金髪お嬢様、ヤクザ組長と話を交わす
場の空気が一変し、重苦しい緊張感が漂う中、最初に口を開いたのは組長だった。
「さて、四条家のお嬢ちゃん。今日はどういった用件だったかな?」
それは先程までのクラスメイトの親という温厚な雰囲気とは打って変わり、まるで刃物の様な鋭い目つきをした人物へと変貌していた。彼の本性が垣間見えた瞬間でもあった。
しかし、それに対して一切怯む事なく、寧ろ堂々とした態度で相対するのが雪乃である。彼女は涼しげな表情で組長の事を見つめていた。
「そうですね……まずは昨日の事で謝罪しなければなりませんわね」
彼女は軽く頭を下げると、そのまま言葉を続ける。
「昨日のお昼頃、私の部下が峰岸組の管轄内で粗相を働いた事をお詫び致しますわ」
そう言って再び頭を下げた彼女に、組長はゆっくりと首を左右に振る。
「いや、別に謝る必要なんて無いさね。寧ろこっちは感謝したいぐらいだよ」
彼は穏やかな笑みを浮かべて、彼女の事を見据える。
「あのいけ好かない連中を俺達の代わりに成敗してくれたんだ。感謝するぜ、お嬢ちゃん」
その言葉に対して、雪乃は微笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「いいえ、お礼など不要ですわ。私は自分の為に行動しただけですから」
彼女の発言を聞いた組長は大きく目を見開く。そして少しの間沈黙した後、突然大きな声で笑い出した。
「はっはっはっ! そうかい、自分の為か!」
そしてひとしきり笑った後、彼はゆっくりと息を吐く。そして落ち着きを取り戻すと、静かに語り始めた。
「……なあ、お嬢ちゃん。あんたが自分の為にあいつらを叩きのめしたのは分かった。だが、分かっているのかい? あいつらがどんな組織に所属しているのかを……」
その問い掛けに対して、雪乃は静かに頷く。そして淀みの無い口調ではっきりと言い切った。
「ええ、分かっていますわ。山城会、ですわね」
彼女の答えに対して、組長は小さく溜め息を吐いた。その表情からは呆れの様な感情が見て取れる。
「そこまで知っているなら話は早い。いいかい、お嬢ちゃん。あいつらはただのチンピラじゃない。暴力を振るう事に躊躇いが無い本物の悪党だ。あんたみたいな箱入りのお嬢ちゃんが関わって良い奴らじゃねえんだよ」
その言葉に雪乃は何も言い返さない。ただ黙って彼の言葉に耳を傾けるだけであった。その様子を見て、組長は話を続ける。
「お嬢ちゃんがここに来たのも、うちに助けを求めに来たんだろ。裏の人間には裏に生きる人間をぶつけるのが一番だからな」
そして彼は雪乃の事を真っ直ぐ見つめる。その瞳には真剣さが宿っていた。
「だが、相手はあの山城会だ。うちよりも大きな組織だし、そう簡単に手出しは出来ねえ」
「ええ、そうでしょうね。それは十分に承知しています」
彼女の言葉に組長は怪訝そうな表情を浮かべる。
「だったらどうして奴らに喧嘩を売ったんだい?」
その質問に対して、雪乃は一切迷うこと無く答える。
「簡単な事です。問題を切り抜けられる算段があるからですよ」
その返答を聞いて、組長は少し驚いた様な表情を浮かべた。しかし、すぐに平静を取り戻して口を開く。
「それは……うちの力を頼らずとも、解決出来るだけの力があると?」
「その通りですわ。私がここに来たのも、再び同じ様に問題が起きるかもしれない。そしてそれを私達だけでも対処できると。それをお伝えしたくて来ました」
「……ほう」
雪乃の言葉を聞いて、組長は思わず目を細めた。
「それに、山城会の方とも話はついています。今回の件について、そして峰岸組が置かれている問題についても、話は全て無かった事にすると会長さんよりお言葉を頂いておりますわ」
その言葉を受けて、組長は再び大きく目を見開いた。まさかここまでとは思っていなかったのだろう。
「そいつは本当かい……?」
信じられないといった表情で聞き返す彼に対して、雪乃は自信たっぷりな様子で頷いた。
「はい、間違いありませんわ」
彼女の言葉に嘘は無いと判断した組長は大きく息を吐き出す。そして小さく笑みを浮かべた。
「……なるほど。お嬢ちゃん、あんたは大したタマだよ」
彼の称賛の言葉に対して、彼女は静かに笑みを浮かべるだけで何も答えない。しかし、そんな事など気にもせずに言葉を続ける。
「いや、残念だな。あんたが四条家と何も関係の無い人間だったら、うちに勧誘したかったんだがね」
「あら、嬉しいお言葉ですわね」
「ああ、本当に惜しいよ」
彼女の賞賛の言葉に、雪乃は嬉しそうな表情を浮かべながら返事をした。そんな彼女の反応を見て、組長は小さく笑みを零す。
「「……」」
そして二人の会話を隣で聞いていた次郎と智絵は揃って沈黙していた。
雪乃と組長の話についていけず、割って入る事も出来ない二人は全く同じ事を考えていた。
((これ……俺(あたし)がいなくても良かったんじゃ……?))
しかし、そんな二人を置いてきぼりにして会話は続く。
「それで? お嬢ちゃんはこれからどうするつもりなんだい?」
組長がそう尋ねると、雪乃は静かに頷く。
「問題の元凶とも言える人間を潰しますわ。山城会の会長さんからも許可は得ていますし、餌も巻いてあります。近いうちに動くでしょうね」
彼女の言葉を聞いた組長は納得した様に何度も頷き始める。どうやら、彼女の言い分に納得してくれた様だ。
「そうかい、それなら安心だねぇ」
組長はそう言って安心したように笑う。そんな彼の様子を見た雪乃もまた微笑みを浮かべた。
「えっと、あの……ちょっといい?」
そんな時、今まで黙って話を聞いていた智絵が口を開いた。全員の視線が彼女に集まる中、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「その……結局のところ、どういう事なのか説明して貰っていい? 二人の話を聞いている限りだと、何だか話が飛躍し過ぎていてよく分からなかったんだけど……」
彼女の疑問に対し、雪乃は少しだけ考える素振りを見せた後、すぐに頷いて答えた。
「簡単に説明すると、峰岸組や周りに何の迷惑を掛ける事も無く、峰岸さんのストーカーを撃退出来るという話ですわ」
「身も蓋もねえな……」
雪乃の説明を聞いた瞬間、思わずと言った感じでツッコミを入れる次郎。彼は呆れた様な顔で溜め息を吐き出した。
「もっとこう……他に言いようがあるだろ」
「あら、そうでしょうか? 私としては分かり易くて良いと思いますけど……」
「いや、そういう話じゃなくてだな……」
不思議そうに首を傾げる雪乃の様子に頭を抱える次郎であったが、これ以上言っても無駄だろうと諦めたのかそれ以上何か言う事は無かった。
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