第2話
――それから更に時は流れ、十年が経つ。
美しさ、気品、聡明さを併せ持つリリアは、誰もが振り向く様な貴婦人へと成長していた。
それに対してハクは背も小さく細く幼い容姿だったが、彼女から不変の愛を貰うハクにとって己の容姿など、どうでも良かった。
だが、そんな悠長な考えをしている場合では無くなった。
ハクだけが与えられていた、リリアの愛を二分する存在が現れたのだ。
リリアは公爵家の青年に恋をしたのだ。
リリアは毎日その青年の事をハクに伝える。
しかし、ハクには何を言っているのか理解は出来なかった。
理解は出来なかったけれど、自分以外の誰かに夢中になっている事だけは伝わっていた。寂しさを感じるものの、ハクへの愛情は変わりない物だったから、ハクはリリアに静かに寄り添い微笑んでいた。
そんなある日。
嬉しさを隠し切れない様子のリリアが部屋に入るなり、ハクに叫んだ。
『ハク、聞いてちょうだい!! 私、セシル様に求婚されたの!! 春に学校を卒業したら、お嫁に行くのよ!!』
リリアはハクをぎゅっと抱きしめて、喜びに溢れていた。
抱きしめられたハクは何か嫌な予感がした。しかし、喜ぶリリアにそれを悟られてはならない。
一生懸命笑って、一緒に喜んだ。
リリアの婚約話は瞬く間に広がり、外交中だったウォーカー子爵も飛んで帰って来ては娘の朗報を喜び、親族を集めてパーティーをすることになった。
いつもならリリアの部屋で食事をするハクも、大食堂へ招かれてリリアの親戚や友人達の末席に置かれた。
たくさんの人に囲まれて幸せそうなリリア。
青い金の髪に映える真珠色のマーメイドドレスに身を包み、嬉しそうに歓談を楽しんでいる。
そんな中、放置されたハク。
もちろん知り合いもなく、そもそも言葉を話せないハクは孤独感に襲われた。
手持ち無沙汰のハクは自分の前に置かれた灰色のプレートを見つめる。
みんなの食事と違って、人間のハクには「専用のご飯」がある。
いつもよりは豪華で美味しそうなのに、なんとなく雰囲気に飲まれて食べられずにいると、隣の男が赤い実をハクの目線に差し出した。
それはリリアが何度かこっそりくれた事がある、エルフだけが食べられる甘い果実。
「専用のご飯」には乗っていない。
リリアよりも少し年上らしい男の顔を見つめた。
少し浅黒く、長い黒髪を一つに結った垂れ目の男だった。
『美味しいよ』
男は果実をハクの口元へ差し出す。
しかしハクは見知らぬ男が怖くて、フイと顔を背けた。
それでも男はハクが好きそうな食べ物が自分の前にやって来ると、甲斐甲斐しく差し出してくれた。
しかしハクは頑なに、その食事を受け入れない。
『はは、ご主人様以外には懐いていないのか。勿体ないな、こんなに可愛いのに』
と、男の大きな節くれ立った手がハクの髪を撫でようとする。ハクは怯え、思わずその手を振り払った。
すると、爪がその男の腕に引っかかり、浅黒い肌に一筋の赤い線が出来た。
『ハク!!』
それを見たリリアが一目散に駆け寄って来た。
『エイジン、ごめんなさい! ハク、なんて事をしたの?!』
『リリー、違うんだ。俺がこの子にしつこくしたから……』
見たこともないリリアの鬼気迫る表情に、ハクは怯えて固まってしまう。
エイジンと呼ばれた男はナプキンで血のにじむ腕を抑えると、リリアにそう弁明する。
ちょっとした騒動になり、今までまったく注目されなかったハクが、エイジンを傷つけた事によって一気に注目を浴びた。
すると、どこかの婦人がハクの耳をジッと見て言った。
『あら? リリア、この子まだなの?』
『マーサ叔母様……』
『おや、本当だ。もうしないと、手遅れになるんじゃないか?』
他の男性もハクをまじまじと見て言う。
『ハクは屋敷から出ませんから、必要ありません』
『そうは言うけれど、人間を飼うときの基本的なルールよ?』
リリアがハクをみて困惑する。
すると、騒動を見ていたウォーカー子爵が取り繕う様に言った。
『そうですな。リリア、ハクもそろそろ「処置」をしなさい』
その言葉に衝撃を受けている様子のリリア。
ハクは、この時「処置」という言葉を放ったウォーカー子爵の冷たい表情がこびりついて忘れられなかった。
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