金髪不良、正気を疑う




「……じゃあ、次だ。このゼリーはなんだ? またマムシみたいに変な食材を使っていないだろうな」


 次郎はお重に入っているゼリーを指差しながら尋ねる。その質問に対して雪乃は微笑みを崩さずに口を開いた。


「変な食材だなんてとんでもない。こちらはすっぽんを使ってますわ」


「は?」


 雪乃の言葉に次郎は固まる。


「す、すっぽんだと?」


「はい。滋養強壮に良いらしいので、是非とも次郎さんに食べて頂きたくて」


 雪乃は恥ずかしげもなく言い切った。その堂々とした態度に、次郎は少しばかり圧倒されてしまう。


「……なぁ、お前。もしかしてこの卵焼きって、中に何か入れてたりしないだろうな」


「あら、よく分かりましたわね。流石は次郎さんですわ」


 雪乃はパチパチと拍手をする。


「その、何を入れたんだ?」


「こちらにはアボカドを入れています。うちの使用人が作ってくださいましたわ」


 雪乃は自信あり気な表情で胸を張る。その様子に次郎は冷や汗を流した。


 先程から上がってくる食材のラインナップからして、他の料理に関しても嫌な予感がしてならなかった。


「……ちなみに、その、他の料理はどんなのがあるんだ?」


 次郎は引き攣った顔で尋ねる。


「はい。こちらには揚げ物を入れさせて頂きました。男の子は揚げ物が好きだと聞いたので」


「ほう、揚げ物……何の揚げ物だ?」


「カキを使いました。時期的には少し外れていますが、海のミルクと呼ばれるぐらい、豊富な栄養素が含まれていますわ」


「そ、そうか」


 雪乃の説明を聞いて次郎は苦笑いを浮かべた。


(どうしよう。俺、もしかしたら死ぬかもしれない)


 その表情は絶望に染まっていた。


「じゃあ、これは?」


「鶏レバーと長芋の煮物ですわ。どちらも栄養価が高い食材なので、しっかりと召し上がって下さいね」


「なら、これは……?」


「ウツボのたたきですわね。これも栄養価が高く、とても美味しいですよ」


「……これは?」


「すっぽんのサラダですわ」


「またすっぽんかよ!!」


 次郎の悲痛の叫びが木霊した。その叫びに、雪乃はキョトンとした顔をする。


「え、何か問題でもございまして?」


「大有りだよ!! 何でこんなゲテモノばっかり入ってるんだよ。おかしいだろ、これ!?」


 次郎は机に並べられているお重の中を指差して叫んだ。


「ゲテモノだなんて、そんな……どれもこれも、ちゃんとした食材ですよ?」


「確かに食べられはする食材だけれども……マムシやすっぽん、ウツボは完全にゲテモノ勢だろ」


 次郎はげんなりした表情で言った。


「そうでしょうか? いずれも栄養価の高い食材を使っているので、体にはとても良いと思いますよ」


 雪乃は何の悪気もないといった感じで、寧ろ不思議そうな表情をしていた。


「そうかもしれねぇけど、限度ってもんがあるだろうが。ほとんどの説明が栄養が高いばかりで栄養素がオーバーフローしているぞ。というかそもそも、どうしてマムシやらすっぽんやらを調理する事になったんだよ」


「日頃から精力的に行動されている次郎さんの為を想って、精力が付く食べ物を用意しようと使用人達に相談しましたら、その方々が張り切って用意してくれましたわ」


「そいつらの入れ知恵かよ……」


 次郎は頭を抱えた。そしてお重に入っている紹介されなかった他の料理にも目を向ける。そこには明らかにお弁当の食材として相応しくないであろうものがふんだんに入っていた。


(……本当に、一体何を考えて作ったんだ?)


 次郎は目の前にあるお重を見つめながら考える。すると、雪乃が嬉しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。


「ふふっ、そんな熱意のある目で見ないでくださいませ。私、照れてしまいますわ」


「……」


 次郎は何も言わずにジトッとした視線を向けた。


「あら、どうされましたの、次郎さん?」


「別に何でもない。気にしないでくれ」


 次郎はそう言って誤魔化した。雪乃は小首を傾げながらも、追求する事はなかった。


「ところで、このお重の中身だが……全部食えというのか?」


 次郎は気を取り直して、お重を眺める。その質問に、雪乃は満面の笑顔で答えた。


「はい、勿論ですわ。次郎さんの事を想いながら作りましたので、全て食べてくださいね」


「そうか、分かった。お前は俺に、午後の授業は出るなとでも言いたいんだな」


 次郎は諦観の籠った声で呟いた。その言葉に雪乃は驚いた顔を見せる。


「まぁ、そんな。私にその様な考えは一切ございませんわ。ただ、次郎さんには健康に過ごして欲しいだけですのに」


「それなら、せめて普通のおかずだけにして欲しいのだが」


「普通のおかずだけでは、次郎さんが物足りないと思いましたので。けど、この料理に何か問題でもあるのでしょうか? とても美味しいと思うのですが……」


「美味しいとか食べられるとかの問題じゃなくて、効能がヤバすぎると言っているんだよ。こんな精力剤の塊みたいな昼飯食べて、午後の授業がまともに受けられるわけがないだろ」


 次郎は呆れた様子で言う。その発言に、雪乃は納得がいかないと言った風に頬を膨らませた。


「うぅ、酷いです。私は次郎さんの事を想って一生懸命に作ってきたのに、それを食べられないだなんて……。私の愛情は次郎さんには届かないのですね。ぐすっ」


「届く届かない以前に、受け取った試しがねえよ。というか、わざとらしい泣き真似をするな」


 雪乃は悲しげな声を出し、涙を拭く仕草をしてみせる。次郎はそれに対して冷めた態度を見せた。


「……というか、別に俺は食べないとは言っていないからな」


「では、召し上がってくれるのですか!?」


 雪乃はパァっと顔を輝かせて次郎に詰め寄った。


「近い! 離れろ!」


「あら、ごめんなさい。嬉しさのあまり、つい興奮してしまいまして」


 雪乃は謝罪の言葉を口にするが、その表情は嬉々としていた。次郎は溜息を吐き、諦めの気持ちを抱きつつ箸を手に取ってそれを重箱へ伸ばしていく。


「とりあえず、あまり害の無さそうなものから頂くぞ。まずは、これか」


 次郎はそう言ってから、重箱に入っている中でもまだ無害な部類に入る卵焼きを一つ摘まんだ。


 断面から伺えるアボカドの緑色と卵の鮮やかな黄色の色合いを眺めつつ、次郎は口に運んで咀しゃくする。


「その、お味の方はいかがでしょうか?」


 雪乃は不安そうな面持ちで訊ねる。次郎は飲み込んでから、素直に感想を述べた。


「……普通に美味いな。もっと甘い感じの味かと思ってたんだが、意外にも塩気が効いてて食べやすい。これはこれでアリだと思うぞ」


 その言葉を耳にした雪乃は、花が咲いたような明るい笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。そう言って頂けるだけで、作った甲斐がありますわ」


「そうかい。それは良かったな」


 次郎は適当に返事をしながら、次の品に手を伸ばす。手を付けたのはカキフライだった。


 サクッとした衣の食感に、噛むと口の中に広がる牡蠣の旨味と上に掛けられた市販とは違う自家製タルタルソースの酸味が混ざり合って、絶妙なハーモニーを奏でていた。


「これもまぁ、普通に美味いな。今まで食べてきた中で一番かもしれない」


 次郎は感心したように呟く。その言葉に、雪乃は歓喜の声を上げた。


「まあ、嬉しい。次郎さんにそこまで喜んで貰えて、私は幸せ者ですわ」


 雪乃の喜ぶ姿を見て、次郎は少しだけ照れ臭くなる。

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