金髪お嬢様との昼食
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昼時。陽が高々と上り、雲一つない青空が広がる中、草薙学園の各所に設置されているスピーカーからチャイムの音が鳴り響く。
それは授業の終わりを告げる音であり、生徒達にとっては待ち望んでいたものでもあった。
教室の中にいた生徒の多くはその音を聞いた瞬間、喜びを露わにして思い思いの行動を取り始める。ある者は購買や学食へと走り出し、またある者は友人達と談笑を始めるなど様々であった。
そんな光景を眺めながら次郎は黙々と教科書やノートを片付けていく。ゆっくりとした動作で片付けている理由は彼が急いでいないという事もあるが、教室内にいる雪乃の動きを追っている為でもある。
雪乃は机の上に広げていた筆記用具や参考書などを鞄の中に入れると、静かに立ち上がってから教室の外にへと出ていった。
次郎はそれを目で追うと、少し時間を空けてから彼女の後を追って教室から出ようとする。しかし―――
「よう、次郎。一緒に学食に行かね?」
移動しようとした次郎の肩を後ろからポンッと叩き、智也がそう声を掛けてきた。
「今日はよ、一緒に食べてくれる女の子がいなくてな。だから、良かったら付き合ってくれよ。どうせお前、一人で寂しく買ってきたパンでも食おうとしてんだろ?」
智也はニヤついた顔でそう言う。そんな彼を次郎はジト目で見つめると、面倒臭そうな様子で言葉を返した。
「悪いな。俺はこれから用事がある」
「用事って……また何か厄介事にでも巻き込まれてんのか?」
「……まぁ、当たらずとも遠からずと言った所だ」
「そっかよ。相変わらず大変そうだなお前も」
次郎が肯定すると、智也は同情した様な眼差しを向けてくる。それに対して、次郎は曖昧な表情を浮かべて苦笑いするしかなかった。
「ちなみにだけど、その厄介事ってのはどんな事なんだ? また不良がらみの事なのか?」
「……そっちの方が良いまであるぞ。もっと、タチが悪い奴だしな」
「へぇ、そりゃまた面白そうだな。詳しく聞かせてくれよ、次郎」
興味津々といった様子で聞いてくる智也に対し、次郎は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「別に面白くもないぞ。それに、本当に時間がヤバい。もう行くわ」
次郎がそう告げると、智也は名残惜しそうにしながらも素直に引き下がる。
「分かった。それじゃあ、また今度話をしてくれ。絶対に面白い事になってると思うしな」
「……聞かない方が身の為だけどな」
「ん? 何か言ったか? 次郎」
「何でもない。独り言だ、気にするな」
次郎は去り際にそう告げて、足早に立ち去った。そして教室を出て、目的の場所にへと真っ直ぐに向かっていった。
目的地は草薙学園本校舎から離れた特別棟にある。渡り廊下を抜けてから少し歩くと、目的とする場所に辿り着く。それは以前にも訪れた事のある生徒会室である。
草薙学園の敷地内において、他の誰にも見られずに雪乃の作ってきたお弁当を食べるのであれば、この場所以外には無かった。
次郎は扉の前に立つと、ノックはせずにそのまま扉をスライドさせて室内に入った。
「もう、遅かったですわね。少し心配してしまいましたわよ、次郎さん」
次郎が部屋に入ると、既に椅子に座って待っていた雪乃が嬉しそうに微笑みかけてきた。
その様子を見ながら次郎は扉を閉め、それから鍵を掛けた。予期せぬ来客が入って来ない様にと、危険を未然に防ごうとする為の行動である。
「すまんな。智也の奴が絡んできて遅くなった」
「そうですか。それはとても災難でしたね。後で私から何か言っておいた方がいいでしょうか?」
「いや、止めてやれ。そんな事をしたら、俺が恨まれる。というか、余計な詮索をされるから絶対にするな」
次郎は雪乃の言葉に呆れた様子で答える。そしてそれから彼女の近くの椅子にへと腰掛けた。
「分かりました。それでは今朝の約束通りに、こちらのお弁当をご一緒に食べましょう」
雪乃はそう言いながら、例の重箱を取り出してテーブルの上に置いた。その瞬間、次郎は思わず顔をしかめる。
自分の目線程の高さにそびえ立つ重箱からは車内で見たのと同様に、気圧される程の禍々しいオーラが放たれていた。
その圧倒的な迫力は間近で見ている次郎でさえ、息を呑んでしまう程である。まるでそれは呪物の様に次郎は思えてしまった。
「……見ているだけで腹が膨れてきそうだ」
「あら、お褒め頂き光栄ですわ」
「褒めてねぇよ。とりあえず、時間もそれ程ある訳じゃないんだから、さっさと食べるぞ」
「はい、それでは頂きましょうか」
そして雪乃はそう言うと、重箱の蓋を開けようと手を伸ばした。それを次郎は息を吞みながら見守った。
(一体、中には何が入っているんだ?)
全く想像がつかない中身に、次郎は緊張していた。せめて食べられるもので―――と、つい思ってしまったが、そこに関しては四条家のシェフが監修している以上、問題は無いだろう。
そして五重に積み重なっていた重箱が各々の中身が見える様に広げられる。その光景に次郎は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「こ、これは……」
中に入っていたのは見た目は綺麗に盛り付けられた料理の数々であった。しかし、その内容に次郎は言葉を失う。
「どうでしょうか。次郎さんの為に、精一杯頑張りましたわ」
雪乃は期待に満ちた瞳で次郎を見つめている。その様子に次郎は心の中で溜め息を吐いた。
「……まぁ、その、なんだ。美味そうだな」
「そうでしょう! そうでしょう!」
次郎が何とか絞り出した感想を聞くと、雪乃はとても嬉しそうに笑顔を見せた。
「けどな、四条。幾つか聞きたい事があるんだけどいいか?」
「はい、なんなりとおっしゃってください」
「そうか。なら、まずはこれからだな」
次郎はそう口にしてから、お重の一つを指差した。
「何で昼のお弁当にうな重なんてものを入れてきたんだ? 俺は小嶋元太なのか」
「元太さん? それは誰の事でしょう」
「……あぁ、そうか。お前が知る訳ないよな。漫画なんて読まないだろうから」
頭の中でおにぎり頭の少年の事を思い浮かべながら、次郎はそう答えた。その反応に雪乃は不思議そうな表情を浮かべている。
「あの、その方はどなたでしょうか?」
「気にするな。それよりも、どうしてうな重なのか教えてくれないか?」
「次郎さんの好きそうな食べ物を調べた結果、そういった情報がありましたので入れさせて頂きましたわ」
「なるほど。それで、その情報というのは何処で調べたものだ?」
「企業秘密です」
「……そうか」
雪乃は満面の笑みでそう告げると、次郎はこれ以上の追及は無駄だと悟った。
「それじゃ、次はこっちだ」
次に次郎は別のお重を指差した。そこには何かしらの焼き物、卵焼き、そしてゼリーみたいなものが入っていた。
「卵焼きは分かるが……他のはなんだ? 特にこの、細長い何かを焼いた様なやつは」
「ああ、それでしたらマムシを焼いたものですわ」
「……は?」
「だから、マムシですよ。蛇の」
一瞬、何を言っているのか分からずに次郎は固まってしまう。しかし、直ぐに我に返る。
「いやいや待て。何故、そんなものを弁当に入れた!?」
「だって、好きな人には健康に気を使って欲しいと思うのは当然ではありませんか」
「……そうか」
至極真面目な表情で雪乃は答える。その返答に次郎は何も言えなかった。
「栄養価が高いので体にも良いんですよ」
「だからって、高校生の昼の弁当にマムシを入れるか、普通」
次郎は額に手を当てながら、呆れた様子で呟く。その様子を見て、雪乃は首を傾げた。
「お嫌いですか、マムシ?」
「まず食べた事が無いわ。というか、そういう話じゃないんだよ。もっとこう、あるだろうが。ハンバーグとか、唐揚げとかそんなのが」
「分かりました。次からはそちらを用意しますね」
「……全部、マムシの肉を使って用意するとかじゃないよな?」
次郎は恐る恐る尋ねた。その問いに対して雪乃はニッコリと微笑む。その反応を見て次郎は頬を引きつらせた。
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