【黄金騎士団】大隊長


 騎士達が地べたに倒れ伏す。

 紅が所々に施された特徴的な鎧を打ち砕かれ、傷つけられ、その身に力を入れるのも難しい程に消耗し、倒れる。


 最も攻撃に秀でている部隊という評価をされている第三部隊一番隊、二番隊はそれぞれ事前に決められていた通り黄金騎士団へと攻撃を仕掛けていた。


 大隊長であるカサンドラの命令に従いその陣地を奪うべく、死力を尽くして。


 その結果がこうだった。


 第三部隊一番隊隊長、ボリバル・マンサナレスはよろよろと立ち上がりながら、その光景をたった一人で作り上げた人物へと視線を向けた。


「……あら、意外と根性あるじゃない」

「フ……フローレンス・リゴール、大隊長……」


『私ちょっと遊びたいし、予算削られないように頑張ってきて』と適当に命令を下されたことにいつも通りだと嘆息しつつ、家族を養うために今の地位を失う訳にもいかない彼は本気だった。


 この戦いでは相手を殺傷する事は原則として推奨されておらず、刃を潰した剣を振るうべき場所もしっかり選べという規則がある。

 具体的には急所への攻撃を禁止されており、手足への攻撃が基本だった。


 それでも、そんな事を考えられる程軟な相手ではなく。


 彼は殺す気で戦った。

 フローレンス・リゴールという大隊長たった一人を相手に、彼ら一番隊二番隊は合同で死力を尽くしたのにも関わらず――かすり傷一つ付ける事が出来ずに敗北した。


「ふーん……なるほど、カサンドラはこういう・・・・方向に持ってったのね」


 フローレンスは長い年月をかけてとにかく下準備を行って来た。


 自分自身だけではこの国を――いや、己の目的を達成する事は出来ないと悟った学生時代。

 転落していく実家を損切りし、消息の掴めなくなった弟を探し続けた数年間。

 そこから再始動した己の計画に、黄金騎士団の私物化・・・


 何一つ狂いはない。

 間違いなど一つも無かったと、フローレンスは自信を持った。


「……そんな、馬鹿な…………去年は、これほどの差は」


 一方対象的に、ボリバルは信じられないと呟いた。


 毎年行われている総合演習で、黄金騎士団は優秀な成績を残してきたが、それはまだ常識の範囲内。


 隊同士の激突に戦略単位でのぶつかり合い、第一部隊の防壁を突破する事は敵わないくらいの攻撃力に第三部隊の攻撃を防げない程度の防御力、そして機動力に於いても第四部隊に勝る事はない――悪く言えば器用貧乏な側面を、上手くカバーしているという印象だった。


 昨年までは。

 

「そりゃそうでしょ。去年までは適当にやってたもの」

「……それは、どういう」

「これが本来の『うち黄金騎士団』の実力ってこと」


 その背後に並び立つ数多の騎士。

 黄金のラインを入った鎧を身に着けて、その誰もがフローレンスの背後で揺らがない。

 絶対的な従僕として仕えるフローレンスの騎士団。


「去年までは『雌伏の時』。耐えて堪えてひたすら待て、私が命じていたのはそれだけ」

「…………手を、抜いていたのか。我々を相手に!」

「私一人で事足りる。その程度なのよ、どいつもこいつも」


 フローレンスは忌々しそうに呟いた。


「足りてない。どれだけ敵が強大なのか理解もしていない。私如きを叩き潰せないような軍隊なんて存在しない方がマシ。あいつを叩き潰して再起不能にするような化け物がいる国を相手に、なんでこの程度の戦力で満足できるのか、私は理解できない」


 だから用意した。

 とびきりの軍勢を、己すらも殺せる軍勢を。

 フローレンス・リゴールはこの国でも有数の実力者で、明確に彼女に勝利できる人物は数えるほどしかいない。


 その程度では、この国を守れないと彼女は知っている。


「だからとにかく耐えた。耐えて耐えて、あと一手を埋めるためのピースを何年も何年も探し続けた。この国じゃ絶対に手に入らない、どうにもならないその奇跡を探し続けた」


 そしてそれは見つかった。

 遠く離れた第三部隊本陣を襲撃し、見事カサンドラを相手に勝利を納めている自らの弟。

 

 継承できなかった光の槍エスペランサを受け継いだ、たった一人の肉親。


「やっと、先が見えるようになったのよ……!」


 それを。

 それを、こんなどうでもいい身内での演習で使い潰すわけにはいかない。

 

 だから信じた。

 信じて、彼の要求には応えた。

 魔力石をこの国で手に入れるためには第四師団に通じなければならず、その手段を自分で確保してきた弟には正直感謝する程。

 

 それがなければ苦しいと言うのならどれだけの金額を積んでも探し出す予定だったが――それは置いておいて。


「覚悟なさい、第二師団。私達黄金騎士団は手を緩めない。ここから先、この国は激動の時代を迎えるわよ」

「……………………台風の目になるつもりか」

「ええ。他の誰だってやらなかったことだもの、なら私がやってやる」

 

 フローレンス・リゴールにとって。


 アーサー・エスペランサは彼女の人生プランを容易く打ち崩してしまうほどに大きく偉大な光であって。

 そんな彼が無様に敗北したという事実もまた、心にシコリを残すもので。

 

 それを齎した帝国も王国も纏めて、激情を燃え上がらせるのに十分な火種だった。


「……やってやりなさい、アーサー」


 剣を大地に突き刺した。

 既にボリバルに戦う意思はなく、第三部隊は陣地を奪われた事で敗北が決まった。


 それをなしたのは――言わずもがな。


「アンタがこの国に帰って来たって、アンタの事を知らない奴らに教えてやれ!」

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