第二師団会議②


「……揃ったか」


 朽ちた廊下を抜けた先にある比較的綺麗な扉の中に入ったフローレンス達を待っていたのは複数の男女。


「遅くなった。悪いわね」

「気にするな。馬車は時刻通りに到着している」

「……なるほど? つまり予定通りってわけね」


 その僅かな会話でフローレンスは察した。

 遅刻したような形になったのは知らされた時間が元々違ったためで、他の大隊長はあらかじめ早い時間に指定されてきていたのだろ。


「少し、君を抜いて話をしたかった。その内容も理由も勿論伝えよう」

「……ふーん。ま、なんでもいいけど」

「相変わらず私に興味がないな、君は……」


 苦笑しながらあしらわれた男性は、一枚の書面を取り出した。


「リゴール大隊長。君の部隊に一人、正式な入隊者じゃない者がいるね?」


 第二師団第四部隊大隊長──マルコ・ヒメネスは言う。


「アーサー・エスペランサ……君の弟であり、騎士学校は愚か魔法学院すら出ていない。以前執り行われていた国家対抗戦の代表として帝国と戦い、その戦いで敗北してから消息不明のままだったらしいが……これは許されない行動だと私は思うよ」


(なるほど、それに対しての話か)


 フローレンスは考える。


 くだらない、と。


 マルコは悪人ではない。

 だが、騎士やセイクリッド王国を清く正しいものだと信じたい癖がある。

 そんな綺麗なものではないと実家が取り潰された時には悟っていたフローレンスにとってはどうでもいいことだが、彼の価値観においては無視できないものだったらしい。


(悪い奴じゃないんだけどね……)


「我々騎士は国を守るのが義務だ。国を背負った戦いで惨敗し、姿を眩ませた者にその責務が務まるとは」

「ま、それはいいじゃない別に。そんなこと気にしてる奴他にいる?」

「バッ……よくはない! これを無視していればその内第四師団のように内側から腐って──!」

「そこまでにしておけ、マルコ」


 思わず立ち上がり熱弁を披露しようとしていたマルコを遮り、男性の声が重く響いた。


「し……しかしですね、グランデーザ伯爵。王都でそんなことをしていれば、作らなくて良い隙が生まれてしまう恐れが」

「その通り。だから急いで実績作りしてるんじゃない」

「……ああ、報告は受けている。第二師団待望の魔法使いであり、なおかつその実力はこの国で最も優れていると」

「不肖の弟だけど、身内贔屓をしてるつもりは一切無い。あいつが最高まで輝けばこの国全てを照らすのは息をするのと同じくらい簡単なことね」


 フローレンスにとって、この国最強の魔法使いはアーサー・エスペランサのままだ。


 本来の実力を取り戻したその時、帝国に歯向かう第一歩にようやく辿り着ける。

 軍でも組織でもなく、たった一人の戦力が復活することだけを願ってフローレンスは駆け抜けてきた。

 誰よりも嫌いで誰よりも信じている弟が、本気で勝つと宣言した。

 ならば此方もそれを信じるだけだ。

 魔力石マギアライトを手に入れるようなパイプまで自力で入手してくるとは思っていなかったが、信じて間違いではなかったと改めて思わせてくれるいい理由になった。


「宣言しておく。黄金騎士団オロ・カヴァリエーレは三番隊のみが攻撃に出るから」

「……正気とは思えんな」


 第二師団第一部隊大隊長──フェデリコ・グランデーザ伯爵は、呆れるように肩を竦めた。


「たった6、7人規模の小隊で我々の防御を打ち崩すつもりでいる」

「それが可能な人材だって言ってんの。爺さん、アンタは魔法使いの脅威は理解してるでしょ?」

「理解している。だが、この私を超えた者はいない」

(それはアンタが化け物だからだろ……)


 この国に所属する全ての騎士の中で最強だと称される男。


 長年最前線で戦い続け、後進を育成するために前線から身を退き大隊長と言う器に収まったもののその実力は未だ衰え知らず。かつてフローレンスの上司として教鞭を奮ったこともあり、その実力は彼女も嫌と言う程理解している。

 個のパワーバランスが未だ保たれているからこそ、第四師団も下手に手を出せないと言う面もあった。


「君が身内贔屓をするとは思えないが……些か信用に欠けるよ」

「その信用と信頼をこの総合演習で掴もうって話なの。わかりやすいでしょ」

「結果次第では進退に関わる。本当にやるのか? 国家代表を背負い敗北した魔法使いが、我々を打ち倒せると?」

「──何度もいわせないで、マルコ。やれるかやれないかじゃない、やるしかない・・・・・・。この国の現状はもうそこまで来てる」


 フローレンスの計画では時間は多く残されていない。


 想像以上にアーサーを見つけ出すのに時間がかかってしまったというのもあるし、大隊長という席に座るのにも手古摺ってしまった。

 何より中心に据えたアーサーの実力を完全に取り戻すためには実戦形式てとにかく経験を積ませる他なく、かなり分の悪い賭けだとわかっていてもそうするしかない。


 この国を救うため・・・・・・・・

 表面上そう受け取れるであろう言葉をしっかり選んで、フローレンスは己の目的を覆い隠した。


「……ま、いいんじゃないかな、二人とも。フローレンスが強気なのは何時もの事だし、きっと考え無しじゃないと思うよ」


 そして、思わぬ援護。

 第二師団第三部隊大隊長カサンドラ・デル・レイ。

 フローレンスと同級生であり、次席・・で卒業したフローレンスに唯一正面から黒星を付けた人物。


「なあフローレンス。キミの弟はどれくらい強いんだ?」

「…………ふん。騎士学校に居た頃の私が一度も勝てなかったわ」

「はは、あの頃のキミが?」

「そうよ。あの頃の私が、一度だって勝てやしなかった」


 だから、アーサーが敗北して無様に逃げ延びてきた時──フローレンスは、この世のものとは思えないくらい強い感情を抱いた。


 帝国に対してか、アーサーに対してか、自分に対してか。

 それは未だ心の奥底で燻る燃料として残されている。

 きっとそれが表に出る事は──恐らくないだろう。


「いいね、面白そうだ。当日まで楽しみは取っとけばいい?」

「……アンタが攻撃に出るなら私が相手してやるけど」

「それはいいよ別に。キミとは飽きる程戦ったし、そろそろ新しい刺激が欲しかったんだ」


 そう言いながらカサンドラは深く椅子に腰かけて、頬杖をつく。


「伯爵と戦り合うのも悪くないけど……その子を味見してからにする。うん、今決めた」

 

 深い真紅の瞳を輝かせつつ、彼女は言った。


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