三国志が嫌いな男の子はいません
「に、にこ……何だって……?」
「いや、聞いた事が無い言葉だからいまいち……」
「ニコニコ給食の刑……?」
次郎の言葉に周りの男達はあまりピンとこず、首を傾げる。
しかし、田頭だけは違った。その単語を聞いた途端に顔色を変え、額に大量の汗を滲ませている。
「おい、誰だ今、変な聞き間違い起こした奴は。もう一度だけ言ってやる。二虎競食の計だ」
次郎が訂正する様にそう告げるが、周りはそれでも意味は伝わらず、更に困惑する。
田頭に至っては、顔色が青ざめた状態になり、目を見開いて次郎を凝視していた。
次郎は周りの様子を気にも留めずに話を続ける。
「確か三国志に出てくる計略だったな」
三国志。日本において最も人気の高い中国の歴史物語であり、日本だけではなく世界中にファンがいる。その人気具合は日本の戦国時代と肩を並べる程であり、様々な漫画やゲーム、映画やドラマなどの題材にされ、今でもその知名度は高い。
その中でも特に有名な武将が後漢末に丞相を務め魏王となり、後の曹魏の礎を築いた
そして次郎が口にした二虎競食の計という計略。これは明代に掛かれた創作時代小説、三国志演義のに出てくるオリジナルエピソードの一つである。
「二匹の虎の片方に餌を与えて争わせる……三国志の登場人物で言うと
次郎はそこまで話すと、大きく息を吐いた。田頭は黙ったまま何も言葉を発さない。周りにいる男達も次郎の話を静かに聞いていた。
やがて、次郎は周りを一度見渡してから再び話し出す。
「しかし、その計略は劉備に見破られてしまい失敗に終わる訳だがな。そして失敗した荀彧はめげずに次なる計略として
次郎はそこで言葉を止めると、苦笑いを浮かべて頭を掻く。
(……しまったな。つい熱中して喋ってしまった)
周りの反応を見てみれば、田頭を除く皆がポカンとした様子でこちらに注目していた。当然だろう。いきなり目の前の学がありそうに見えない不良の男が、知りもしない歴史の知識について語り出したのだから。
しかも、その内容は明らかに歴史好きにしか分からない内容であり、尚且つ、三国志について詳しくないと理解できないもの。周りから見れば完全にヤバい人である。もしくは痛い人である。
その事に気づいた次郎が、冷や汗を流していると―――
「お、お前、どうしてそんな事を知ってやがるんだ……?」
語るのを止めた次郎に向けて、田頭は明らかに動揺しながら恐る恐る尋ねてきた。その質問に対し、次郎は小さく溜め息を吐き出す。
「いや、三国志関連は嫌いでは無いからな。正史や演義についてもそれなりに理解がある。だからまあ、ある程度は知っている」
次郎は観念したかの様にそう言うが、彼の言葉の中に誤りが一つある。それは"三国志に関してはある程度知っている"という点である。
先程も聞かれてもいないのに率先して語り出してしまったが、次郎は三国志の事が大好きであり、その知識は深い。
厳密に言えば中国史全般、それも古代よりの知識について網羅しているが、その中でも特に三国志についての造詣が深い
それこそ、ネットで調べれば直ぐに分かる程度の大筋の内容から、聞いた事も無い様なマイナーな情報まで把握できるほどに。
ちなみにではあるが、好きな三国志の小説としては北方謙三先生の作品をおススメし、漫画では蒼天航路を推していたりもする。人物としては
しかしながら、それを周りに知られてしまうと不良である自分に対して変なイメージが付いてしまう恐れがあった。昔ながらの不良、硬派でいたい彼としては『歴史オタク』だなんて肩書は余計な重量でしかない。
次郎にとってその事は避けたい事であり、だからこそ普段はなるべく三国志の話題を口に出さない様に努めているのだが、田頭が口にした変に改変させられた計略の名称を聞き、許してはおけないとついカッとなって口を滑らせてしまったのだ。
次郎は気まずそうな表情をしながら誤魔化す様に一度咳き込んでから、周りの男達に、田頭にへと視線を向ける。
そして周りから余計な情報を詮索されるよりも先に、田頭に向けて更に追及を進めた。
「で、その計略を基にして考えたのがこの襲撃か?」
「そ、それは、その……」
次郎の問い掛けに対して、田頭は言い淀む。その態度を見た次郎は目を細めて彼を睨み付けた。
「今回の件に当てはめるなら、劉備と呂布が俺と矢島。もしくは草薙学園と八坂高校といった感じになるのか。そして餌の代わりに両校の生徒を襲い、どちらかがやった事だと吹聴して険悪ムードに陥らせる。うちはともかく短絡的で喧嘩早く、そして横の繋がりが深い八坂の連中なら報復行為に出る可能性は十二分に高い。そうなれば必然的に戦争状態になるだろう」
次郎が淡々と説明していくにつれて、田頭の顔色はどんどん悪くなっていく。
そんな彼に対して次郎は更に追い打ちを掛ける様に言葉を続ける。
「うちと八坂が戦争になれば、両校とも疲弊する。そしてどちらかが潰され、もう片方も弱ったところを八田野が攻めて制圧すればいい。そういう作戦なんじゃないのか?」
「うぐぅ……!?」
次郎がそう尋ねると、田頭は苦虫を噛み潰したような顔で歯を食いしばっていた。その反応を見て次郎は大きくため息を漏らすと、呆れた様子で口を開く。
「まぁ、長々と説明したが……簡潔に言うならお前らが漁夫の利を狙っていたという事だな」
「あ、あぁ、そうだよ! その通りだよ!! 悪いか!!」
次郎の言葉にとうとう耐え切れなくなった田頭は開き直ると、逆ギレするかの如く怒鳴り散らしてきた。
「しかし、残念だったな。矢島の奴が話も聞くし理解のある奴だったから、戦争にはならなかった」
しかし、次郎は全く動じる事無く冷静な口調のまま言葉を続けていく。それに対して田頭は忌々しいと言わんばかりに舌打ちをした。
「相手の事を良く調べもせずに行動をするからこんな結果を招くんだ。何が完璧な計略だ。馬鹿にも程がある。完璧の語源を調べてから出直してこいよ」
「うるせぇぞ、テメェッ!」
次郎の煽り文句に田頭は顔を真っ赤にして激昂する。その怒声に周囲の男達全員がビクつくが、次郎は眉一つ動かす事なく平然としたままであった。
それどころか、逆に彼は挑発するかのように鼻で笑ってくる。その態度に田頭の怒りのボルテージは上がっていく。
「ついさっきお前の事を想い出した口で悪いが、その辺りは昔と変わらない。後先を考えない短慮で馬鹿のままだ。それに周りの奴らも同じだな」
「なっ、なんだとぉ……!」
「お、俺達が馬鹿とでも言うつもりなのか!?」
次郎は視線を田頭から周りにいる他の男達にも向け、そのまま田頭と同様に彼らを馬鹿にする。
その言葉に男達は怒りを露わにし、次郎を睨み付けていた。しかし、次郎は一切臆する事は無く、堂々とした態度を崩さない。
「全くその通りだろ。こいつが考えた無謀な作戦に誰も彼も疑う事も反対もせずに乗っかって、その挙句に今の状況を招いたんだ。お前らも同罪、いやお前らはこいつよりもタチが悪い。自分で何も考え様としないで他人任せにしている分、もっと質が悪いな」
次郎は吐き捨てるかの様に言葉を並べながら周りを見渡す。その言葉に八田野高校の面々は青筋を浮かべて怒りの形相で睨みつけ、田頭に至っては血管が破裂するんじゃないかと思うくらいに顔面を紅潮させていた。
そんな彼らの反応に次郎はやれやれと言った様子で肩をすくめる。そして彼はとどめとばかりに決定的な一言を告げた。
それは―――
「だから、お前ら八田野高校の連中は『頭の足りていない連中の集まり』だって言われてるんだよ。この馬鹿共が」
――あまりにも残酷で、容赦のない言葉だった。
八田野高校。草薙学園や八坂高校の近隣に位置する公立高校ではあるが、その偏差値は草薙学園はもとより不良学校で知られる八坂高校よりも低い。
そして極めつけにはどれほど頭が悪かろうとも入れる、と言われている程の馬鹿高校でもある。それ故に生徒の質はかなり低く、問題行動を起こす生徒も他の二校に比べて断然と多い。
また、生徒達の素行の悪さは近隣に住む人々からの評判も最悪であり、近くの学校に通う生徒や近隣住民からは疎まれている存在でもあったりする。
それを揶揄する様な次郎のその発言に、今まで我慢をしていた八田野高校のメンバーの堪忍袋の緒がついに切れる。
その瞬間、彼らは一斉に次郎に向かって飛び掛かり、殴り掛かってきた。
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