、遅くなっちゃったけど尋華にもつけて欲しいなって」

楓は胸ポケットから何かを取り出した。

尋華

「なに??」

「2人でつけられるリング、記念日に渡したいなって思ってた」

尋華

「…私はなにも準備してないよ…?」

尋華は照れながら夜景に目をやる。

「いや、これつけてればそれこそお互い相手がいるよってアピールできるじゃん?それにひーちゃんとお揃いのもの着けてると、なんとなく近くに感じられるかな〜って」

楓の慣れない呼び方に照れながらも、自分の気持ちを素直に伝える所が先輩としては可愛く思えた部分もあるのかもしれない。

尋華

「…ありがとう、ほんとに嬉しい」

泪ぐむ声で話す。

尋華

「大切にされなかった過去もあるからそーゆーの戸惑うし、ほんとに私でいいのかなって…」

「ひーちゃんのことが好きだから1年続くことができたんだよ、それに俺はこれからも一緒にいたいって思ってるからさ」

楓は尋華を引き寄せ泪を拭う。

「泣いてる先輩も新鮮で可愛いですね〜」

尋華

「歳上をからかうな」

「好きだよ」

尋華

「…私も」

「これつけてくれる?」

尋華

「うん、ずっとつけてる」

「可愛すぎるって」

尋華

「…何もしてないじゃん」

「これからもよろしくお願いします、先輩」

尋華

「面倒見てあげる、全然犬系イケメンじゃないけど」

「急にディスり始めるのやめてもらって」

尋華

「ごめんね」(笑いながら応える)



2人の右第四指に嵌められたリング。それは双方の心をより固く結ぶ「輪」の役割を担うこととなった。愛しい人の独占や愛の強要ではなく、互いの気持ちを理解し思いやれる事が愛そのものの概念であると楓は悟ったのかもしれない。

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