金髪お嬢様、良案を告げる


「まさか、山城会と峰岸組とのいざこざに巻き込まれているとはなぁ……」


 思わずそう苦言を零してしまう邦彦。その顔は心底うんざりとした表情となっていた。


「お前なぁ、いつも言っているだろうが。喧嘩するなら相手を見て喧嘩しろって」


 呆れた様子で注意する邦彦に対して、次郎はバツが悪そうに顔を逸らす。


 そんな彼に対して邦彦は大きな溜め息を吐き出した。


「全く、お前は……そんな向こう見ずなところ、一体誰に似たんだか」


 邦彦はやれやれといった表情で首を振ると、そのまま視線を窓の外へと向けた。


 その瞳はどこか遠くを見つめているようで、それでいて過去を思い返すかのような雰囲気があった。


「しかし、お前。これからどうするつもりなんだ? おそらく、あいつらは末端の構成員ではあると思うが、それでもヤクザ相手に喧嘩を売ったんだ。このままだと、間違いなくただでは済まないぞ」


「……分かっているさ」


 邦彦の言葉に次郎は小さく頷いた。そして彼の言う通り、今の状況が非常に不味い事は理解していたのだ。


 何せ相手はヤクザだ。ただの不良やチンピラとは違う存在である。


 例え次郎が腕っぷしで喧嘩に勝てるとしても、相手はこちらに有利な土俵で戦ってくれるとは限らない。


 寧ろ、卑怯な手を平気で使ってくる可能性の方が高いだろう。だからこそ、迂闊な行動は控えなければならない。


 それに相手が狙っているのは自分だけではない。下手をすれば、自分の身内……目の前にいる邦彦や次郎の両親にまで被害が出るかもしれないのである。


 それだけは絶対に避けなければならなかった。


(だが、どうしたものか……)


 いくら考えても妙案が浮かばない事に焦りを感じる次郎。


 しかし、そんな時だった。ふと、唐突に雪乃が手を上げたのだった。


「私に良い考えがありますわ」


 堂々とした態度。そして雪乃は胸を張りながらそう言った。


 その姿からは自信が溢れており、まるで自分なら最良オプティマスな提案が出来ると確信しているような様子であった。


 そんな自信満々な態度を見せる雪乃に、次郎は嫌な予感しか感じえなかった。


 何故なら、これまで彼女の突拍子もない言動によって、散々な目に遭わされてきたからである。


 故に、次郎は警戒するように彼女を見るのだが、雪乃はそれを気にも留めずに話を続ける。


「次郎さんが巻き込まれずに済む様に、他の方々が手を出せない状況に持っていけば安全ですわよ」


 彼女はそう言うとにっこりと笑った。それは一見すると優しそうな笑みに見えるが、彼女の本性を知っている次郎からすれば恐怖以外の何物でもない。


「……具体的にはどうするんだ?」


 不安を覚えながらも次郎が問い掛けると、待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた雪乃が答えた。


「簡単ですわ。これにサインをして頂ければ、それだけで次郎さんはたちまちに手出しが出来ない存在になります」


 そう言って彼女が差し出したのは一枚の書類だった。そこには『婚姻届』と書かれており、夫の欄は空欄となっていて、妻の方の欄には雪乃の名前が既に書かれている状態であった。


 それを見た瞬間、次郎は思わず眩暈を覚えた。あまりにも狂った発想に言葉を失ったからだ。


(一体何を考えているんだ、こいつは!?)


 彼女の考えが分からず困惑していると、雪乃は嬉しそうに微笑みながら言った。


「さぁ、早く書いて下さい! 私と貴方の名前を書いて役所に届けるだけですから! その後は四条グループが全力を挙げて貴方をお守り致しますわ!」


 そう言いながら迫ってくる彼女に圧倒された次郎は慌てて後退った。


「いや、ちょっと待て! そもそも俺達は付き合ってすらないだろ!?」


「ご心配なく! 婚姻を結んでから育まれる絆や愛情もありますもの!!」


「ふざけんな!! というか、お前正気か!? こんなふざけた真似したら、どうなるか分かってんのかよ!?」


 呆れた様子で言う次郎に対して、雪乃は不敵な笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。全て上手くいきますから♡」


 自信満々にそう言い切る雪乃。確かに雪乃の手腕と彼女の実家の権力ならば可能かもしれない。しかし、それでも次郎が頷く事は出来なかった。


「……とりあえず、それをよこせ」


 次郎はそう言って、雪乃へ用紙を渡せと手を差し出した。それを見た彼女は書いてくれるものだと思ったのか、嬉しそうに笑みを浮かべながら婚姻届を次郎に渡した。


 しかし、次郎はそれを受け取ると気合一閃、真っ二つに破った。更に何度も力任せに切り裂き、細切れにして見せたのだ。


 紙吹雪の様に舞い散るそれに雪乃は茫然としていたが、我に帰るなり不満げな表情を浮かべた。


「どうして破くのですか!? これは私達の愛の証明なのですよ!?」


「知るか! とにかく俺は書かない! 以上だ!」


 きっぱりと断言する次郎に対して、雪乃は不機嫌そうに頬を膨らませた。そんな彼女を無視して、次郎は再び良案について考える。

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