策略は大概水面下で進められている


「ふーむ…………」

「なに難しい顔してるの?」

「ああ、ルビーか。珍しいね、ボクに話しかけてくるなんて」


 魔力石マギアライトを魔力を籠めた箱に隠して(蓋が外れず箱も地面と一体化させたため持ち出せないようにした簡易的な金庫のようなもの)訓練に勤しんでいると、ルビーが一人で話しかけてきた。


「今日はバロンと一緒じゃないんだ」

「……べ、別にいつも一緒って訳じゃ」

「うふふ、そういう事にしてあげよう。何に悩んでいるのか、だったかな」


 今ボクの目の前にある問題点としてわかりやすいのはおよそ二つ。


 まず一つ。

 騎士最強の存在をどのようにして打ち倒すか。

 

 これは難しいけど倒せばいいだけだからそこまで悩ましくはない。

 ただ総合演習という形であるから一対複数という形に持ち込むのは非常に難しく、なんなら此方が数で劣る戦いを展開する羽目になってもおかしくはない。

 ていうかそうなるだろうね。

 最悪の形はボクとバロンの二人で戦う事になるパターン。

 

 最良なのはジン、もしくはアンスエーロ隊長と共に魔力石マギアライトを利用して瞬間火力で押し切る事なんだけど……


「ルビー。ジンとアンスエーロ隊長借りて敵に特攻したいって言ったらどうする?」

「うーん……それって総合演習の話でしょ」

「ああ。最近の悩みさ」


 中庭に座り込んで光の結晶を掌で弄ぶボクの横にルビーも座った。


 どうやら一緒に考えてくれるらしい。

 他人と思考を投げ合うのは非常に有意義で有益な事だ。

 一人で考え付かない可能性を見出す貴重なチャンスになるからね。


「…………本気でさ、私達だけでやらせるつもりなのかな」

 

 ルビーは不安そうな声色で言う。

 姉上が嘘を吐くとは思えないし、そんな嘘を吐くメリットもない。

 成功すればボクの力を底上げすることになり、ボクらの名声を手早く稼ぐ手段であり、黄金騎士団オロ・カヴァリエーレに権力を更に搔き集める有効打になり得る。


 一石三鳥と言う訳だ。

 その難易度がとてつもなく高いという現実から目を逸らせばね。


「本気だろうね。姉上がそんな無意味に脅すと思う?」

「大隊長の人柄は詳しく知らないけど……無駄なことはしない人だと思う」

「うん。ボクもそう思うから、あの手この手で何とかしようとしてる訳だ」


 掌に浮かび上がるこのたった一つの結晶こそがボクらエスペランサ一族の切り札であり、集大成。

 

 魔力から生まれるこの光だけで世界を渡り合おうとしてるんだから身の丈に合わない道を選んでしまっていると実感する。


「個人的にはなんとかなる、と思いたいけど……」


 やはり分の悪い賭けだ。

 姉上クラスの大隊長が三人、その中の一人は騎士最強。

 アンスエーロ隊長クラスの隊長格が最低で10人はいる。

 それら全部を打ち倒しボクら――――違うな。


 アーサー・エスペランサという存在を一気に表舞台に押し上げる必要がある。


 結果によっては第四師団からスパイを一人引き抜ける可能性もあると考えればどんな手段を取っても勝ち切りたいよね。


「……ふーむ。やっぱりボクがなんとかしないとダメだな」


 第二師団で唯一と言っていい魔法使いであるのがボクだ。

 そのアドバンテージは計り知れない。

 多少の無理でなんとかなる領域でもない。

 身体が壊れる事を前提で押し進まないといけない。


 肘とかそこら辺は生きててほしいなぁ。

 死ぬなら末端部分だけにして欲しいぜ。

 

「ルビー。最悪ボクが動けないとか舐めた事言ったらぶっ叩いてでも連行してね」

「えぇ……どういう情緒なのよそれ」

「それくらい覚悟しなくちゃいけない戦いになるんだ。根回しはしておかないと」

「私だって騎士の端くれ。アーサー一人に放り投げたりしないわよ!」


 おお、心強い。

 騎士を志す人は皆心が強いねぇ。

 ボクもその一団に不正入隊してる訳だけど、そんな不撓の心は持てないぜ。


 そして二つ目の問題。

 ボクらに集中砲火された場合どのようにして防ぎ、誤魔化すか。


 手は用意してあるさ。

 ただ、そこで一手切りたくないんだよね。

 魔力石マギアライトにも限界がある。

 切り札が合計5つしかない現状、どうにか無い状態でやりくりしないといけない時がある。


 それは絶体絶命って時に使いたい。


 ボクが魔力切れを起こすのも避けたいね。

 個としてのぶつかり合いならともかく、集団戦に関してはボクの存在が鍵になるだろ。

 それはアンスエーロ隊長も理解してる筈だ。

 

 ペーネロープと戦った時とは次元が違う相手だ。


 ボクが強さを取り戻さなくちゃいけない。

 どうやって?

 強い奴と戦って昔の感覚を少しでも多く引き摺り出す。

 そうやって急速に強くなる、なれるのかボクに。

 なるしかないんだよな。


「遅めの成長期が来たって信じるしかないねぇ」

「……そういえばさ。あたし、昔のアーサーのこと知らないんだけど」

「昔のボクか……最近昔話ばかりしてる気がするな」


 なんだかんだ皆気になるらしい。

 ペーネロープにでも聞いたほうが早いと思うんだけど。


 そう聞いてみると、ルビーは微妙な顔をしてつぶやいた。


「いや……聞いたんだけど、かなり主観が入ってたっていうか……」

「主観が」

「ええ。ちょっと本人には聞かせられない感じの」

「ふーむ……逆に気になる。でも聞かないほうがいいって言うならやめておこうかな」


 主に彼女の名誉のために。

 ペーネロープ……君はボクに対してどんな印象を抱いてるんだい?

 魔力石マギアライトに頬擦りするのは貧乏魔法使いなら当たり前のことだから。

 これをポンと用意してくれたマルティナには頭が上がらないね。て言うかポンと用意してくるあたり彼女の価値観も割と狂わされてそうだ。


「それじゃあ少しだけ時間を頂戴しようかな。栄光から没落までを面白おかしく語ってあげようじゃあないか」

「……妙に嬉しそうね」

「そりゃまあ。今こうやってボクは生きてるし、無理難題を叩きつけられながらもそれを解決しようと足掻くことを許されている。随分いい人生になってきたからね」


 このあと一時間で簡単に纏めたボクの話を聞いたルビーは、『どうして今のアーサーになったのかが想像もできない』と総評を下した。


 なるようになったのさ。

 案外人間そんなものかもしれないね。

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