親睦と訓練と計略


 第四師団との邂逅からおよそ十日程経った。


 第二師団の総合演習まであと半月ってところだ。

 どう作戦を立てるか見極める為に模擬戦をやったのだけど、バロンはボコボコにしてルビーと相打ちしペーネロープにリベンジを果たされフィオナにぶん殴られてジンと隊長に瞬殺される日々を送っている最中の事だった。


「ぐ、ぐああっ! ジ、ジン! もう少し優しくしてくれるとボクはすごく嬉しいなっ」

「…………してる」

「し゛ッ、してないっ!! やっと骨くっついたのに!」


 訓練後にのたうち回りながら治療を受けているのはボクである。


 だって皆容赦ないし。

 打撲とかで済む分にはまだ優しいよね。

 いや、理由はわかるんだ。

 唯一の魔法使いで火力で言えばこの中で一番なんだから接近されてワンパンされましたじゃ話にならない。

 だからその対策を出来るように、騎士のみんなでボクをボコる。

 実に合理的だ。

 ボクの苦痛を無視すればね。


「ふぃ〜〜……いやいや、みんな強ぇのな」

「あんたのやる気がないだけでしょ。大体バロン、あんたは……」


 座り込んでのんびり汗を拭くバロンに立ったまま説教をするルビー。

 なんだかんだあの二人は連携が取れてる。

 二人がかりで襲われると正直困るね。

 ヘイトを取るのがうまいルビーにその影からアシストしてくるバロン。

 ルビーが押せ押せタイプなのは何となくわかってたけど、バロンがアシストに回るとはなぁ。

 農民出身か? 本当に。


「あ〜〜へいへい、悪うござんした。なぁアーサー、今日酒飲みに行こうぜ」

「おっ、いいね。最近打ちのめされてばかりだったからヤケ酒と行きたかったんだ、ボクが酔い潰れた後は頼むよ」

「あっこら、お酒は一週間に一回だけって言ったでしょばか! 健康に悪いんだから」

「今週初めて飲みに行くから大丈夫大丈夫」

「昨日飲んでただろ!」


 おお、夫婦漫才見せられてる気分だ。

 どことなく他のメンバーも微笑ましい表情で見ている。

 アンスエーロ隊長だけが何とも言えない微妙な顔でそれを見つめていた。


 隊長……やっぱり婚期逃したの気にして


「エスペランサ、死にたいか?」

「こりゃ参ったね。忠告と同時に剣が伸びてくるとは思ってなかったや」

「女性は不躾な視線と思考に鋭い。覚えておけ」

「ふー……ジン! 助けて」

「………………アーサーが、悪い……」


 どうやら女性陣にボクの考えは筒抜けだったらしい。

 でも普通に考えてみてよ。

 ボクの思考がわかるということは、みんな隊長に同じ感想を抱いてるってことだ。

 それはつまり


「あ、あがアアッ! 頭が割れる……ッ」

「学ばんな、こいつは……」

「…………先日のは夢だったんでしょうか」

 

 呆れる隊長と呆然とするフィオナ。

 

 そんな大したことはしてないけど確かに真面目に話をしてしまった気がする。

 

 困ったね。

 ボクはいざって時に頼られるのも正直勘弁してほしいんだ。

 だってボクが頼られるってことは、ボク以外もう打つ手がない状況ってことだろ?

 そんなことにならない方がいいに決まってる。 

 ボクはこれ以上何かを抱えたり背負ったりとかしたくないんだけどねぇ。


「…………いやしかし、どうしたものかな」


 現状の勝率はかなり低いんじゃないだろうか。

 

 隊長曰く、他の部隊の戦力も決して劣るわけではないらしい。

 攻撃力防御力等の総合力で第二師団最強と言われているのがあくまで黄金騎士団オロ・カヴァリエーレなだけであり、他の部隊は特化型らしい。


 守護において最強だと言われてるのが第一部隊。

 総合において最強だと言われてるのが第二部隊(我々)。

 攻撃において最強だと言われてるのが第三部隊。

 遊撃において最強だと言われてるのが第四部隊。

 

 攻略する順番としては初手で攻撃に長けた第三を落とし次に遊撃として圧をかけてくる第四を撃破、最後に守備を固めた第一と一騎討ちが一番理想的かな?


「なあ隊長。ぶっちゃけ勝率どれくらい?」

「…………現状のままなら二割あればいい方だ」

「わお。それは全部合わせてかな」

「第一に対してはほぼゼロ、第三は二割取れるが第四で一割も満たない程度だな」


 かなりシビアだねぇ。

 それはやはりボクの火力不足が原因だろう。

 そもそも魔法を使えないからと言って彼らは別に無能なわけではない。

 魔法がないからこそ磨き上げた肉体があるし技能がある。

 ボクが光の槍を構築するその刹那に首を断ち切ることだって可能だ。


「何より厄介なのは隊長格だ。奴らは強い」

「ふーむ……そこらへんの情報も集めなくちゃいけないか」

「その時間はないでしょうね。私達に急激なレベルアップは見込めませんし、頼みの綱はこの有様」

「おいおいフィオナ、バカ言っちゃいけないぜ。ボクはまだ本気出してないだけだから」

「……割とその通りなのが腹立ちますね…」


 本気出せればよかったんだけどね。

 残念なことにまだまだその領域には届かない。

 

 日々の訓練でありえない成長曲線を描いてるのは確かだが、それだけじゃ埋められない差ってものがある。

 姉上はボクに期待しすぎなのさ。

 ボクは天才でもないし最強でもない。

 昔のボクに追い縋ってるだけの哀れな生命体だ。


「ま、最悪なんとかするけど」


 あまり使いたくない最終手段として一つだけ用意できるものがある。

 ボクの才能に関係なく、魔法を扱えるものならば誰でも最後の切り札として用意できる手札。

 一度きりの使用にはなるけど、その一度だけでいい。

 コストもかかるから本当にできるか分かんないんだけど……


 その可能性は出来た。

 あの第四師団との邂逅は決して無駄じゃなかった。


「アンスエーロ隊長。給料前借りって可能?」

「……何に使うつもりですか?」


 フィオナが尋ねる。

 気になるよね。

 あんまり推奨されてないから口にしたくないけど…


「うーんと、わかりやすく言えば……賄賂かな」

「……堂々と上司に言うな、バカものが」

「同僚にも言わないで欲しいです」

「ひどいなぁ、フィオナから聞いたんじゃないか。それに誤魔化してもしょうがないしね」


 まだ彼女・・と仲良くなれたわけじゃないけど、最低限関係を続けてもいいと思ってくれてるはずだ。

 そうじゃなければあの別れ際に名前を教えてくれるわけがない。

 そして彼女の事情はわからないけど、現段階で考察する限りきっと応じてくれるだろう。


「少なくとも第二師団に不利を被る内容ではないよ。姉上にだけは詳細伝えるけど」

「……大隊長が許可するのなら私から言うことは何もない。今日中にやっておけよ」

「うん。それじゃあ早上がり」

「訓練終了まであと二時間あるな。それまでは私が直々に鍛えてやろう」


 ヒョエ〜〜……

 もうボロクソにされた後なのにまだやらなきゃダメかい?

 ボクはため息を吐きながら魔力を練り上げて左手に光の結晶を生み出した。


「ふー……こいよ行き遅れ、ボロ雑巾にしてやるぜ」

「お前の遺言がそれでいいとは、大隊長も泣いて喜ぶぞ」


 この後、姉上に会うと言っているのに完膚なきまでに打ちのめされて比喩ではなく文字通りの意味で地面を這いずって執務室まで行く羽目になった。

 

 黄金騎士団オロ・カヴァリエーレの中になめくじみたいな男がいると噂されているらしい。

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