先輩と雨

@ryo38973897

出逢い

 雨、雨、雨。それは優しくて激しくて、まるで永遠に続く神様の心理のように、移りゆく軌跡の破片なのである。僕らは、この終わりゆく世界に取り残された最後の意志であり、たった余命数百万年の間自分たちの存在意義を見出したいと思ったのかもしれない。

 

ーー人類誕生から約500万年後の東京ーー


プルルルルルル(駅の音)プシューーー(閉まる音)ザワザワザワ(人混み)ププー(クラクション)

8:10

「はぁはぁ、まずいまずいぞ実にまずい!まさか初日に寝坊するなんて…」

俺は蓮谷楓。新卒で東京の企業に就職して今日が初出勤。緊張のせいか寝つきが悪く、寝坊して今に至る。

8:45

勅使河原課長

「まったく、、、初めてですよ初日に寝坊する新人くんは」

「も、申し訳ありませんでした!目覚ましは2つかけたんですけど気付いたらアラームが切れてて…」

勅使河原課長

「ははは、君は正直だな、誰にでも失敗はあるものだ、でも気を付けないと他の上司からも目を付けられる事にから次はないと思った方がいい」

優しげな表情の裏には「もう次はないぞ」と言いたげな風貌さえ見て取れる。

「すみません、、ありがとうございます」

勅使河原課長

「ああそうだ、鮎川くんにも一言言っておきなさい」

「鮎川?」

勅使河原課長

「ん?聞いてないのか?君の所のチーフだよ、私でもちょっと怖いから関わりたくはないがね」

「は、はぁ」(それは盛ってるだろ)

9:05

鮎川

「そして今回の計画を進めるにあたり…」

ガチャ(ドアを開ける音)

「会議中失礼します、本日より配属になった蓮谷楓です。遅刻して申し訳ありません」(お辞儀)

一同

「………」

鮎川

「……もしやる気があるのならさっさと黙って座りなさい」

「は、はい」

(顔と声は綺麗なのに威圧エグ)

12:30

「あぁ〜気張って変に疲れた…」

「お前初日に遅刻するとか学生なら英雄だぞ」

同期の煽りが始まった。学生時代からの付き合いもあり、互いの考えている事を手に取るようにわかるとはよく言ったものだ。

「うっせーなしたくてしたんじゃねぇっつーの、鮎川さんの目線で凍るかと思ったわ」

「でもすっげー美人だよな鮎川さん、あれで俺らの3つ上だってよ」

「誰情報だよリサーチはやすぎだろ」



ーー同刻社員食堂ーー


美夏

「それでさー支払いはカードでって、やっぱ大人の魅力っつーか余裕っつーかたまんねぇわけよ」

愛梨

「はいはいどーせ最初だけっしょ男なんて、尋華は進展あった?」

鮎川尋華

「…別に…あからさまな媚びがうざかったからすぐ帰った」

愛梨

「あはは、尋華らしいね」(苦笑い)

美夏

「尋華は理想が高すぎるからすぐ幻滅すんの〜」

鮎川

「誰でもウェルカムなあんたよりマシだと思うけどね」

美夏

「失礼極まりなくない?少なくとも絡みやすいっていってよね〜」

愛梨

「まぁ確かに男からしたら美夏は話しやすいかもだけどさ」

16:40

「あと少しだ〜妙に長かった気が…」

「おつ〜今日飯いかね?」

「わり、今日かーちゃん遅番だから俺が飯作んねーと我が兄妹達がひもじい思いを…うっうっ」(嘘泣き)

「あ、そかそかじゃ直帰だな…お前飯作れんの?」

「みくびり過ぎなんよ、こうみえて俺のは美味いって高評だからほんとまじで」

「いつか食べてくれる彼女ができるといいですなぁ」

嘲笑うかのようにも見えるその顔は、1年近く彼女がいないにも関わらずその虚無感を感じさせない堂々たるいいっぷりだ。

「いや2人ともフリーだろがお前に言われたくねーよ」

「ふっふっふっ、俺は鮎川さんを落としてやるって決めたのさ」

「ぺなっぺなの座布団みたいに一生尻に敷かれそう…まぁ応援はしておいてやるか」

17:15

社員

「おつかれさまでーす、おつでーす」

コッコッ、タイムカードを押した鮎川が歩いてくる。

「お、お疲れ様です、今日はすみませんでした」

深々とお辞儀をし他意もない謝罪の言葉を不慣れながらも並べてみる。

鮎川

「…明日は企画内容を含めた諸連絡があるから遅刻厳禁。新人でも即戦力になるつもりで来て。」

「いや、えっと自分なんかが即戦力に…」

鮎川

「嫌なら別にいんだけど」

「……いえ、お力になれるよう頑張ります」

鮎川

「また明日」

「はい、お疲れ様でした」

(ん?意外に優しいのか?)

ヒラ…(鮎川が書類を落とす)

「あ…あの、これ落とし…」

書類の裏に課長の似顔絵が描いてある。

鮎川

「え?あ、ありがと……なんか見た?」

「まぁ、はい、すみません、でもなんて言うかその……可愛いですね」頷きながら答える。

鮎川

「別に空いた時間で描いただけだから、じゃあね」


…………


楓(でも課長ってあんなに可愛くないような…)

鮎川(急に可愛いとかなんであんな歳下に言われなきゃいけないの、これだからチャラいのは嫌いだわ)

この時2人は『可愛い』の語彙に隠された真意の受け止め方にズレが生じている事実に気付こうともしなかったのだ。


8:15

「おはようございます」

鮎川

「…おはよ」

「今日はよろしくお願いします」

鮎川

「こちらこそよろしく」

10:35

「終わりましたね〜」

鮎川

「貴重な意見が聞けてよかった」

「でもさすが先輩です、まとめるのが上手だなって思いました、参考にします」

鮎川

「…そーゆー日が来ればね」

「今絶対来ないって思いましたよね」

鮎川

「さぁ」

「きびしいですって〜」

11:50

「おいおいおいおい楓、お前昨日鮎川さんと話したんだって?」

どこから情報を仕入れたのかは知らないが、早速鮎川ファン1号が飛びついてきた。いい情報の広まりは遅いが、悪い情報の広まりは早いとはあながち間違いではないようだ。

「あー帰りに少しだけ、書類落としたから拾って渡しただけだよ、てかなんで知ってんの」

「紫帆がカバン取りに行ったら話してる2人を見たんだって、抜け駆けすんなよひでぇな〜」

「別にそれ以外話してないしたまたまだろ、じゃお前が気になってるらしいですとでも言っとけばよかったか?」

「それは俺が近づき辛くなるからやめたまえ」


12:30

ーー社員食堂ーー


美夏

「今度イルミ行こって言われたんだけどさ、脈ありだと思う?食っていいと思う?」

相変わらずの男癖を自慢してやろうとしているのか、側から聞けば鼻にかけた口調であるというのは本人にとって然程重要ではないらしい。

愛梨

「毎回だけど男を食べ物みたいに言わないの、美夏を大切にする気があるならイルミだけで終わるかもだけどさ〜」

美夏

「尋華はもう合わないんだっけ?」

鮎川尋華

「興味無い人と会うメリットがないからね」

美夏

「おーおー怖いですねぇ尋華さんは、まだ引きずってると思われますな愛梨先生」

愛梨

「あんなことされたら誰だって引きずるでしょ、まぁ彼氏からしたら安心かもだけど道のりながそうね〜」

尋華

「……」

17:05

「かーえーでーくーん」

「なんだよきもちわりいな」

「いやディナーでもどうかなと思って」

「んーいいけど、鮎川さんも誘ってみたらどうよ、まぁ確実に無理…」

「そ、そうだな、まずはお近づきにならないと進展もなにもないからな」

「え、お前まじでいってんの」

「ダメ元で声かけてくるわ」

「ダメ元なのは理解してるのね、頑張れ〜」


………


20:35

ピロン(メール)

「今度の花火大会一緒にどうかな?仕事終わりに少しでも」

尋華

「土曜日なら早く終わりそうなのでそれでもよければ」ピロン(送信)


…………


尋華

「食事ってこれから?」

「はい!楓と行くんですけど先輩も誘いたいなって!予定ありました?」

尋華

「お誘いは嬉しいけど、今回は遠慮しておくね」

「そうですか…了解です、帰り道お気をつけて」

尋華

「ありがと、君たちも」

「綺麗すぎんだよな〜鮎川さん」

ブー、ブー、(着信)

健「やべ、楓待たせちまってる」



…………


ーー3年前ーー


ドーーンパラパラパラ(花火)

ヒューーードンドドンパラパラ(花火)

美夏

「やっぱ夏は花火だよね〜」

愛梨

「なんで女3人でみなきゃならんのよ」

尋華

「でも綺麗」

花火はそれを眺める無数の人々を黄、赤、青、碧といった色彩で染めあげていく。当人達も自らがそれを望んでいるので文句を言う輩は見当たらない。

愛梨

「私お腹すいちゃった〜焼きそばでも買ってくるかな」

尋華

「あ、私も行く」

ガヤガヤ(人混み)

愛梨

「あちゃ〜結構並んでるね」

尋華

「時間が時間だからしょうがないかもね」

愛梨

「え、尋華あれって海斗じゃない?」

愛梨の指す方に目をやると尋華は言葉を失った。

尋華

「なんで…今日夜勤って言ってたのに」

愛梨

「誰か隣にいる、知り合い?」

尋華

「……知らない、ちょっと行ってくる」

当然のことである。

愛梨

「ちょ、尋華!んも〜、待ってよ」

尋華

「ちょっと海斗!」

海斗

「ひ、尋華!?どうして…」

尋華

「どうしてはこっちのセリフだと思うけどね」

これも当然の反応である。

「かいくんだれ?」

海斗

「え、あ、その…」

尋華

「彼女って言えない理由があるんだ」

愛梨

「ちょっと落ち着こ2人ともさ」

そしてそれは無理なことである。

海斗

「まって誤解だって」

尋華

「じゃあその女だれなの」

海斗

「か、会社の後輩だよ、誘われたからさ」

言い逃れのできない苦しい言い訳が花火の音でかき消されていく。

「かいくんがいこっていってきたんじゃん、しかも彼女いたんだねいないって言ってたのに」

尋華

「私彼女じゃなかったんだーへーじゃあ夜勤っていうのは?」

海斗

「急に上司が代わってくれるって…」

尋華

「その口と頭はまともな言い訳も考えられ無いんだもういいわ」

愛梨

「あ、待って尋華!」

悠理

「ちょ、話し聞けって!」

尋華

「今は顔見たくないから無理」


…………


プシュ(ビール)

尋華「ゴクゴクゴク、ぷはぁ………」

ピロン(メール)

「俺は全然大丈夫、尋華さんに合わせるからね」

鮎川

「花火大会か…」


…………


「おはようございます!」

鮎川

「おはよう」

「そう言えば先週食事とか誘われました?」

鮎川

「ああ、君と行くって言ってた人のこと?誘われたけど予定があってね」

「そうですよね…自分が誘ったらなんて言っちゃったからだと思います、すみませんでした」

鮎川

「え、そうだったの?まぁ、ただ予定があっただけだから大丈夫、別日にまた声かけてくれてもいいけど」

「なんだそーだったんですか、じゃあ今週末とかどうですか?予定があったら大丈夫なんですけど!」

鮎川

「考えとくね」

「それ行けたら行く並に信憑性ないやつですよ?」

鮎川

「え?そんなことないでしょ」(微笑)

「…鮎川さんの笑った所初めて見ました」

鮎川

「んー、そんなに笑わないかも」

「笑顔も綺麗だなって」(ボソ)

鮎川

「え?」

紫帆

「楓〜担当してた資料ここ置いとくからね」

「ああさんきゅ!それじゃ失礼します」

鮎川

「……」(まったくチャラいんだから)


ーーカフェテリアーー


美夏

「えーコンポタ売り切れてるじゃん最悪なんですけど」

愛梨

「じゃあこれでいいじゃん、うえはすくさい棒わさび醤油味」

美夏

「それもううえはすちゃうやん」

愛梨

「尋華は?」

尋華

「私レモンティー」

(ガヤガヤ)(ピピッガコン)

「だから今度の花火大会でも誘おうかなって」

「あ、鮎川さんいるで」

「え、まじ?」

鮎川

「……」

美夏

「だれだれ新しい後輩ちゃん?」

鮎川

「…まぁね、部署が同じ」

「ほらさっきの」

「あ、ああ…あの先輩、今度の花火大会の日って予定あります?」

美夏

「へ〜結構グイグイ系なんだ〜」

『私が代わりにたべちゃおうかしら』と顔が言っている。

「そ、そんなことないです!ただもし一緒にいければな〜なんて思ったりして」

鮎川

「…ごめんね、先約あるんだ」

愛梨

「え!?男!?」

鮎川

「んーまぁ、誘われたから行くだけだけどね」

「そうですよね、わかりました!」

「今年もぼっち同士でいくか」

美夏

「え、君たち彼女いないんだ?イケメンだから寄ってきそうなのに〜」

愛梨

「こら美夏、からかわないの、ごめんね」

「いや全然!休憩中すみませんでした」

「失礼します」

愛梨

「礼儀正しいじゃん新人にしては」

尋華(……)


…………


社員

「おつでーす、おつぅ、お先でーす」

「はぁ〜やっと終わった」

紫帆

「楓〜健は?」

「用事があるってんで先帰ったよ、なんで?」

紫帆

「雨降ってきたから傘貸してやろうかと思ってさ、楓待ってきた?」

「ああ、今日80%だったもんな〜俺はあるよ大丈夫」

紫帆

「あねあね、じゃあおつかれさーん」

(雨か…あの時もたしか…え、先輩?)

そう何かを思い出そうとしていた時だった。傘を忘れたであろう先輩が会社を出るタイミングを見計らっていた。一本の傘、雨、タイミングの一致、これほど理想的なシチュエーションは思い描いていた青春そのものであると確信し衝動的に身体が動いているのが分かった。

尋華

(降る前には帰れると思ったのに…)

「お疲れ様です、誰か待ってるんですか?」

尋華

「ああ、おつかれ、ううん、傘忘れちゃってね」

「今日80%だったのに、朝のニュースキャットみてないんですか?」(微笑)

尋華

「あ、バカにした?今日はたまたま忘れちゃっただけだから」

「俺のでよかったら使ってください」

尋華

「え、でも君が濡れちゃうでしょ」

「先輩が濡れて震えてる姿は見たくないんで、風邪もひいちゃいますから使ってください」

尋華

「あ、ありがと…君優しいんだね」

「自分でいうのもあれなんですけどそこしか取り柄ないんで」

尋華

「それは謙遜しすぎな気がするけど」

「鮎川さんにそう言ってもらえるとは思わなかったです、それじゃ、お疲れ様です」

尋華

「え、もしかして方向同じ?」

「え、鮎川さんもこっちですか?」

尋華

「そう、途中まで一緒に入る?」

「じゃあちょっとだけお邪魔します」

尋華

「ごめんね私デカいからほとんど濡れてるでしょ」

「そんなことないです!でも見られたら怪しまれちゃいますね」

尋華

「誰か来たら追い出すからいいよ」

「でも驚きました、鮎川さんに彼氏さんがいたなんて…」

尋華

「ちょっとからかわないでよ、彼氏じゃないって、誘われたから行くだけ」

「そっかそっか、ごめんなさい」

尋華

「でも君も意外だね、モテそうなのに」

「確かに誘われたり告白はされますけど…」

尋華

「けど?」

「初恋の人が忘れられなくて、小学校の話なんですけどね」

尋華

「引きずるね、でも分からなくもないかな」

「え?鮎川さんも?」

尋華

「うん、私は花火大会で浮気されてそのままって感じだから…話しすぎた?」

「そうだったんですか…そんなことがあったのに俺ら無神経で…すみませんでした」

尋華

「いいんだ、もう気にしてないから」

「あ、自分こっちなんで」

尋華

「そう、お疲れ様」

「失礼します」


…………


ピロン(メール)

「明日、仕事終わったら迎え行くから、メール入れといて欲しい」


尋華

「分かりました」(送信)

「見られたら怪しまれちゃいますね」

(私と怪しまれたら不都合ってことかな…な、何気にしてんだろ)

この時、尋華は既に楓の事を気になっている事実に対しなぜか抵抗があったようで、素直に認めることができなかったらしい。それもそうだ。いきなり歳上に向かって『可愛い』だのほざく輩はチャラくて信用できない奴しかいないと本人の経験が語っていたからだ。


…………


社員

「お疲れ様でーす、うーっす」

「楓〜今日俺が迎え行くんでいい?」

「あー頼むわ」

紫帆

「ちょっと2人でどこいくんよ私ほっといて」

「いや、お前が飼育されてる動物園にいこーかなって思へブフゥッ」(紫帆が殴る)

「花火大会だよ」

紫帆

「男2人は寂しすぎるからついてってやるわ」

「おーおーそりゃーあんがとございますー」

紫帆

「思ってないのがダダ漏れてんですけど」

「じゃ俺残りの仕事終わらせてから行くから先帰ってて」

「おう、おつー」

紫帆

「あいよー」


ピピー(タイムカード)

「あ、鮎川さん」

鮎川

「お疲れ様」

「お疲れ様です、残業ですか?」

鮎川

「そう、今終わってね、今日花火いくの?」

「健とかといくんです、鮎川さんは?」

鮎川

「いくけどすぐ帰るかな」

「ゆ、浴衣とか?」

鮎川

「…どうだろうね」

「絶対似合うと思うのになぁ…」

鮎川

「うるさい早く帰りなさい」

「ではお先に失礼します」

鮎川

「……サラッとからかうのやめてもらえないかなほんと」

どうやらこれも信用できない要因の一つになるかもしれない。


…………


ヒューーードーーンパラパラ(花火)

ヒューードンドンドドンパラパラ(花火)

ガヤガヤ(人混み)ジュー(屋台)

紫帆

「めっちゃ綺麗!!」

「ほんほあ、えっひぁひれいブホッブホ」

「唐揚げ食うか喋るかむせるかどれかにしろよ」

「いやーやっぱ屋台のは格別やわ」

紫帆

「私落書きせんべいがいい」

「俺チョコバナナ買ってくるわ」

「いてらー」


…………


「綺麗だね〜、尋華さんには見劣りするけど」

尋華

「ありがとございます」

「何か買ってくるかい?」

尋華

「今は大丈夫です」(?…あれは…)

「金入れてくるの忘れたけどギリいける、ん?鮎川さん?」

尋華

「……」

楓(コクッ)

尋華(コク)


…………


「おせーじゃん」

紫帆

「結構並んでてさ」

「楓は?」

紫帆

「しらなーい」

「わりわり並んでた」

「知り合いにでも絡まれてるんかと思ったわ」

「…知り合いね〜……」

ぽつ…ぽつ(雨)

「雨や」

紫帆

「うげ〜湿気最悪、はよ雨宿りしよ」

「じゃがバタの近くに建物あったからそこ行こっか」

ガヤガヤ(人混み)

紫帆

「これじゃ濡れる人の方がおおいんちゃう」

「つべこべゆー女はモテへんで」

紫帆

「しばいたろか脳筋ボンバーヘッド」

「いやほんとにどゆこと」

楓(え、鮎川さん?なにしてんだろ)

「ちょっとトイレ行ってくる」

「きーつけやー」


ぽつぽつ(強くなる雨)

「いいじゃん、雨降ってきたんだしさ」

尋華

「離してください、もう帰ります」

こちらもお決まりのシチュエーションだ。男は帰宅時間が迫るにつれ本性を剥き出しにしてくる生き物である事はみんなも想像がつくだろう。もちろん皆んなが皆んなというわけではない。この類の絡みが尋華をより男性不信へと誘っている事は一目瞭然である。

「俺の車で送るから、ね、早く乗ってって」

尋華

「無理ですそーゆーことしたくないので」

「そんなことしないって、ほら濡れちゃうから」

「何してるんですか、嫌がってますよ」

男の手を掴む楓は、心なしか物凄く頼り甲斐のある1人の男性として見えた。

尋華

「え?」

「ああ?誰だお前」

「お、俺は…」

尋華

「…この人は…」

「俺は尋華の弟です」

「弟?なんで弟に口出されなきゃいけねーの?」

「ねーちゃんに相談したいことあったから一緒に帰ろうってなってたんです、聞いてないんですか」

「聞いてねーな、つーかガキが大人の会話に入ってくんなや」

「でも嫌がってる姉を放っておけません」

「ごちゃごちゃうるせんだよ」(殴りかかる)

「グフッ」

(殴り飛ばされる)(鮎川が地面に倒れる)

尋華

「ちょ、ちょっと!」

「弟の躾くらいしっかりしようよ」

「これで正当防衛だ」

「あ?」

「歯喰いしばれ」

「ングッガハッアアッ」(殴り返す)

尋華

「もういいやめて!」

「はぁはぁ」

「はぁ、はぁ、く、くそが…」

(走って逃げる)

(ふらつきながら鮎川に近寄る)



ザー(激しくなる雨)

………


「………やっぱり浴衣、似合ってます」

尋華

「………」

「……大丈夫ですか?」

尋華

「………怖かった」(震え声)

「見つけられてよかったです」

(鮎川を抱き寄せる)

尋華

「……」

「風邪ひいちゃいますよ、俺今日傘忘れ…」

尋華

「なんで弟って?」

「あ〜、彼氏の方が印象強いかなって思ったんですけど、あの男性にフリーだよって言ってあるなら面倒くさくなるなって思って」(苦笑い)

尋華

「そゆこと…ちゃっかり呼び捨てだったしね」

「まぁ聞いてましたよね〜、ごめんなさい流れでつい」(微笑)

尋華

「でも嬉しかった、歳下なのに案外頼れるじゃん、君」

「正当防衛だから自分悪くないですよ?てか蓮谷でも楓でもいいんで君はやめて下さい」

尋華

「助けてくれてありがとね、でもあんまり暴力はよくないよ楓くん」

「鮎川さんがやばそうだったからつい、申し訳申し訳」

尋華

「名前でいい」

「尋華?」

尋華

「さんはつけろ」

「あ、歳上の人とこんなに喋ったことないから変な気分です」

尋華

「私も歳下とはあんまりかな」

「今日、あの人と会ってて変なことは?」

尋華

「ないよ、されかけたけどね」

「意外と隙ありそうですもんね〜尋華さん」

尋華

「絞めるよ」

「申し訳申し訳」

尋華

「なにそれ」

「今年バズるであろう謝り方の流行語です」


ぽつぽつ(弱まる雨)

「健たちが待ってるんでいきましょうか」

尋華

「私もいいの?」

「もちろんです、嫌じゃなければ」

尋華

「全然」


…………


「おーいってお前びしょ濡れじゃんしかも先輩まで!?」

「お連れの人と逸れちゃったみたいでさ、雨宿りできるとこもなくてびっしょりだわ」

紫帆

「え、えっと2人の同期の山藤紫帆どす」

尋華

「よろしくね」

「噛んでるし、なにどすって」

紫帆

「おいこら」

「でも浴衣ばちぼこ似合ってます先輩!!」

尋華

「ありがとう、びしょ濡れだけど」

「とりあえず俺タオル探してきます、近くに売ってればいんですけど」

尋華

「私はいいよ、どーせ中まで濡れてるから今日は帰る」

「あー、わかりました、健送れるか?」

「ま、任せてください自分でよけ…」

尋華

「楓くんでいい」

楓、健、

「え?」

尋華

「話すこともあるし」

楓、健

「りょ、了解です」

楓(悪い健)

健(しょうがない、気をつけろ)


…………


尋華

「送るの嫌だった?」

「いやそーじゃなくて、健は尋華さんのこと気になってるみたいだからなんつーか…」

尋華

「…なんだろね」

「え?」

尋華

「君と付き合ってもいいかなって思った、チャラいけど」

「で、でも自分なんか長所皆無みたいなものなのに…」

尋華

「他人を思いやる気持ちがある事は立派な長所だと思うよ、簡単そうで難しいからできない人が多いんだと思う、チャラいけど」

「さっきからチャラチャラやめて下さい、チャラくないですし」

尋華

「歳下との絡み方が分からなくて、そーゆーの嫌い?」

「……いや、可愛いです」(小声)

尋華

「え?」

「めちゃくちゃ可愛いなって」

尋華

「ほらチャラい」

「あざとい尋華が悪いでしょ」

尋華

「あざとくないもーん」(口を膨らます)

「ねぇ、尋華」

尋華

「ん?んっ…」

車の中でキス

尋華は初めて男性に、楓に心を寄せることができた。歳下の新人ではなく1人の男性として見るようになった瞬間である。


……………


「好きだ、独占したい」

尋華

「ガサツで結構抜けてて掃除もできないけどいいの?」

「ん〜掃除できないのは致命的だけど少しずつできるようになればいいと思う。ます。」

尋華

「女らしさだって無いし」

「そのままの尋華がいいかな。です」

尋華

「さっきからなに、ムカつくから2人の時はタメ口でいい」

「頑張って慣れるよ」

尋華

「それと実は下心隠してましたとかなら下半身一生戦闘不能にしてやるからな」

「肝に銘じます」

尋華

「しょうがないから独占されてあげる、感謝しなさい」

「ツンデレなん?」

尋華

「だまれ」

「こっち来て」

尋華

「ん」

暖房の効いた車内で2人は抱きしめあった。


…………


ーー社員食堂ーー

美夏

「え、花火いったの!?」

尋華

「うん」

愛梨

「この前のに誘われて?」

尋華

「そう、でも向こうが途中で帰ったからそんな遅くまではいなかったかな」

夏美

「え、帰りは?」

「あ、お疲れ様です!先輩」

「お疲れ様です、風邪引かなかったですか?」

尋華

「大丈夫、楓くんに家まで送ってもらったんだ」

愛梨、夏美

「!?!?」

夏美

「尋華が」

愛梨

「後輩くんと」

尋華

「なーに妄想してんの」

「でも俺はショックです…憧れの先輩が楓と結ばれただなんて…」

愛梨、夏美、楓

「!?!?!?」

愛梨

「え、嘘でしょ?」

夏美

「男性不信の尋華が?」

尋華

「はぁ」

「お前口滑らすのはやすぎだわ」

「裏切りは裏切りで返さねばな」

「ごめんてそんなつもりじゃ…」

愛梨

「でも尋華が信じれる人ならいんじゃない」

夏美

「応援してるからね〜お二人さん」

「あ、ありがとございます」

夏美

「で、初キスは?」

「ちょ、変な事聞かないでくだ…」

尋華

「クスッ、もうしたよね」(微笑)

「嘘だろまさか昨日か昨日の帰りか」

愛梨

「熱いね熱いね〜」

「も〜みんな軽すぎだって〜」

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