殺し合うだけが戦いではない

 空気は膠着している。

 互いに動き出すことはない。


 ボクの槍の射程圏内であることは既に理解しているんだろう、ハンスは相変わらず不遜な態度で睨みつけたままだ。

 でもボクから攻撃することもしない。

 これはあくまで正当防衛の体をとっている。

 仮にボクからここで攻撃すれば、第四師団から第二師団へイチャモンをつける正当な理由をつけてしまう。


 殺されるくらいなら殺しておきたいけどな……


「…………フン。興醒めだな」


 そんなボクを尻目に、ハァと息を吐き出してから話を続けた。


光の槍エスペランサ──かつてのお前ならば、その程度で済んだハズがない。魔力量は褒めてやるが、それ以外が杜撰だな」

「……何も言い返せないね。事実、ここであなたが本気だったのなら、もう死んでるし」

「全くその通りだ。今のお前如き手に入れたところで、オレに得がない」

「それならどうして勧誘なんだ? 殺した方が早いだろ」

「バカが。他師団の身内に手を出せば面倒が多すぎる上に何も気持ちよくない。オレがこの手で握りつぶして跪かせるからいいんだろうが」


 おっと、この男なかなか素晴らしい性格をしている。


 なるほど、レディが言っていたのはそう言うことか。

 他者を踏み潰し蹴落とし跪かせる。

 そして自分が優位で格上であると認識することで喜ぶタイプのカス。

 しかも強いと来た。


「それに、お前が生意気にもオレに興味がないのと言ったのと同じで──オレもお前に興味はない」

「……うーんと、しつこい男は嫌われるよ?」

「ハッ! あの女はこのオレに土をつけた、その事実だけで腸が煮え繰り返る」


 あぁ〜……

 うん、なるほど。

 これ予想通りだな。

 姉上の思った通りの男で、ボクが思っていたよりマシなやつだった。


「お前は餌でしかない。だがその餌としての機能も、今はまだ足りない」

「ほほう、つまり今日は見逃してくれる感じ?」

「その時が来るまでは泳がせておいてやろう。ただし、もしその時が来たら──お前もお前の姉も、オレがこの手でぶち殺してやる」










 出て行けと言われたのでレディに案内され建物の外までやってきた。


 いや~、普通に命の危機だったかもね。

 殺されなかったのは半分は本音で半分は気分かも。

 少なくともハンス・ウェルズガンドというという男はたった一度の邂逅で理解できる人間じゃない。


 それがわかっただけまあまあかな。


「第四師団はこんなんばかりかい?」

「……他よりはマシだ」

「そうなんだ……」


 レディは相変わらずセクシーな服装で答えた。

 普通にかわいそうだけど、それでもなお第四師団に勤務を続ける理由があるんだろう。

 それを聞き出す理由と必要性をまだ感じないが、ボクのなんとなくの勘が継げている気がする。


 レディとは仲良くしておくべきだ。

 

「キミは……どうして第四師団に?」

「それを答える程我々は仲良しではない」

「それはそうだ。でもボクは少しでもいいから仲良くなりたいと思ってるぜ」


 これは嘘偽りない本音。

 ハンス・ウェルズガンドは強い。

 彼が本気でボクらに牙を剥いた時、正面からぶつかって無傷で勝利できる相手ではない。

 優れた魔力量に今のボクより洗練された魔法速度に加え、風魔法を操ると言うのが非常に厄介だ。

 目で追うのが難しいと言うのがなによりもズルい。


 ボクのように魔力を感知できるならともかく、第二師団はそういう人がほとんどいないからね。


 だから少しでも戦力を削りたい。

 彼が所有する戦力の内、最もボクらに近くその事情やなんらかの感情によって引きはがせる可能性が高いのが彼女――つまり、レディだった。


「……敵同士だぞ」

「第四師団と第二師団は、そりゃそうかもしれない。でも別に組織が対立してるからって、ボクらが憎しみ合う理由はないだろ?」


 こういう篭絡は正直得意じゃないんだけど……

 でもやっておいた方が良い。

 大胆不敵な事ながら、我が姉上の望みはこの国の転覆そのものである。

 悪逆を働こうとしてるのは我々であり、汚職や腐敗に塗れ政治にすら干渉している第四師団は正義となる。

 そして迫りくる帝国との戦争にも備えて国内のつながりも育てないといけない、と。

 やることは山積みだねぇ。


「それは……そうだが。私がお前と仲良くしたい理由はない」

「おっと、それは普通に辛辣だ。ボクじゃなかったら泣いてるぜ」

「そういう軽薄な部分が気に入らないんだ。“浮浪者”エスペランサ」

「ふふ、今はもう一端の魔法使いなのだよ。“レディ”って、本名?」

「……いいや。そういう役職だと思ってくれ」

「そう呼ばれるのは嫌かい?」

「別に。……なんだかお前が気遣おうとしてるのは気持ちが悪いな」

「酷くね?」


 ボクなりにレディを篭絡しようとしたが気持ち悪いと切り捨てられた。

 ボクは泣いた。

 人に優しくできる人間には程遠いらしい。


「…………マルティナ」

「ん?」

「マルティナと呼べ。それ以上は明かせない」

「……おお、デレた。案外うまくいくもんだね」

「私にも悩みはあるのさ、エスペランサ」


 口元を軽く歪め笑いながら言うマルティナ。


 最悪のファーストコンタクトを迎えたにしてはそれなりに仲良くなれてる気がするね。


 

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