"レディ"マルティナ
木々の影に潜みながら、一人の女性が戦場を俯瞰している。
銀の髪に露出の激しい服装。
虫の被害大丈夫かとアーサーが見れば質問して不機嫌にさせそうな衣装を身に纏い、じっと第二師団総合演習の様子を見ている女性──マルティナ・サンターナは一息吐いた。
「……あれが、第二師団大隊長」
第二師団第三部隊大隊長カサンドラ・デル・レイとアーサー達の戦いを見て、彼女は僅かに握った拳に気が付く。
それをまじまじと見つめた後、ゆっくりとその力を緩めて指を解いた。
「魔法抜きであれか……なるほど、奴が勝算を見出すのも納得だな」
明らかに人間離れした膂力。
魔法使いである彼女ら第四師団ならば不可能ではないが、恐らくあの戦闘能力と実際に戦場で対面すれば、一定の実力を持たない魔法使いなんてカモでしかないことを察した。
彼女は第四師団大隊長の付き人になれる程度には実力があり、そして優秀である。
故に現実的な面で戦力差を測る事は容易だった。
(このレベルの騎士があと最低で三人。隊長クラスの動きも良かった、特にあの小さな奴……アーサーの仲間か)
第二師団の中ではそこそこ有名でも全体に名が通っている訳ではないジンの評価に伴って、全体的な評価も彼女の中で上乗せされていく。
超遠距離からの狙撃を成功させる腕、加速を用いて初見殺しを回避できる機動力、純粋な地力の高さでフロントを張れる騎士が二人、細かい連携も合わせられる手数で押すタイプの騎士。
十分すぎる戦力であり、腐敗に塗れていた第四師団と違って、しっかりと準備を整えてきたのがよくわかる。
(これが…………ああ、いや。出来る事なら、第二師団を選びたかったな)
マルティナは善性が根底にある女性だ。
第四師団の趣味嗜好に嫌悪感を抱き汚職や賄賂が横行している現在を良いものだとは思っておらず、帝国が次々と領土拡張をしている事にも危機感を覚えている。
だからどうにかしたいという感情がありつつ、父や家族の為にそれを表立って実行する事は叶わない。
歯痒く思いながら変わらない現実に目が濁っていくのが自分でもわかっていた。
「アーサー・エスペランサ……」
膨大な光の槍を顕現させ、旧要塞(土で積み上げるタイプの前時代的なもの)を一瞬で打ち崩した魔法力。
外付けで魔力石を利用しているとはいえ、第四師団であのレベルの火力を出せるのは隊長クラス以上に限られる。勿論マルティナも隊長クラスの実力は持っているので不可能ではないが、あくまで参考程度だ。
魔力を度外視した実力だけで言えば、大隊長と渡り合えるだけの技量はあると推測した。
「まったく…………
苦笑しながらマルティナは言った。
────実のところ。
マルティナは10年以上前に一度、アーサーの事を見ている。
まだ汚れ切ってない第四師団勤務であった父親の影響で魔法に幼い頃から触れ続け、同年代の中では相応の強さを持っていたマルティナは国家対抗戦代表決定戦に出場したりもした。
最終的に代表入りしたライアンという魔法使いに敗北し、予選敗退という形でその行方を見守っていた彼女の視界を焼き尽くす圧倒的な光の柱。
対戦相手の全てを呑み込む絶望の光。
エスペランサ家の怪童──その異名にたった一つの嘘も無し。
その名を欲しいがままにしている化け物との邂逅は、そこが初めてであり──それと同時に、己の限界を悟った。
『あんな化け物がいるのなら、私如きが活躍できる場所はないだろう』と。
そして少年はそのままストレートで勝ち続け、一度も敗北する事も無く代表へ。
周辺諸国を相手に無双を繰り広げた果てに帝国へと赴き、そこで惨敗してから姿を消した。
世界は広い。
それから帝国は急激な軍拡を通し侵略を繰り返し、第四師団の腐敗は加速する。
おそらく既にこの国の未来は終わっている。
だからこそ第四師団上層部は、目の前に危機が迫っている現状ですら思うがままに振舞っているのだろう。
「……今更、私が欲しい、か…………」
こんな惨めな立場で働いているタダの軍人でしかない自分が欲しい。
あの、アーサー・エスペランサが。
かつてこの国で最強の名を欲しいままにし、今でも「篭絡して来い」という声が師団内から響いてくるような怪物が。
ただの外付け魔力を使えばだれでもあんな火力を出せる──そんな訳が無い。
あれは技術で強制的に補っている超絶技巧。
すくなくとも、並行して100を超える魔法を展開できるような複雑な処理能力を持つ人間はこの国に存在しない。魔力があれば誰も抵抗出来ない真の魔法使いへと至るだけで、そもそも普通に戦って土を付ける事の方が難しい。
思わず溜息を吐いて、口元を緩めた。
「人誑しめ……」
繰り返すが。
マルティナは善性を持った人間でありつつ、それらを生かす事の無い環境に身を置いて来た。
第四師団に反抗すれば父親は職を失い国での立場を悪くしてしまい家族に迷惑がかかる。汚職に染まり正義とは言えない父ではあるが、ここまで育ててくれた恩を忘れていない彼女にとって見捨てられないもので。
だからこそどんな扱いを受けても我慢し受け入れ諦めてきた。
それが急に、第二師団が後ろ盾になるから家族諸共全部受け入れるよ、等と甘く囁かれてしまえば──そして更に、その受け入れ先が『本気で勝つつもりで』戦争に備えていると知れば。
「…………私が欲しい。ふん……」
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