『共に辿る日々、約束』

 子供から少年へ。


 少年から大人へ。


 成長していくシグレの側でわたしは彼が必要とすればいつでも彼の意思に身を委ね、妖精の力を行使し、彼を支え続けた。


 それが仕事であり、使命であり――最大限の喜びだったから。


 でも、いつからだろうか。


 わたしは彼を支えるだけで十分だったはずなのに――そのはずだったのに。


 気づけば彼と会話をし、共に生きていくことそのものに、どうしようもなく愛おしいものを芽生えさせてしまっていた。


 彼が世界を学んでいく過程を共に歩んで来たわたしは、その感情が何と言われるかも知っている。


 本来妖精が抱くことが無いはずの、世界の摂理に反してしまう『想い』。


 けれど、それは妖精という種族が人間のパートナーである以上、無理矢理にでも押さえ込まなければならないもの。


 そう――たとえそれがパートナーであるシグレ自身から求められたものだとしても。


「なあ、リリィ。リリィにとって僕はパートナーである以外の意味ってあるのか?」


「それは……」


 ある日の夜。


 数百年に一度の流星群をシグレと二人、丘の上で眺めている時の事。


 すっかり大人になった彼は唐突に分かりにくいそんな質問をしてきた。


「それは、出会ったあの時から変わってないよ。力を貸し、見守るべき人。それがシグレ」


「…………」


 口から出たのは存在に刷り込まれた教科書通りの答え。


 間違いなはずが無い答え。


 ……ううん、本当は分かっている。


 今のわたしにとってシグレはただのパートナーというだけではないことくらい。


 ただの『パートナー』という言葉などでは到底足りない、あのたった一言の感情で表すことが出来る存在だと。


 けれど、それを言うことは絶対にできない――

 否、してはいけない。


 それは結果的に彼を苦しませることになるのだから。


 わたしの言葉に彼はすぐ反応を返しては来なかった。


 流星群の下、丘では沢山の人間が恋人同士で各々パートナーに見守られ身を寄せ合っている。


 きっと、絶対、あれこそが正しい姿なのだろう。


「――約束してくれないか?」


「約束?」


 しばらくしてシグレに投げかけられた言葉にわたしは疑問符を浮かべる。


「ああ。僕が死を迎える時、お互い嘘偽りない本当に伝えたい事を言い合うと」


「わかった、それがパートナーであるシグレの頼みなら。必ず約束は覚えておくね」


 正直、要領を得ない約束だとわたしは思った。


 でも意味が良く分からなかったこそ、わたしはこの約束をなんとなく承諾していたのだろう。


 パートナーとの約束は、一度承諾してしまえば絶対に破ることが出来ない。


 それは妖精に課されたこの世界のルール。


 シグレがわたしに約束を要求したのは後にも先にも、たったこの一回だけだった。


 そして。


 彼がそれ以降この話を持ち出すこともなかった。



 そう、そんなことがあった。

 それはなんの変哲もない、ただの約束。

 それは、もう何十年も、何十年も前の出来事。


 わたしとって時が経つのはあまりにも早かった。

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