極道お嬢、脅される
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目の前にいる複数の男達。今日、初めて会う名前も顔も知らない彼ら。けど、こいつらはあたしの事を知っていた。
「お前、峰岸のところの娘で間違いないな?」
家に帰る為に商店街を歩いていた所、あたしは背後から声を掛けられて振り返る。そこには見知らぬ男達が立っていた。
全員で四人の男。その誰もが厳つい顔をしていて、見るだけで分かる。こいつらは堅気の連中じゃない。
長年、堅気でない身内であるみんなの顔を見てきたあたしだから分かる。こいつらはヤバい奴らだって。
「おい、聞いてんのか? 答えろよ」
黙っているあたしに痺れを切らせたのか、その中の一人が怒鳴ってきた。
その声は威圧感があって、とても怖い。だけど、ここで怖気づいてしまえば相手の思う壺。それが相手の狙い。それは分かっている。
「……だったら、何ですか?」
あたしは勇気を振り絞って返事をした。その瞬間、男たちの顔つきが変わる。
そして先頭にいたリーダー格の男が一歩前に出てきた。
「いい度胸じゃねぇか。自分が置かれている状況が分かってんだろうな」
「……」
男の問いに、あたしは沈黙する。正直に言えば、何も分かっていない。
自分がどういう立場に置かれているのか。どうして、この人たちに絡まれているのか。分からない事だらけ。
「……何が目的なんですか?」
あたしは震えそうになる声で訊ねる。すると、男はニヤリと笑みを浮かべた。
「実はな。うちの兄貴がお前に用があるって言ってんだよ。それで自分のところまで連れて来いって話になってな」
兄貴。血縁関係を指す言葉では無く、恐らくは彼らの上の人間を指す言葉。
それを聞いて、あたしはその兄貴という男が誰で、どういう男なのかを何となくではあるが、見当がついた。
多分、こいつの言う兄貴というのは、あの人の事に違いない。
「……嫌です」
「あ?」
「嫌ですって、言ったんです。あたしがその、あなた達の兄貴の所に行かないと駄目な理由がありません」
あたしは毅然とした態度で答える。こういう時は例え怖くても、恐ろしいと思っていても、ハッキリと言わないと舐められてしまう。
「ほう。随分と強気な女だな。兄貴が気に入る訳だわ」
リーダー格の男はそう言いながらも、口元は緩んでいた。
「まぁ、別に良いさ。だが、残念な事にお前に拒否権なんて無い。俺達の言う事を聞くしかないんだからな」
「えっ……?」
相手が何を言っているのか分からず、あたしは思わず聞き返してしまった。
そんなあたしの反応を見て、相手は楽しげに笑う。
「お前が断るというのなら、その腹いせとしてこいつらがここらで暴れる事になるぞ。それでも構わないのか?」
その言葉に、あたしは絶句する。まさか、そこまで酷い事を考えていたとは思わなかったから。
あたし達の周りには何の関係も無い商店街の人や一般の人がいる。こんな所で暴れられたら、どれだけの被害が出るか想像もつかない。
もし、そうなった場合、間違いなく多くの人が傷つく。それだけは絶対に避けないといけない。
でも、どうしたら……。
「さっきから、だんまりしてるみたいだけど、本当にこいつらを暴れさせても良いのか?」
リーダー格の男の言葉に、あたしは何も言えなかった。
もしも、このままあたしが大人しく従わなかったら、この男達は言葉通りに容赦無く暴れるだろう。そして関係のない人達に被害が出てしまう。
「……卑怯者」
「何とでも言ってくれ。俺は手段を選んでいる余裕はないんでね」
あたしの呟きに対して、男は全く悪びれた様子も無く返す。確かに、その選択はあたしにとって最も都合が悪いもの。
あたしの親父……峰岸組の組長はこの辺りの地域一帯を陰から守ってきた。所謂、自警団的な役割を担っていて、その影響力はかなり大きい。
だからこそ、この商店街で暴れられる事は、峰岸組の面子を潰す事になってしまう。しかも、その原因が娘である私だという事も知れ渡れば、親父達の立場が危うい。
つまり、この人たちはそれを承知の上で、この場であたしを脅しているという訳。
最悪。本当に最悪の展開。
何とかしないと。何とかして、この状況を打開しないと思いつつ、どうやって切り抜けるべきかを考えていくが、思い浮かぶのは全てがダメな案ばかり。
「おい。何とか言ったらどうなんだ? 黙っているだけじゃ、何も解決出来ないぜ」
男はそう言って、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
このまま黙っていても、時間は解決してくれない。それどころか、男達はあたしからの返答を待たずに暴れ出すだろう。そうなってしまったら、もうあたしには止める術が無い。
だから、ここで決断をしなければならない。周りのみんなを、あたしの大切な人達を危険に晒さない様に。
「……分かり、ました。あなたの兄貴の所へ行きます。ですから……周りの人達には、手を出さないで下さい」
あたしはそう答えた。すると、男はニヤリと笑みを浮かべる。
「物わかりが良くて助かるよ。そういう女は嫌いじゃない」
男はそう言いながら、あたしに着いてこいと促す。あたしは言われた通り、その後を付いていく。正直に言えば、怖い。今直ぐにでも逃げ出したい。
けど、それは無理な話だった。ここで逃げれば、あたし以外の人間が被害を受ける。あたしに出来る事は、現状を受け入れるしかない。
……でも、それでもあたしは願わずにはいられなかった。誰か、助けて、と。心の中で何度も叫んだ。
そして男達に連れられて路地裏にへと足を踏み入れた、その時だった―――
「待ちやがれ!!」
俯くあたしの背後から、そんな勇ましい声が聞こえてきたのだった。
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