第二師団総合演習①
眼下に広がる草原。
セイクリッド王国北部に広がる草原は自然豊かな地域であり、野生動物も多数生息する大きな『公園』として取り扱われている。
この中で狩猟をするには許可が必要で、狩りで生計を立てているハンターなんかはかなり計算して狩ってるらしい。
どこの世界もプロは大変だ。
「見えるか、アーサー」
「うん。大体事前情報通りだ」
南側の若干丘になっている場所に構えているのが第一部隊。
東側の森に本陣を隠しているのが第四部隊。
西側の旧要塞(土を積み上げて簡易的な壁と打ち下ろせる高台を作る)跡地に陣を張った第三部隊。
「それぞれの特色にバッチリじゃないか、あーあやりにくい」
「この総合演習にルールはない。唯一あるのは殺害はNGだという事と、本陣を打ち崩せば勝ちという事だけ」
「蛮族かな?」
「騎士の誉れだ、バカ者」
アンスエーロ隊長が笑いながら小突いてくる。
ふう、なんだかんだボクがちゃんとやってた事を理解してくれているらしい。
理想の上司には程遠いけど、理解ある女性としてボクを大切にして欲しいね?
なんだかんだ第二師団でも有数の魔法使いがボクだぞ。
どうして雑な扱いが出来るのか……信じられない。
「……と言っても、全部隊の全戦力を集中させているわけじゃない。通常業務もあるからな」
「それは確かに。それじゃあ完全戦力とは言い難いね」
「それでも我々が不利なのに変わりはない。何と言ったって、あの数をたった7人で攻略せねばならん」
「改めて聞くと現実的じゃないねぇ……」
持ち運び式の望遠レンズを通して探ってみれば、フルプレートに身を包んだ騎士がたくさんいる。
ヒュ~、堅そう。
これ全部がペーネロープ以上もしくは同等と考えると末恐ろしいよ。
近中距離なら勝ち目はないんじゃないか?
ただの魔法使いじゃ太刀打ちすら出来ないと思う。
ていうかこの軍団相手に普通に汚職で潰しに来る第四師団、大分厄介だな。
「──まあ、今回ばかりは正面からいかせてもらうけど」
ボクは左手に握った
これは中サイズの魔力石だ。
魔力で言えば、そうだな……
ボク1.5人分くらいの魔力は籠められてるだろう。
地中で長い事熟成された天然ものだぜ、戦いに流用する事実に身が震えてきた。
ああ、これで研究したい。
魔力籠めるだけで魔法打ち出せる弓とか作りたいなぁ……
「それがお前の言っていた切り札か」
「うん。運よくお姉さんに譲って貰えてね、中々高い買い物だったよ」
「リゴール大隊長から話は聞いた。あまりあの人を困らせるなよ?」
「あの人の無茶振りで一番困ってるのはボクなんだが?」
なんなら三番隊全体が被害を被っている。
それでも慕われてるのは人格か、それとも皆が清いからか。
どっちもかな……
「──作戦を確認する。三番隊、集合」
ボクらが居るのは第二部隊が構える本部から少し外れた高台だ。
あくまで全体を確認するために立ち寄ったのだが、ちょうどいい場所だったのでそのまま潜伏している。
だって正面から突っ込んだら矢は飛んでくるだろうし堂々と待ち構えられるかもしれないし。
少しでも勝ちの目を増やすためならグレーゾーンを攻めるのに躊躇いはなく、その考えはアンスエーロ隊長もジンも賛同してくれた。
そもそもボクらは不利なんだ。
不利を覆すための一手をぶち込むための準備は欠かさないさ。
「まず先手を取って集中するのは」
「第一部隊──と、行きたいところだけど……場所が悪い。第三部隊がいい」
「旧要塞は比較的脆い。お前の魔法で打ち崩せるか?」
「あのくらいならなんとかなる。ただ、第一部隊用に
一つ魔法を用意してきた。
ただ、そう何度も撃てるものじゃない。
距離も時間も手間も魔力もかかるので、高価な魔力石を一つ支払う羽目になるだろう。
絶対に決まる場面で使いたい。
初動の牽制で使用する代物じゃあない。
「だからまずは
そして推し通れるタイミングになってからジンとフィオナにペーネロープ、そしてボクの三人で突入する。超攻撃的なスタイルも取れるジンに暴れさせ、フィオナとボクでその援護に回るって作戦だ。
「その間浮いた人員には周辺観測とボクらへの援護をしてもらう。ルビー、君は弓が上手いんだって?」
「ええ、任せておきなさい。アンタの近くにはネズミ一匹通さないわよ!」
「バロン、君は……頑張ろうか」
「おい。露骨に俺にだけ雑にするんじゃねーよ」
「ハハ、冗談さ。ルビーをしっかり守ってくれよ」
「言われなくともやるよ、まったく」
模擬戦で騎馬を使える程贅沢は出来ないので、残念ながら徒歩での移動となる。
とにかく速さだ。
ボクらには速さが必要だ。
そのためにひたすら走り込みとかしてきたからね……正直暫く走りたくないんだけど、目に見えて成長が感じ取れるからちょっと爽快感があるのも嫌なんだよね。
「開始まであと一分……そろそろだ」
中くらいの魔力石を手に握り締める。
最もリスクなく扱うならばこれが一番だ。
身体に魔力石が適合しちゃうと最悪だからね。
魔力が無ければそこまで支障はないんだけど、魔力のある人間の内臓に定着とかしたらもう終わりだし。
魔力を石に奪われ始めて、最終的に肥大化した石が膨らんで身体を内側から壊していく。
そういうリスクが存在する。
だから姉上もボクが使うのを渋ったのかな。
……まさかね。
あの人はボクを手駒として見てるけど、大切なペットとしては見ていないだろう。
「砕けろ」
手の中で粉々に砕ける魔力石。
拡散する粒子、滞留する粉末。
それら全てを魔力を搔き集める事で掌に凝縮していく。
空気すら薙いで、渦巻く魔力が可視化出来る程に濃く彩られていく。
その色は────輝いている。
ボクの魔力を混ぜてるからね。
「凄まじいな。魔力だけで、こうにも……!」
「これで不意打ちにはならない。向こうもここにボクらがいることを認識しただろうし、正面からぶち抜く準備もした」
これはあくまで切り札の一つ。
最強の盾に叩き込む一撃は用意してある。
だからこれを最大火力だって、勘違いしてくれると嬉しいんだけどな?
ボクの肉体に籠められた魔力ごと操作する。
脳をブン回すために脳そのものに魔力を回して、とにかく冷却する。
焼き切れて廃人になるのは勘弁だ。
こういう時の為に常に思考を回転させてきたけど全く負荷が足りてなかった。
ふ、ふふ。
頭痛とかそういうレベルじゃないね。
頭、大丈夫かなこれ。割れてないよね。
右手で頭を抑えつつ蹲って少しでも痛みを軽減する。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの……?」
大丈夫さペーネロープ。
だからちょっと、今はそっとしておいて欲しい。
今のボクの集中力は久しぶりに満足できるくらいに引き出せてるんだ。
君との戦いで思い出した
魔力を体外で練り上げて形作っていく。
そもそも本来、
あ~~~、ゲロ吐きそうだ。
痛ぇ…………
よくもまあ、これを当たり前のようにやってたよ。
「────【
ド派手に見せつけていこう。
魔力を全て光へと変換する。
空へ広く展開されていく光の槍。
一本や二本じゃない。
これは宣誓だ。
第二師団にも、第四師団にも、そして彼女にもボクの存在を見せつけるためのド派手な初手。
外付け魔力で無理を通せたお陰だ。
空に展開された百を超える光の槍。
その全てが第三部隊へと矛先を向ける。
これで、とりあえずの体裁は整えられた。
「見てるか姉上! 見てるかマルティナ! これが今のボクが振り絞れる、限界ギリギリだ!」
情けない事この上ない。
でも絞り出せばここまでは行けるんだ。
伸びしろだ。
証明して見せるよ、あなたたちがボクに賭けた意味の証明を。
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