第二師団総合演習③ VSカサンドラ・デル・レイ


「――おおおおォォッッ!!」


 振るわれた大剣が大地を這うように振り抜かれる。

 草花を薙ぎ小石を吹き飛ばし土を抉り取る、本当に人間の膂力から生み出されてる力か?

 

 正面から受け止められるのは誰もいない。


 振り抜かれた射程の中にはボクと、そしてアンスエーロ隊長。

 隊長はともかくボクは引けないかもね。

 さっきの自動障壁は保険だった。

 ボクの命を脅かす可能性のある一撃に対し、自動で魔力を消費して展開される一枚の壁。


 命綱と言っても良い。


「――ジンッ! アーサーを守れ!」

「――――……!!」


 アンスエーロ隊長の怒号に従いジンがボクの前に躍り出る。


 現状脳のリソースはフルで活用できる。

 思考だけを加速して考え続けろ、ボクに出来るのは今はそれだけだ。

 アンスエーロ隊長がボクを守る手段としてジンを起用したのだからそこは信じよう。彼女たちはボクと出会うよりずっと前から共に戦っているんだ、そこの信頼は問題ない。


 ジンが腰に付けた幾つもの鞘に手を当てる。


 左右に二つずつ。

 手数で攻めるタイプなのは間違いないし、彼女の装備は比較的軽装。

 そんな小柄な彼女にフロントを張らせてボクは後方で試行錯誤だ。まったく、良いご身分だぜ。


「ジン・ミナガワ! 【黄金騎士団オロ・カヴァリエーレの灰刃】か!」


 明らかに対抗できないであろう速さと重さの大剣に対し、ジンは二刀流で応えた。


 ギャリリリッッッ!!! と、金属同士が擦れる不愉快な音が鳴り響く。

 

 うまく二刀の合間を滑らせて力を逸らしているのか!

 絶技と言っていいその技を涼しい顔で披露したジンはそのままボクの前から離れる事は無く、そして継続して放たれる叩き潰しすらも正面から逸らしてみせた。


「フフッ、すごいじゃないか。フローレンスの隠し玉がこんなにも」

「おしゃべりはよくないぜ、大隊長殿」


 姉上さ。

 なんかボクが思ってるより過去に因縁があるね?

 ボクはペーネロープくらいしかないけど(他国に色々置いてきた可能性あり)姉上、自国で滅茶苦茶やってんじゃん。

 

 この姉にしてこの弟ありって感じだ。


 光の結晶を左手に展開する。

光の槍エスペランサ】一点だけじゃ足りない。

 二発、三発……いや、違うな。

 威力の問題だと思う。

 あの膂力の人を戦闘不能にするのに、ただの槍じゃ届かない。

 

 ならどうするか。


 決め手になるのは魔力石マギアライトだ。

 残る数は4つ、ポーチに隠された3つだけが自由に切れる手札になる。

 見定めて行けよ、アーサー・エスペランサ。

 失敗は許されない。

 

 手数だ。

 必要なのはまず手数。

 相手は戦闘経験豊富な本物の騎士。

 この国を守る最大の矛であり盾。

 そんなもの相手に搦手を使うなんて愚かな行動だけれど、やらない理由はない。


「【光の槍エスペランサ】」


 目に見えてわかりやすい左手に一本槍を握る。

 

 細かいパラメータを選択できれば一番なんだけど、生憎今のボクにそこまでのセンスは備わってない。

 いや~、昔ならやれたんだけどね。

 逆になんで出来たんだ?

 天才すぎただろ、ボク……


「その槍一つで私を傷つけられるかな?」

「いいや、無理だね。ボクは実力を過大評価も過小評価もしないよ」

「で、あれば――今のキミは何が出来るのかな? フローレンス・リゴールの弟くん・・・


 ハハ、言うじゃないか。


 カサンドラ大隊長は兜の隙間から真紅の瞳をのぞかせているが、そこに喜色は見られない。


 そうだね。

 ボクはフローレンス・リゴール大隊長の弟だ。

 誰がどう見てもそうだし、それ以外に形容のしようがない存在。

 それに対して思う事は一つもないし、刺激される様なプライドはとっくに投げ捨ててしまった。真実抜け殻として過ごした期間は、漂白されるには長すぎたのさ。


「その挑発に乗ってあげられる程自尊心は無いんだ。悪いね、期待に沿えなくて」

「……なあ、カミラ・アンスエーロ。この子はいつもこんな感じか?」

「……ええ、まあ。ただ、ナヨナヨとしてるだけの男ではありません」


 おい隊長、余計なこと言うなよ。

 折角どんどん評価下げて油断させるフェイズに移ってたのにも~。

 

「なるほど。飄々として普段から昼行灯で、満足な実力があるわけでもないけど引き出しが多いと……」

「…………それと、意外と根性がある……」

「ジン? これ以上勝率を下げて欲しくないんだけど」

「あっはっは! なあんだ、案外慕われてるじゃないか弟くん」


 そして軽々と大剣を肩に担ぐように乗せて、真紅の鎧をガシャリと揺らしつつ此方の動きを見計らっている。


黄金騎士団オロ・カヴァリエーレ三番隊――――さすが、フローレンスが全力を注いで秘匿し続けた部隊だ」

「……一つ聞きたいんだけど、いいかな大隊長」

「うん? どうしたんだい」

「この部隊ってなんて呼ばれてるワケ? ボク、拉致されて身動き取れないままここに連れてこられたからよくわかってないんだよね」


 そう言うとカサンドラ大隊長は僅かに首を傾げて、ゆっくりとアンスエーロ隊長に視線を向けて、溜息と共に首を振った姿に全てを察したらしい。

 

「ふ~ん……へぇへぇ、なるほど。なるほどなるほど、あの・・フローレンスが……これはちょっと詳しく確認しないとな」

「何か琴線に触れたなら何よりだし、どうかな。先に狙ったのはボク達だけど、ここは一つ仕切り直しってのは」


 正直逃げたい。

 何が楽しくて大隊長なんて化け物クラスと連戦しなくちゃいけないんだ。

 ボクらはこの後第一部隊大隊長個人最強とか言われてる爺さんと戦わなくちゃいけないんだけど? ていうか現時点で戦力不足を痛感してるので作戦を立て直したい。


 だってこの人、明らかに手抜いてるからね。

 それでこの戦力差なんだから嫌な話だ。

 

 姉上もそういうレベルなんだろうな……


 あー、昔のボクに戻りたい。


 そしてボクの遠慮がちな言葉を聞いたカサンドラ大隊長は楽し気に肩を揺らしつつ、大剣を軽々と振り回しながら言う。


「最初は爺さんと遊ぶか、フローレンスに絡むかって狙いだったさ。私と本気でぶつかり合ってくれるのはそこら辺だけだし、マルコは駄目。面白くない、あいつ」

「マルコ……また知らない名前だ」

「…………第四部隊大隊長」

「ほほう、面白くない奴なんだ」


 ジンは優しいねぇ。

 ボクはいつもジンの優しさに甘えている。

 でもなんかボクより小柄な女の子に守られて甘やかされてるからな、そろそろダメ人間認定を周囲からされてしまうかも……あれ? もうされてるのでは?


 なんだ。

 なら一つも気にしなくていいね。


「だからまあ、話半分に聞いてたんだけど――――」


 ブォン!! と風圧だけで土が抉れる速度で大剣を構え直した。


 ヒュ~……

 あんなの当たったら一撃でお陀仏。

 当初の作戦とは全く違う展開になってしまったし、なにより退路がないのが一番ダメだ。

 本陣の防衛に大隊長が出るのは大概バランス壊れるからよくないだろ。

 なんでそんなことしたの?


「想像してたより楽しめそうじゃないか……!」


 アンスエーロ隊長。

 目を合わせてから諦めた様に逸らされた。

 ジン。

 肩を叩いてジンの視線をこちらに向けさせてから、口パクで『助けて』と言ってみたが、首をふるふると振って拒否された。


黄金騎士団オロ・カヴァリエーレ三番隊。一人一人相手しろなんて事は言わないよ、これでも自己評価は正しいと思ってるし」

「ならまずは隊長格からにして欲しいけど」

「それはダメ。普段書類仕事ばかりで持て余してるんだ、察してくれよぅ」


 は、はー…………


 姉上、というより本陣に動く気配はほとんどない。

 

「あ、横やりに関しては気にしなくていいから。第四部隊に対して全部差し向けてるし」


 思い切りが良いね。

 それがボクらの味方だったらどれほど嬉しい事か。


 ふー……


 よし、覚悟決めた。

 ボクらの計画に支障はない。

 何一つだって問題はないさ。決めたことをやっていくだけ。


「ジン、隊長、ペーネロープにフィオナ」

 

 音頭を取るのがボクでいいのかはわからないけど、誰も文句言わないし良いってことで。


ボクが決める・・・・・・。そこまで道案内ヨロシク頼むよ」

「…………いいね。正面から啖呵切ってくるやつなんて何時ぶりだろ」

「それしか取り柄がないんだ。虚勢を張るだけ得するからね」

「なんだっていいさ、その結果が楽しめるものであれば――来な、フローレンス・リゴールの弟とその他大勢。大隊長が直々に揉んでやるよ」

 

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