第5話


 ――処置後の経過が悪かったハクは、秋の季節を寝て過ごす事となる。


 リリアの部屋の隅にある寝床で眠る日々。

 リリアは身動き一つしないハクを甲斐甲斐しく世話をしてくれた。


 毎日ハクに食事を与え、体を拭き、髪も梳かしてくれた。

 その手つきは優しくて、暖かくて……なのに何故こんな事をするのか、ハクには全く理解出来なかった。


 そして、ぼんやりと部屋の天井を見つめてはネロの事を考えた。


 ネロは今、何をしているんだろうか。

 何を食べて、何を見ているのだろうか。


 リリアに触れられても、体の隅々を拭かれてもドキドキしないのに、ネロには手を握られただけでドキドキした。


 ネロの事を考えると苦しい。

 ネロの事を考えるとお腹が疼いた。


 悲しい。


 何が悲しいのだろうか。分からないけれど、ネロの事を考えると胸は高揚するのに、子宮だった場所が悲しいと泣くのだ。







 ――冬の季節がやって来た。



 やっと起き上がれる様になる。

 しかし、動き回る元気は無かった。


 リリアの部屋で雪の降る田園を眺めるのが日課となる。

 ネロはこの寒さの中、あの瓦礫の家で震えていないだろうかと心配しながら。



 ――そんな時、リリアと聞き覚えのある声が、何やら言い合いをしながら部屋に入って来たのだ。

 それは、リリアのパーティでハクに馴れ馴れしい態度で苺を差し出した男だった。


『エイジン! 私はハクを手放すつもりは無いわ!!』

『でも先方の奥方様は酷い人間嫌いだと聞く。ハクを連れて行ったら、ハクがどんな目に遭うか……想像出来るだろう!?』

『なら、このお屋敷で……』

『叔父上もめったに帰らない家にハクを置いておくなんて、可哀想だ! だから、俺にハクを譲って欲しい!』


 二人の言い合いは続く。

 ハクの名前を出して言い合いをしているのは分かる。

 しかし何を争っているのかまでは、分からない。


『ハクに会いたいなら、俺の施設に遊びに来ればいいんだ。お前は嫁に行く。それも名門家に。たださえ下位貴族の娘だと馬鹿にされているお前が、ハクを連れて行って守り抜く事が出来るのか!? 最悪、お前の知らぬ間にハクを処分されるのが……』


『エイジン、止めて!!』


 あの心優しいリリアが、髪を振り乱し、エイジンをクッションで殴った。

 布が破けたクッションから羽毛が飛び出し、ヒラヒラと部屋中に白い羽が舞う。


『出てって!』

『リリー……』

『出て行って!!』


 リリアは無理やりエイジンを追い出すと、閉じた扉に縋り付くように泣き出し、そのまま崩れた。


 ハクはそんなリリアが心配で、そっと肩に触れるとリリアは力強くハクを抱きしめて泣き続けた。




 ――その夜。


 リリアはハクを自分のベッドへと導いた。

 ハクは幼い時の頃を思い出し、嬉しくなってリリアの隣に寝そべった。


 大きくなったリリアとハク。

 あの頃は広かったベッドも、今でも二人がぴったりと収まると隙間がない程だった。

 リリアの青い美しい目がハクを見つめる。

 ハクはそれを笑顔で返した。


 すると、リリアの青い目が滲む。


『……ハク、大好き』

「リリア?」


『ハク、大好きよ』

「リリア、笑って?」


『ごめんね。……連れていけない。臆病な私を許して……』

「泣かないで。どーしたの?」


 リリアの白い手が何度も何度も銀の髪を梳いた。

 リリアはその日、ハクが眠るまで『大好き』と言い続けた。



 ハクはその優しい言葉に満たされながら、安らかに眠ったのだった。

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