『あの頃と今頃』
そして意気込んで二日────ボクは空を見上げてブランコに座り込んでいた。
どうして空は青いのか。
雲の白と調和する空の青さは美しい。
世界で最も煌びやかで、世界のどこでも見られるこの荘厳で美しいコントラストが生み出す儚さと満足感といったらそれはもうすごいよ。
「どこにいるんだ、マルティナ……」
全然見つからないけど。
街中を日中ウロウロして端から端まで舐め回すように移動して路地裏で浮浪者に絡まれたりとか色々したけど全然見つからない。
それどころか不審者として奥さんに通報されて三番隊の仲間に連行される始末だった。
散々だぜ。
「あー! あん時の不審者ー!」
「……そんな奴がいるのか。任せなさい少年、ボクはこう見えて第二師団所属の憲兵みたいなものだからね」
キョロキョロと周りを見渡すが不審者の姿はない。
くそっ、手遅れだったか……!
なんて素早い奴なんだ。
「えっ、不審者が第二師団に……? それってあれじゃないの、『不良憲兵』ってやつ!」
「誰が不良だ。ボクほど清廉潔白で誠実な人間はいな……おや、あの時の少年じゃないか」
そうか、この公園だったか。
あまりにも見つからなすぎて絶望した結果辿り着いたのは先日アンスエーロ隊長にボコボコにされる原因となったサボり場だった。
場所がちょうどいいんだよね。
少し外れた場所にあって住宅街の中だし。
人通りも少ない。
「よっ、おっさん!」
「お兄さんだね。もう一度行ってごらん?」
「おっさん!」
「ワハハ! …………怒るぞ」
「ぎゃ、ぎゃー! もう怒ってるじゃん!」
大人にだって我慢の限界というものはあるんだ。
大人はね、いろんなことを我慢して生きてるの。
子供の頃はわからないかも知れないけど、きっと君が大人になった時に思い知るんだよ。
親族か近所の子供かなんてもいいけど、まだ二十台なのに「おっさん」と無邪気に言われるこの切なさはね……とても言葉じゃ言い切れないくらい、切ないんだ。
「あ、あたま割れそう……」
「ふぅ、これが大人と子供の差だ。よくわかったね」
「“おっさん“!」
少年の頭をぐりぐりするとワーキャハハと喜んでいる。
ふーむ、遊びたい盛りだねぇ。
意外とノリのいい大人と接する機会が多い子なのかな?
奥手な子だとあんまりそういうことしてこないからね。
「今日は学園はお休みかい?」
「おう! おっさんは?」
「お兄さんね。ボクは人探しの途中なんだ」
「へー……彼女?」
「女性なのはあってるけど、浮ついた話は全くないんだ」
「…………つまり?」
「仕事ってことだ」
「しごと! それっぽい!」
子供は単純でいいね。
ボールを抱えて隣のブランコに座った少年は、そのままゆっくり足だけで揺らして遊んでいる。
「ふーむ……君に聞いてもしょうがないとは思うけどね。銀髪の綺麗なお姉さんって見覚えあるかな?」
「え? 姉ちゃんかな……」
「へぇ、銀髪のお姉さんなんだ。美人?」
「美人!」
「ボクが探してる人は顔を見せてくれなくてねぇ。背中が綺麗な人だったんだけど……」
「……なんかエロ親父みたいなこと言ってる、おっさん」
その自覚はある。
でもこれ以上の情報を持ち合わせてないんだな、これが。
「だから仕事なのさ。ボクはどうしてもその人を見つけて話をしなくちゃいけない」
「へぇー、商談ってやつだ!」
「そうそう。引き抜きとも言うね」
「引き抜き?」
「ああ。何やら彼女が勤めてるところはいい噂があんまりなくてね、優秀だと思うしこっちに引き込もうと思った次第さ」
このくらいは言っても構わないだろう。
周囲に人がいないのは魔力で探ってあるし、少年に聞かれたところで痛みはない。
そもそもボクの名前すら言ってないのだからここから話が広まることはないだろうね。
「へー……おれの姉ちゃんもいいとこのエリートなんだぜ!」
「ほほう! エリートかぁ、羨ましいね」
「なんてったって
──…………ふむ。
なるほど。
第四師団勤務で魔法を使える銀髪のお姉さん、ね。
まだ可能性は低い。
でも可能性が浮上する程度には怪しいラインだ。
「…………へぇ、第四師団勤務とは羨ましいね。ボクも魔法は使えるけど、未熟だからなぁ」
「えぇー、いいなあおっさん。魔法使えるんだ」
「うん? 君は使えないのかい」
「……うん。父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも使えるのに、おれだけ使えない」
「ふーむ、それは残念だ。将来は第四師団に入りたかった?」
「…………そりゃ、うん。でもおれ、魔力もないし、勉強もできないし、いいとこないし……」
「ふふ、悩んでるね。そんなきみにお兄さんからまた一つ、アドバイスをしてあげよう」
指先に魔力を集めて火を灯す。
小さな小さな火種でしかないけれど、少年にとっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
「おっ、すげー!」
「きっときみは今、たくさん悩んでたくさん考えながら成長していく年頃だ。早かれ遅かれいつか答えが見つかって、『大人になる』日がやってくる」
少年は難しそうな顔で聞いている。
そりゃそうだろう。
子供にわかる尺度で話をしてない。
年を取った大人が自分の心を気持ちよくするためにする講釈と何一つ変わらない話を今してるんだ。
「だからその時に選択肢はたくさんあった方がいい。要するに、将来なりたい仕事が見つかった時にそれを選べるようになっておいた方がいいということさ」
「……どういうこと?」
「力がない、貧しい、醜い……理由はいくらでもあるけどね。世の中は思いの外高度な次元で回っている割に、思ってるより低俗な理由で回っているんだ」
ふふ、全くわかってない顔をしているね。
でもそれでいい。
少年が大人になった頃にこの国が残っているのかはまだわからないけど、少なくとも現実を見なくちゃいけなくなった時に、何か一つの正義を盲信するだけにならないことを祈っておこう。
「そうだな、お姉さん──名前はなんて言うんだい?」
「姉ちゃん? マルティナ!」
──ビンゴか?
少年の髪色は銀じゃない。
もう少し確かめたい。
「お姉さんは魔法が使えたから、第四師団に入れたと思う?」
「…………いや、姉ちゃんはずっと勉強してた。忙しいのにおれの相手もしてくれて、今でもたまに勉強をおしえてくれるんだ」
「それが『大人になる』ってことさ。マルティナさんは努力して勉強も魔法もできるようになって、エリートである第四師団に入隊した。初めからなんでもできたわけじゃないと思うぜ?」
だからきみもがんばれ、ということを伝えながら、情報を集める。
なるほど。
この『マルティナ』が偽物じゃないのなら、キミは努力家で勤勉で才能もある素晴らしい人材であるということ。
その理由は何かな?
家のためか家族のためか父のためか母のためか、それとも弟のためか──自分のためか。
それを知りたい。
「挫けることだってある。泣きたい時もある。そう言う時一度ポッキリ自分を折ってから、もう一度立ち直ればいいんだ。少年は今、立ち上がれるようになってるはずだ」
「……姉ちゃんも、そうやって頑張ってたのかな」
「ああ、きっとそうだ。努力しない人はいないからね」
そして大人ってのはこういうものだ。
口先で適当にそれっぽいことを言って子供を騙す。
あの頃のなりたくなかった大人にすっかりなってしまったなぁ。
でもしょうがないよね。
ボクに才能はなかったし、努力もしてこなかった。
それ相応の末路ってものがある。
「お姉さんに伝えてもらえるかな? 『深夜十二時、日を跨ぐ前に“浮浪者“が“レディ“を待つ』って」
「…………なにそれ。姉ちゃんに何のよう?」
「もしかしたらボクの探し人がきみのお姉さんかも知れないんだ」
「えっ! それならそうと言えよー!」
「名前を聞くまでさっぱりだったけどね。多分きみのお姉さんには伝わる筈さ」
伝わらなかったら来ないだけだし、人違いでも来ないだろう。
もし第四師団の他の女性だったなら危ないけど……
マルティナが役職だと彼女は言わなかった。
レディが役職だと言った。
それはつまり、そう言うことだ。
「それじゃあね少年。ボクは仕事の続きがあるから」
「あっ…………一応伝えとく!」
「ん、頼むね。首がかかってるんだ」
鬼が出るか蛇が出るか。
ドキドキするね。
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