やがて台風を起こす出会い


 “レディ”改めマルティナに出口まで案内されてそこから別れ、このまま帰ったら訓練に巻き込まれるからサボるために街の端っこにある公園に逃げてきておよそ三時間。


 ボクは久しぶりの外になにやらノスタルジーを隠しきれず、草花を採取しその場で魔法を使い青臭いスープを作って舌鼓を打っていた。


「ん~~……やっぱりこの色の花は当たりだね」

「おいおっさん、避けろー!」

「へぶっ」


 緩やかなティータイムだった筈なのに、背後から突然飛んできた謎の球体が後頭部に直撃し熱湯と言って遜色ないスープが顔面に振りかかった。


「あ゛ッ!! 熱ッッ!!」

「あー、おっさんごめんなさい。当たっちゃった」

「お、おっさんじゃないが……ボクはピチピチに二十三歳だが。まだ若者だよ」

「おれ九歳!」


 子供にマウントを取られてしまった。 

 これは大人の力で全てを理解させるしかないと判断し魔力を練り上げたが、流石に子供相手に魔法使って勝利しても折角積み上げた信頼度が全て無に帰すような気がしたのでやめた。

 この判断は完璧と言わざるを得ない。

 ボクは沸騰する事も殆ど無いのさ。

 徐々に徐々に熱をあげて行かないと、最高潮に達することすら出来ないからね。


「ふーむ、なるほど……球技か。久しぶりに見たなぁ」

「あっ、かえしてくれよ」

「そうだねぇ、おじさんはティータイムを邪魔されてかなり不愉快……端的に言うと怒っているんだけど」


 チラリと周りを見てみたが親の姿はない。

 九歳ならまあ、貴族でもない限りそんなものか。

 ボクは腐っても貴族でそこそこ有名な家に生まれたから常に身の回りに大人がいた。


「まあ仕方ない。きみ一人かい?」

「おう!」

「元気でいいね。子供は元気が取り柄だ、他人に興味を持って隣人と仲良くしておくとなお良し」

「りんじん?」

「『隣の人』ということだ。つまりきみの家族や友人ともっと仲良くしておきなさいというお兄さんからの助言さ」

「おっさんじゃん」

「若者だねぇ」


 くたびれたおっさんというのはまあまあ間違えてないけど。

 ボクは真実やる気のない枯れた人間に見えるだろう。

 それを否定する気も曲げる気もない。

 そうやって日常的に姿を晒しておけばいざと言う時に相手は油断する。

 どこに潜んでいるかもわからない敵に、奇襲されたときの事を考慮すればこれが最善策なのさ。

 努力は陰でするから意味があるんだねぇ。


「なーなー、おっさん暇?」

「暇だねぇ」

「仕事してねーの?」

「今日は午前で終わりなんだ」

「あはは、おれの親父みてーなこと言ってる!」

「ほほう、さぞかし優秀だろうね。どんなお父様なんだい?」

「んーとね、基本家にいなくて夜遅くに酒臭い状態で帰ってきていつも母ちゃんに『浮気したね』って怒られてる!」

「いいかい少年。きみのお父様は少し特殊な環境に居るんだ、普通の人と一緒にしちゃダメだよ」


 子供の前でそういう事を言うんじゃあないよ。

 子供は案外聡いものだ。

 大人が考えているよりずっと深く物事をとらえているし、子供なりに答えを出そうと脳を回転させている。

 そこに経験の有無からくる優劣こそあれど、子供もれっきとした人間だからね。


「よし、しょうがない。今日はボクがきみのお父様のかわりに遊んであげようじゃないか」

「えぇ~、親父と遊ぶより姉ちゃんと遊んでた方が楽しいからそっちのほうがいい」

「流石に女性にはなれないんだよなぁ」


 ふう、しかし姉か。

 姉っ子(この言い方が正しいかは不明だが)とはどうにも同じ境遇を感じるね。

 ボクも姉っ子である。

 姉の言う事に逆らう意思は一切ない。


「お姉さんか。好きかい?」

「んー、ふつう!」

「普通なんだ…………」

「いつも仕事してるしー、最近あんまり帰ってこないからあそべないし。おれ、友達もいないから…」


 寂しい少年期を過ごしている様だ。

 でも少年は笑顔を絶やさない。

 元気で明るい良い子だね。


「子供が我慢するもんじゃない……とは言うけれどね。どうしても我慢しなくちゃいけない時はある。いつかきみにもわかる時が来るさ」

「へー……大人ってたいへんだなぁ」

「それがわかる時までは子供で居て良い。わかりやすいだろ?」

「たしかに!」


 そしてボクは気が付いた。

 少年と二人ベンチで並んでゆっくりしているボク達を見ている一人の女性に。

 いつもの鎧姿ではなく私服に身を包んでおり、その特徴的な赤髪をショートヘアで綺麗に整えたその人は、そのお淑やかな空気感と似合わない剣を腰に装着しており、かすかな怒気を滲ませながらボクを睨みつけていた。


 ふー……


 どうやらボクの特別休暇はここで終わりらしい。

 わざわざ探しに来てくれるなんて部下想いな隊長で涙が溢れそうだ。


「うわっ、なんでおっさん急に泣いてんだよ」

「いいかい少年。ボクは今二十三歳の若者で世間一般的には世の中の主役でありこれからこの国を支えていく大事な世代だ。決しておっさんとか言っちゃいけないし、女性におばさんとか言っちゃダメだからね。特にあそこでボクの事を待ってる“おばさん”には」


 この後ボクに何が起きたのかは察してほしい。

 怒りを滲ませた鬼隊長によって身動きが取れなくなる程痛めつけられ、結果として姉上の執務室で地べたに這いつくばりながら起きたことを報告する羽目になったとだけ記しておこうと思う。










 

「……へんなやつー」


 少年――マノロ・サンターナは呟いた。

 

 いつも一人で遊んでいた。

 この公園は街はずれで人も少なく、同年代の子供は皆広い大きな公園に出掛けてしまうため、家の近くから離れるなと言われているマノロにとってここがギリギリの場所だった。


 一緒に遊んでくれるような友達はいない。

 マノロは引っ込み思案ではないが、別に友人が欲しいと思うタイプでも無かった。

 度々遊んでくれる姉やいつも怒られている父、そして仕事と家事を両立していながら時折遊んでくれる母。


 マノロは同年代の友人があまり得意では無かった。

 

 彼に“魔力”はない。

 第四師団に務めている誉れある姉と違い、マノロは落ちこぼれに属する。

 だから学校でも、魔力を持ってちやほやされる少数の子供達に常日頃から嫌味を言われ、やり返そうにも相手は魔力を持っている。

 子供でも魔力さえ有していれば魔法を使えてしまう世の中だ。

 その精度が例え低くても、軍で通用するような代物でなかったとしても、子供にとっては脅威。

 だから辛い記憶ばかりの学校よりも、彼は家を好いていた。


「マノロ」

「あっ、ねーちゃん!」


 銀髪を後頭部で纏め、軍が指定する制服に身を包んだ女性。

 

「帰ろう。そろそろ夕飯だ」

「おうっ!」


 手を握った。

 

 マノロは姉のことが好きだ。

 家族として好いており、尊敬しており、憧れている。

 魔力を持たず虐められるだけの自分と違い、類まれな魔力と才能を生かして軍に入隊できた姉のことを。


「なー姉ちゃん聞いてよ。今日さ、この公園に人がきたんだ!」

「ほう、それは珍しい。いつ来てもマノロ一人だからな」

「なんか父ちゃんみたいなおっさんだった!」

「それは……不審者だな。どんな奴だった?」

「不審者? でもなんか、親父の話したら『お父様の代わりに遊んであげる』って言ってくれたぜ!」


 女性は難しい顔をしてブツブツと呟いた後、名前を知っているか尋ねた。


「いや、なに。ないとは思うが、もしも不審者だった場合……お話しないといけないからな」

「お話?」

「そう、“お話”だ」

「ふーん……午前で仕事終わったから休んでるって言ってたよ」

「…………いいか、マノロ。恐らくその人はダメ人間だ」

「親父みたいな?」

「そうだな、それに近い」


 苦笑いしつつ女性はマノロの手を引いて歩く。


「マノロが心配だからな。変な奴には指一本触れさせないぞ」

「おおっ、流石マルティナ・・・・・姉ちゃん! 頼りになるなぁ」


 

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