禁じられた世界のハク

さくらみお

第1話


 ハクとリリアは、同じ女の子だった。


 リリアは少し大柄で波打つ亜麻色あまいろの髪と深海の様な青い瞳を持つ少女。

 ハクは小柄で真っ直ぐな銀色しろがねいろの髪と闇の様な黒い瞳を持つ少女。


 リリアの耳は鋭く天に向かって鋭角に尖っている。

 ハクの耳は丸みを帯びている。


 それ以外はだった。 




 リリアは地方貴族ウォーカー家の令嬢。小麦畑に囲まれた小さなお屋敷に父親と僅かな使用人と共に住んでいた。


 リリアの三歳の誕生日に、ウォーカー子爵がプレゼントとして贈られたのがハクだった。

 ハクは、エルフであるリリア令嬢のペットとして買われた人間だったのだ。


 飼い主のリリアは心優しい娘だった。

 自分が赤いドレスを着れば、色違いの青いドレスをハクに着せた。

 リリアがウサギのぬいぐるみを貰えば、ハクにもクマのぬいぐるみを強請ねだる。

 身近に幼い子が居なかったリリアにとって、ハクは最高の遊び相手だった。

 一日中ままごとや、絵描き、追いかけっこをする。

 そして遊び疲れると、一緒にリリアの大きくて真っ白なベッドで眠るのだ。


 『ハク、大好き』


 リリアは寝入り前にハクと顔を見合わせてはいつもそう呟いた。

 しかし、

 けれど、いつもその台詞を呟いたリリアは、ハクをぎゅっと抱きしめる。

 意味なんか分からなくても、ハクはとても幸せだった。




 ――時は流れ、リリアとハクは七歳になり、リリアは学校へ通うことになる。

 

 いつも一緒だったリリアが、部屋から居なくなる時間が増えた。

 その間は一人でリリアを待つハク。

 寂しくて寂しくて、何度か一緒に学校へ行きたいと懇願した。

 しかし、リリアは首を縦に振ることはなかった。



 ハクは屋敷内であればどこでも自由に行き来する事を許されていた。

 ウォーカー子爵はいつも朝早くに出かけるか、外交に出ることが多く不在が多かった。

 子爵夫人はハクが来る前に亡くなっている。


 だからハクはリリアが学校へ行くと、若い使用人のマーサを探す遊びをした。


 その日は三階のバルコニーで大きなシーツを何枚も干していた。

 小麦色の肌にそばかすが目立つ活発なマーサ。

 ハクはいつもの様にマーサを驚かすため、ソロソロと足音無く近付き、それから背後からマーサの腰へギュッと抱きついた。


『うわあ、ハク?! びっくりした!』


 驚くマーサにご満悦のハク。

 いつもなら、笑ってくれるマーサが少し困った様な表情を浮かべ、お腹を守る様に手を当てた。


『……ハク、あのね。私、もうすぐ赤ちゃんが生まれるの』

「?」

『だからね、ビックリさせないでね』


 マーサはハクの頭を優しく撫でると、その日からハクと遊んでくれなくなった。

 やがて、数ヶ月経つとお腹だけが異常に大きくなったマーサは、使用人を辞めて田舎へと帰って行った。

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