あの姉にしてこの弟あり
「……ここだ」
黙ってレディについていくと、最上階のとある扉の前で足を止めた。
勿論ここまで自動昇降機というあまりにも便利すぎる道具を利用したためボクの疲労は一切ない。
もうこの時点で素晴らしい。
ボクは一階分昇るだけでヘロヘロなのだ。
この気遣いが姉上を超えていると言っても過言ではないかもしれない。
「うーん……いや、いい趣味してると思うぜ。うん」
そして示された扉はとても、こう……
ビカビカでゴテゴテである。
金の装飾と黒塗りの下地。
どんな成金でもここまで露骨なデザインに喜ばないだろうと思えるレベルで金を使ってある。
全部金じゃないのが無駄に抵抗を感じていいね。
レディはボクの言葉を無視して、そのまま扉をノックする。
返事が聞こえてくるより先に口を開いて己の用事を告げた。
「ハンス隊長。お連れしました」
『──入れ』
扉に手をかけて開いていく。
その際にレディの魔力が少しだけ揺らいだのを見逃さなかった。
ふぅん、なるほどね。
この扉は魔力で承認された人間しか開けられない仕組みかな?
もしくは触れた人間から僅かに魔力を吸い取るモノか……
自分たちの拠点で自分たちの魔力を奪う理由がない。
それを考慮すれば前者で間違いないと思う。
いい警戒心だ。
腐敗していると言っても、この感じなら派閥争いはありそうだね。
というか、ボクら
魔法を使えないような人間は時代遅れだって言いたげだ。
魔力が無くなれば雑魚もいいとこなのに、そんなに粋がってどうするんだい?
姉上にだって容易に殺されるのがボクら魔法使いだ。
開いた扉の中にレディは足を踏み入れた。
ふむ、この時点で即殺の罠は無さそうか。
ボクは己の命に固執してないけれど、今ボクの所有者は姉上である。
姉上に死ねと命じられない限り死ぬことは許されていない。
「────来たか。エスペランサの小僧」
「もう小僧って年齢でもないんだけどね。ボクを読んだのは貴方か?」
「まず一つ。お前は対応を間違えた」
風が靡いた。
圧縮された空気の刃が瞬時に生成されてボクの頬を掠めていく。
壁をぶち抜いて遠く離れて行ったソレの威力は人を殺すには十分で、しかし狙いは最初から逸れていた。
脅しだね。
足が震えてるけど見抜いたボクの勝ちって事で。
そうやって余裕っぽく見せるボクをわずかに睨みつけながら、ハンスと呼ばれた男性は鷹のような目をギラギラと輝かせながら言う。
「お前はオレに生意気な口を利いた。それだけで死に値する罪だと思わないか?」
傲岸不遜とは彼のことを指すのではないか。
四字熟語そのものと表現できるほどのセリフだけど、これは本音かな。
第四師団の『常識』がボクにはわからないから、これはあくまで揺さぶりとか挑発の部類に入るのかも。
「レディ。お前はどう思う?」
「は。万死に値するかと」
「だそうだ。であれば──ここでオレが殺しても、問題はあるまい?」
収束する魔力を今度は捉えた。
でもさっきより展開速度は遅い。
この感じ……本気じゃないな。
小手調っていうか、何だろう。
とりあえず左手にこっそり集めていた魔力を輝かせて、光の結晶を作り出す。
風がボクの首を刎ねるよりも早く光は届く。
展開速度で負けても、エスペランサが生き残り続けたのにはそういう理由があるんだよね。
この魔法は弱点もあるが、それ以上にメリットもある。
屋内ってのがまた大きい。
それを悟ったのか、ハンスは眉をピクリと動かし魔力を練り上げるのを止める。
どうやら実力は確かだね。
今のボクに抑えられる程度じゃお察しだけど、こんなもの殺せる手段にすらならない。
それを知らないからハッタリとして通用しているわけだ。
もしもこの魔法がもっと一般に広がっていたら詰んでたね?
「おいおい、簡単に売るんじゃあないよ。ボクはアーサー・エスペランサ、あなたをボコボコにしたというフローレンス・リゴールの弟だ」
レディはハンスに忠実、と。
うーん、そう言う性根を抱えてる人には見えないけどね。
何か裏がありそうだ。
そしてハンスは、ただボクを殺すために呼びつけたわけではない。
これは確かだね。
殺すなら最初の風でやってる。
「ボクに何の用かな? 魔法すら使えない騎士相手に敗北した第四師団のお偉いさん」
「…………フン。最低限その程度の度胸はあるか」
「そりゃまあ……さっきの魔法、当てる気なかったし。試されてる感じは察してたよ」
「当然だ。あの程度を見抜けないような無能は必要ない」
あー……
これ、結構曲者だな。
レディのことをチラリと見れば、何とも言えない表情でボクを見ていた。
「単刀直入に言う。オレの下につけ」
「えっ、普通に嫌だけど」
「……聞こえなかったな。もう一度言うぞ」
「嫌です」
空気が固まった。
それは文字通りの意味だ。
ハンスが部屋中に張り巡らせた魔力を利用して、空気そのものを押しとどめたのだ。
呼吸が保つのは大体一分程度。
鍛えてれば別だけど今のボクはランニングに二週遅れでゴールするくらいの体力しかない。
左手に覚醒した結晶体を握る。
この光魔法の大きな弱点として、【何らかの形で加工しなければただの光以外の何物でもない】という要素がある。
瞬時に光を展開するだけでは目眩しにしかならず、攻撃防御移動その全てにおいて余計な工程を刻まなければいけないのだ。
だから、エスペランサ家では代々才能を持つ者しか当主になれない。
戦い続けて勝ち続けられる者しか選ばれない。
その弱点を晒すわけにはいかないから。
そもそも魔法が下手な人間は、表舞台に立ち魔法を扱えるという事実すら封印される。
何とも言えないルールだ。
結晶体を大きく肥大化させていく。
ハンスの魔力とボクの魔力。
風と光が犇めき合う中心でボクの左手は唸りを上げて、それら全てを過剰に注いだ魔力で抑え込む。
ボクは劣化した。
昔に比べれば大きく弱体化したし、元通りになるにはまだまだ時間が必要だ。
そんなボクでも、現役で戦い続ける魔法使いと何ら遜色ない──いや。
それら全部をまとめてひっくり返せるくらいに、優れ続けている物がある。
魔力量。
持って生まれた才能であり、後天的に手に入れるには命を犠牲にしなければならない代物。
ボクは帝国の彼女には劣るけど、この国でも有数の魔力量を保有している。
最大値は一ミリも減っちゃいない。
十分な食事に十分な休息、それがあればボクの魔力は光り輝く。
凍りついた世界を、黄金の光が崩していく。
それをハンスはただ見つめるだけだった。
ボクの抵抗を抑えるわけでもなく、邪魔するわけでもなく、ただ純粋にその様子を観察している。
ボクと、あとついでにレディの周囲も魔法を解除させてから、ボクはゆっくりと口を開いた。
「本当は甘い蜜を吸っていたいんだ。少しだって苦痛は味わいたくないし、出来ることなら寝て起きて誰かが用意した食事を貪るだけの生活がしたい。魔法使いだとか騎士だとか、戦争だとか家督だとか──全部ひっくるめてどうでもいいんだ」
これは嘘偽りないボクの本音。
生きる気力もないが、死ぬ気力もない。
だからただダラダラと生きていた、それがボク。
姉上に見つからなければ今頃餓死して居てもおかしくはない。
「だけど残念なことに、一個だけ守らなくちゃいけない誓いがあってさ。ボクは姉上に救われてしまったんだよねぇ」
あの日森の中で、散歩をしていたと言い張った姉上。
当時すでに隊長格って言われていたのに、休日にわざわざ鎧を着込んで森の中を? 昔から努力ばかり続けていたあの人が、貴重な時間を散歩なんかに使うものか。
わかっているさ。
あの人は誰かを探していた。
そうじゃなくちゃ納得いかないんだ。
だってあの人の足、歩き過ぎて擦れて出血までしてたからね。
散歩に出血するくらい夢中になる人じゃあないんだよ、姉上は。
「ハンス・ウェルズガンド。ボクはあなたに興味もないし靡くつもりも一切ないし、害を与えるつもりも毛頭ないが────」
結晶が広がる。
空間を割るようにひび割れて、ボクの内心を写すようなぐちゃぐちゃで不規則な形から────一本の槍へと。
「姉上に手を出すつもりなら手加減無しだ。かつて国最強と謳われた真価を、命を持って味わうことになるぜ」
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