蠢く悪意


 時間にしておよそ三十分ほど。

 森の中を進み続けて、第四部隊の本陣を探索している最中。


 時間だけが浪費する可能性を考慮し、周囲に敵の姿も見つからない為二手に分かれて捜索を続けることになった。


 アンスエーロ隊長、ルビー、バロン、フィオナ。

 ボク、ジン、ペーネループ。


 最悪ボクは隠し玉を切れば逃げられるからね。

 ジン一人でカバーしきれる最低限の機動力をペーネロープで確保したわけだが……


「────囲まれてしまったねぇ」


 周囲を取り囲む無数の騎士。

 円状に綺麗に配置された彼らは僅かに青い衣装が鎧に施されており、そこから第四部隊の騎士達だと言う事が推測できる。


「ジン、突破は?」

「…………一人なら」

「だよねぇ……」


 彼らは既に剣を引き抜いている。


 やる気は十分だ。

 ペーネロープも剣を構えているし、ジンも二剣を抜刀している。

 さてさて、どうやってここを突破したものか……


「アーサー・エスペランサだな」

「うん。ボクらが狙いだったってことでオーケー?」

「勝手に推測でもすればいい。どうせここで朽ち果てるのだ」


 んー……

 んん〜…………


 さて。

 考えなくちゃいけないことが一つ、いや、二つかな。


 囲んでいる騎士の数は10。

 隊長格みたいな服装してるのは一人で、それ以外は全部一般的なやつだ。そんで手に握ってるのは剣と盾なんだけど……


 あの剣、おかしいね。


「一つ聞いてもいいかな、隊長さん」

「総員、構えろ」


 ガシャガシャと鎧を打ち鳴らしボクらに向かって剣を構える。


 でもそれはおかしい。

 そんな杜撰なことをするか……? 


「ジン」

「…………わかった」

「おお、流石だね。それじゃあ兜をよろしく」


 コクリと頷いてくれるところが頼もしい。


「……どうしたの?」

「ちょっと考え事……というより、心配事だ。もしボクの不謹慎な予測が当たっていたなら、想像以上に問題は目の前にあったと言うことさ」

「……なるほど。勘は悪くない」

「自慢の直感さ。第四師団・・・・


 隊長格の男が魔力を剣に宿す。

 瞬時に炎を纏った剣は周囲の騎士に僅かな動揺を齎し、その事実を飲み込んだのか真っ直ぐにボクへと剣を振りかざしてくる。


 そしてその前に躍り出て二剣で受け流すジン。


「────……!」

「くっ……やはりお前が邪魔になるか、灰刃……!」

「隊長……!?」

「お前たち、何をぐずぐずしている! あの男を捕らえろ!」


 怒号と共に、困惑しつつ騎士たちはボクに剣を向けた。


「それじゃあ甘いぜ」

「え? ──きゃっ……」


 足を魔力で強化して、木の上に飛び乗る。

 その際にペーネロープを抱き抱えることも忘れない。

 彼女はか細い声を出した後に、プルプル腕を震わせてボクの胸元をポスンと叩いた。


「…………事前に、言って。準備するから」

「えっ、ああうん。準備?」

「女の子には準備が必要なのよ!」

「そうなんだ……それは知らなかった」


 案外かわいい声出すんだね。


 これを言えば火に油を注ぐのは明白なのでそれはさておき、状況を整理しよう。


 あの魔力量に練度。

 確実にただの騎士じゃない。

 あの剣には仕掛けがあるんだ。ペーネロープが自分の身体から直接流すようなのとは別で、魔法を発動するのを前提として打たれた剣。


 困ったなぁ。

 この国にあるわけないんだけど……


「【光の槍エスペランサ】――――うん。出し惜しみは無しで行こう」


 通常のサイズよりも二倍の大きさの槍を手に握って・・・・・、ボクは木から飛び降りた。


 ペーネロープも隣にいる。

 ジンは隊長格を剣技で押し、隙を見計らって此方へ引いて来る。

 なんか……やっぱり君の強さっておかしくない?

 

「……………………時の運」

「謙虚だねぇ……さて、多分君達は普通の騎士だと思うんだけど」


 周囲を取り囲む一般兵士は僅かに混乱している様子が見受けられる。


 本当なら居ない筈の魔法使いが、それも下っ端とはレベルの違う相手が自分たちの隊長だった。

 それが明確に殺意を持って第二師団の仲間を殺そうとしたんだから驚くか。


「魔力量はまあまあ。魔法の発動速度も悪くない、火力に関してはそこまで高くないね。炎を剣に纏わせるくらいなら発射したほうが効率がいいし、本来の使い方は別だな」

「…………そうだとして、どうする。お前は俺に勝てると思うのか?」

「うーん……そもそもボクが君に勝つ意味はないんだけど」


 彼は第四師団の息がかかった人物なのは間違いない。

 

 もう少し情報が欲しいな。


「ボクの目標は大隊長、ないしは陣地の撃破。残念だけどただの隊長格程度しかない君は標的じゃないんだよね」

「ジン・ミナガワ、ペーネロープ・ディラハーナ、アーサー・エスペランサ。第四部隊は遊撃と表向きに名乗っているし、戦力を分散させてくる可能性が高い事は見え透いていた」


 会話になってない。

 ブツブツと呟くように言うってことは自己暗示に近いぞ。


 洗脳?

 いや、その程度で魔法が扱えてたまるか。

 魔力を生み出すってのは簡単な話じゃないんだ、もっと色々ある……待てよ。


「だから、受けた。金が要るんだ」

「…………君、名前は?」

「“ボーイ”とでも名乗っておけば伝わるか? 怪童」


 ボーイ。

 第四師団の息のかかった人物。

 レディ。

 第四師団に所属するマルティナが名乗る役職。


「我々は一枚岩ではない。常に互いを監視し隙あらば蹴落とそうと画策している」

「あれだけ好き勝手やってるのによく言うぜ」

「だからこそ。その土台を破壊せんとするものに容赦はない」


 燃え続ける炎剣を握り締め、その熱で籠手が溶け落ちていくのも構わずに、爛れる皮膚であるのにも関わらず。


「……隊長?」

「…………今更止まれんのだよ、我々は」

「たいちょ」

 

 そしてその剣で、隣に居た騎士を一人、斬った。


 炎剣は鎧を容易く溶かし皮膚も薙ぎ、骨や肉すら跡形も無く消し炭へと化す。


 魔法という概念の押し付け合いである以上に、あれは……


 静寂が支配する場でドサリと命を失い倒れ込んだ騎士を少し眺めてから、男は演じるように大仰に語った。


「――『ああ、なんということだ。第二部隊の魔法使いに、仲間を殺されてしまったぞ』……つまりはこういうことだ」



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