第二師団総合演習⑤ VSカサンドラ・デル・レイ
(こんなもんじゃあないね)
第二師団第三部隊大隊長、カサンドラ・デル・レイは真紅の兜から瞳を覗かせて、相対する二人の騎士を分析する。
(カミラ・アンスエーロにジン・ミナガワ……全く、層の厚さに驚くよ)
カサンドラはこの戦いに全力を出す事は無い。
装備もそうだし、倒すべきではあるが殺す必要がない相手を万が一にでも殺す事が無いように細心の注意を払っている。
要するに、いつでも止める事の出来る半分程度の力しか出していない。
(こっちの隊長格はみんな攻撃に回しちゃったのが惜しいね。学べることが沢山あるし、なにより……)
未だ息すら乱さずに二刀を構えたままのジン。
まだカサンドラやフローレンスが騎士学校に通っていた頃から第二師団に所属しており、とある事件で生き残った唯一の人間として一時期有名になったのだが……
(【
本命は今も尚守られる場所で何かコソコソ作戦会議をしているフローレンスの弟だと見定めているカサンドラでさえ僅かに食指が動く程の実力。
カサンドラは戦いが好きだ。
貴族の娘に生まれたが魔力を持たず、なぜ自然と強かった膂力に身体能力から女性としての価値を否定されることもあり苦しい幼少時代を歩んできた。
塞ぎ込んでいる頃に出会った同年代のとある女性に憧れ騎士という道に歩み始めたが――それはまた別の機会に話すものとして。
「現状維持でもいいけど、それじゃあつまらないな……」
カミラもジンも獲られない事を念頭に置いた立ち回りをしており、攻勢に出る様子はない。
それは当然だ。
わざわざ大隊長というボス格を真面目に打倒することを選ぶよりも、陣地を奪えば勝利だと設定されているルールに則った方が遥かに効率がいい。
それは互いの共通認識であり、周囲を部下たちに取り囲ませた狙いだった。
全員で飛びかかれば一秒くらいは稼げる。
その一秒で抜かれるのを防ぐための措置。
その程度で実力を証明しよう、だなんてのは甘いと合格ラインとして設けた簡単な盾である。
「つまらないで我々を捌かれても困るな」
「おっと、ごめんごめん。そういう意味じゃないんだ」
「…………アーサーの、こと」
「正解だ。君ら二人の本気も気になるんだけど、それをやるにはこの舞台じゃもったいない」
なにやらこっちの戦いに参加していない
それが次の一手に繋がるモノか、それともつまらない悪だくみか。
そのどちらであっても、『あのフローレンスが評価した男』という前提は覆らない。
「挑発にも簡単には乗らないのはプライドが無いからか、戦いを知ってるからか。個人的には後者であってほしいけど」
「…………あながちどちらも間違いでは……」
「ああ……うん。そもそも私らの陣地ぶっ壊されちゃったから、爪を隠してるのはわかってる」
初動の大規模魔法。
あれには驚かされたとカサンドラは思う。
あれほどの規模で魔法を放てる男が、これまで消息も途絶えた状態でフローレンスに匿われていたのだ。
「次は何を出せる。君は何が出来る。私達非魔法使い――いいや、魔力すら持たないただ身体を鍛えただけの人間を蹂躙するのにどれだけの手間が必要だ? 第二師団に必要なのはその情報と対策であり、君の姉は正しくこの国の事を想っている」
「いやあ……そこまで期待されちゃうと困るね」
「準備は出来たの? もう少しくらいなら待ってあげてもいいぜ」
「いや、大丈夫だ。ボクってほら、昔は天才だったし」
そう言いながらアーサーは抜剣する。
その仕草は洗練されておらず、しかし不慣れという訳でもない。
騎士としてスタンダードを極めるより魔法を並行して扱うのなら正しいのかもしれない、と門外漢であるカサンドラは漠然と考えた。
「あと、三つ……いや二つか。一人一つだとしても高い買い物になってしまったかな」
「……おい、アーサー。何をするのかだけ教えろ」
「目の前に怖い人がいるからそれはちょっと……あ、ジン。ボクが合図したらこれだけ頼む」
「堂々と作戦会議するなぁ……戦場じゃないからいいけど」
「ハッハッハ、実際の殺し合いで出し惜しみなんてするわけないだろ」
「…………へぇ? つまり、今この瞬間にでもどうにか出来る手がある訳か、君には」
「
――――面白い。
これがブラフであっても構わない。
カサンドラはアーサー・エスペランサを一人の人間として評価を改めた。
舌戦も出来て地頭もよく、敵の言動から情報を抜き取って作戦を修正する能力もある。戦術程度での立案なら出来るだろうし、それを必要な分だけ他人に共有するのもポイントが高い。
決め手が自分であるという自覚があるエゴイスト。
騎士団という戒律の厳しい環境では育たない能力に違いない。
「何度も繰り返し言ってるけれどね。今のボクは強くないし愚かだし、多分この国最強の魔法使いに歯牙にもかけず惨敗する程度の実力しかない」
「うんうん。それで?」
「でも昔最強なんて呼ばれてた事もある。最強を知り没落し浮浪者になって、ボクの人生は一変した」
ワクワクを止める事も無く、カサンドラは瞳を輝かせて二の句を待つ。
「だから、まあ、なんというか。最強への下克上は誰よりもうまいんだぜ」
左手に生み出された光の結晶。
あれが、エスペランサの至宝。
かつてこの国を救った偉大なる光であり、既に途絶えたと思われていた奇跡。
「――ジン、
――来る!
カサンドラは大剣を構え、集中を研ぎ澄ませた。
槍か、それともブラフか。
この騎士で構築された壁を強制的にぶち抜くか?
どうやって、火力で押し切るつもりか。
一本では手で払える程度の強度しかない槍で?
(…………違うぞ、これは……)
キイイイィィ――と周囲に眩い光を放つ結晶体。
僅かに目を細めながらアーサーから視線を外さないカサンドラに、僅かによぎった違和感。
「光ってのは、本来こう使うものなのさ」
その言葉と共に結晶が破裂する。
籠められていた魔力そして注目を浴びていたことから集中する視線。
それら全てを巻き込んで、アーサーは左手を強く握り込む。
――――刹那、閃光が視界を埋め尽くした。
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