第4話


「俺はネロ、野良人間だ」

「野良人間?」


「エルフに飼われていない人間の事だよ」

「エルフって、リリアの事?」

「リリアは知らないけれど、俺たちと違って耳が尖った人の事をエルフって言うのさ」

「そうなの……それで、ネロはここで何をしているの?」

「住んでいるんだ」

「こんな所で?!」


 もう一度見回す。

 リリアの家の倉庫よりも酷い造り。


「君はとてもお金持ちの家の人間なんだね。この町には俺みたいな人間はたくさん居るよ」

「そ、そうなのね……」


 ネロはハクの顔をジッと見つめた。


「……15歳くらい?」

「ううん、17歳よ」

「じゃあ、俺と同じだ。もしかして「処置」をしに来たの?」


 ウォーカー子爵や御者が言っていた音だ。


「そう、みたいなの。……ただ、分からないのに、何だか怖くて逃げ出しちゃった」

「正解だ。あそこは君の大切な物を奪う場所だから」

「大切な物?……リリアの事?」


 ハクの言葉にネロは少し悲しそうに微笑んだ。


「君は……飼い主が好きなんだね」

「うん! 大好きよ! 小さな頃から私をとても大切にしてくれる、優しい女の子なの」


「……でも、そんなリリアは、君の子宮を取りに来たんだよ?」


「……子宮?」


 知らない言葉に首を傾るハク。


「ハク、もしもの話。俺と君が此処で裸になって生殖器を繋げると、どうなると思う?」

「は、裸?? せ、生殖器って……何?」


 ネロはため息をついて、椅子に置いてあった本を手に取るとハクに見える様に開いた。

 数ページ捲ると裸の男女の絵があり、ネロは結婚の意味と繁殖の仕方を教えてくれた。


 そしてハクは知る。

 使用人のマーサがお腹が大きくなった意味を。

 先月のリリアのパーティの意味を。

 

 子宮とは子供を宿す器官であり「処置」とはその子宮を取る事だと。


「……でも何故リリアは私を「処置」しようとするのかしら。私はずっとリリアと暮らすだけなのに……」


「たぶん、を恐れているんだよ」


 突然、ネロの手がハクの手に触れた。驚いた瞬間、ギュッと強く握られた。

 胸が高鳴る。


「……ねえ、今、どう感じる?」

「ど、どう感じるって……?」


「ドキドキしない?」

「する、すごくするけれど、これは何なの?」


 ネロが微笑んだ。その笑顔にハクの胸はもっと苦しくなった。ネロはその手を握ったまま、話し続けた。


「このドキドキが続くと、恋になるんだ」


「恋って……あ、分かる、リリアは恋をして……」


 結婚するんだわ、という言葉を飲み込んだ。


「そうだよ。エルフも人間も恋をして、子供を産んで、家族を増やすんだ」

「家族?」


「でも、俺たちは家族を作る事を禁じられた」


 なぜなの? と問おうとした時だった。

 『見つけた!!』という声と共に御者と白衣を纏う壮年のエルフが飛び込んで来た。


 驚く間もなくハクは白衣のエルフに捕まり、ネロも御者に抑えつけられて、何度も殴り蹴られる。


「止めて!! ネロを苛めないで!!」


 助けようと白衣のエルフから逃れようと身を捩らせていると、


『ハク!』


 と、リリアがハクを背後から抱きしめた。


『ハク、驚かせてごめんね。怖かったね』


「リリア離して! ネロが……!」


『先生、お願いします!』


 白衣のエルフが頷くと、突然ハクの腕を掴み針を刺した。

 ハクは驚き逃れようとするが、視界が急に揺れて歩けなくなり、その場に崩れ落ちた。


 ぼんやりする視界の中に同じ様に床に倒れたネロの輪郭が見える。


 ハクは痺れる手を、ネロへと差し伸べた。

 ネロもまた、ハクと繋がろうと手を差し出した。



 しかし、二人は繋がる事なく、ハクの意識は闇に墜ちたのだった――。
















 ――目を覚ました時、ハクのおへその下に大きな傷跡が出来ていた。

 左の耳たぶには大きなバツ印が彫られている。




 静かに悟った。


 ああ、私は子宮を失ったんだと。








 ――無性にネロに会いたくなった。

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