たった一人の作戦会議


「すみません、アイスティーを一つ」

「はーい、アイスティーですね。少々お待ちを〜」


 大通りに面したお洒落な喫茶店で白昼堂々ドリンクを頼んでいるのには訳がある。

 ボクは正式に賄賂を送ることを許可され第四師団に所属するとある女性を将来的に籠絡するために色々しなくちゃいけなくなった訳だが、それは簡単なことじゃあない。

 元々人間に興味を持ってないのがボクだ。

 いかに姉上のためとは言え、知りもしない人物のことをどうやって理解していこうか悩んでいる。


 一日ゴロゴロ物置で転がって惰眠を貪った結果、何もわからないということがわかったのでとりあえず喫茶店で考えているフリをしに来たということだね。


「あのケーキ美味しそうだな……」


 ボクは甘党である。

 子供の頃から脳味噌ばかり動かしていたからか知らないけど、妙に糖分が欲しくなるんだ。

 おかげで浮浪者時代はろくな思考も回せないままぐうたらしてた訳だけど、時折手に入る食料を食べた一時間くらいはゴリゴリ魔法のことを考えていたね。

 心折れて逃げ出したくせに考えるのはやめられないってところが、まさに惨めな敗者って感じがするだろ? 


「しかしまあ、どうしたものか」


 マルティナとボクの繋がりは非常に浅い。

 互いに関係を保っていた方が得であると判断したために名前を教えあったりしたが、連絡先がわかるわけでもない。本拠地に乗り込んで堂々とマルティナを探すなんてことはできないだろうし、やったら向こうに不利がかかって相手してくれなくなる可能性もある。

 それは避けたいね。


 将来的にマルティナは第二師団に欲しいんだ。

 第四師団は味方につけることが不可能・・・

 その前提があるからね。


 ボクだけが魔法使いなんて状況になったらこの国は詰んでしまう。

 それを避けるためにもある程度優秀でまともな人材はこちらへ引き込まなくちゃいけない。


 監視や選別は姉上がしっかりやってくれるだろうし、ボクがやれるのは引き込み少しでも魔法に対する理解度と習熟を深めること。

 そこは履き違えないようにしないと。

 五年足らずで足並み揃えて? 

 帝国に備えて? 

 内ゲバも防いで国も守って家も再興しなくちゃならない。

 ふ〜〜〜、馬鹿正直に言えば逃げ出したいねぇ。


「お待たせしましたーっ、こちらアイスティーです!」

「ああ、どうも。初めて来たんだけどとても感じがいいね」

「え、本当ですか? 嬉しい、今日で二回目の出勤なんですよ!」

「え、二回目でそんなに慣れてるの? ……すごいな」


 めちゃくちゃ慣れてるように感じたけどこのお姉さんは出勤二回目らしい。

 器用なのか元々人馴れしてるのかわからないけど、やっぱり世の中ってのはうまく回るようにできているのを実感する。


「ありがとう、少しゆっくりさせてもらうよ」

「ごゆっくりどうぞ! ……やたっ、褒められた…!」


 パタパタと走っていく女性店員を見送って、ボクはアイスティーに口をつける。


 あ〜〜、美味しい。

 もう語彙力なくなってるね。

 最近はいいお茶を飲む機会が多いから忘れがちだけど、ボクは数年間野草ティーしか飲んでこなかった。

 それも沸騰したての激アツ温度で。

 舌がバカになってないと飲めないレベルで不味かったというのはそれはそうだ。


 それが今や文明に戻って人類の叡智というものを味わっている。


 ふぅ…………

 もう浮浪者生活はごめんだな……


「やっぱりボク一人で出来ることなんて、たかが知れてるねぇ」


 こんなに美味しいお茶を淹れることすら満足に出来ない。

 その時点で如何に人間が矮小なのかと思い知らされる。

 魔法に優れていても武勇に優れていても、それだけじゃダメなんだ。

 人が真に優秀だというのは、日常生活をどれだけ豊かに出来るのかという部分が大事だとボクは思う。

 そういう点でボクは塵レベルだ。

 ウェイトレスの彼女なんかめちゃくちゃ出来てそう。

 

 そういうのを守るのが、本来ボクら軍人という訳だね。


「……………………」


 ボクにそんな心意気はない。

 結局、一番上に姉上が存在する。

 何もかもを失ったボクを足から血を流してでも探し続けてくれたあの人を生涯信奉すると決めている。


 だから言われた通りに動くし、よりよくするためなら自分から考える。

 でも、心の底からそう思えて言われると、難しい。


「……センチメンタルになってるな、くだらない」


 そんなことはどうでもいい。

 

 今必要なのは第二師団の総合演習で勝利を収めるために、最終手段を手に入れることだけだ。


 自力で魔力石マギアライトを手に入れられればよかったんだが、この国の流通は第四師団が握ってるらしい。

 第二師団に黄金騎士団オロ・カヴァリエーレ大隊長の弟でありかつて国最強だった魔法使いの落ちぶれた男が入団したのはもう各所に知られていると思っていいだろう。

 そんなのが魔力石マギアライトを探していると知られれば……


「……うん。彼女を頼るしかないね」


 少なくとも。

 素の彼女の人格は、ボクなんかよりよっぽどまともだったと思う。

 あれが演技だったら手の打ちようがないけどね。

 敵である彼女を信じようなんて甘いかも知れないけど、そこはまだ信じれると思う。

 もしも不利益を被るのであれば最悪、殺せるライン・・・・・・であるのも大きい。


 彼女は横流しした事実は知られたくないだろうし、金銭を受け取ればそこは満足できるかも知れない。

 そしてボクは手に入れた事実を知られたくないし、金銭で契約できるのなら満足できる。


 現状の要素を並べればこんな結論かな。


 問題があるとすれば、マルティナに会うためにはどうすればいいかだけど……


「こればっかりは足を使うしかないか」


 自慢じゃないが、ボクは長年の寝たきり生活(比喩表現)で足腰がとても弱くなっている。

 ペーネロープとの戦いの後はグネグネ地面で這い蹲る変な生命体に進化していたくらいだからね。アンスエーロ隊長の冷ややかな視線は浴びたのはそう遠くない思い出だ。


 後一週間でどうにかしないとね。


「ご馳走様、お代はここに置いておくよ」

「あっ、ありがとうございましたー! またお越しくださいっ」


 さて、この広い首都の中からたった一人の女性を探し出す。

 

 姉上の徒労に比べれば安いものだ。

 気張っていこう、アーサー。

 この程度の事は何の苦労にもならないってね。

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