VS ペーネロープ


 そして約束の一週間が経った。

 日中は三番隊の訓練に従事しヘロヘロになって、ペーネロープにちょっと無視されつつたまに睨みつけられた後にアンスエーロ隊長の拷問と見間違うほどの組手でボコボコにされて回復に魔力を三割近く消費。

 でもご飯一杯食べれるから魔力は毎日満タンになるし、痛くて苦しいという最大のデメリットに目を瞑れば非常に効率的だと言わざるを得ない。


 ボクはその苦痛が一番嫌なんだけど? 


 まだ巡回に行くような強さでもないため夕方は寮に残されて一人魔法の訓練。

 姉上の手が空いてる時は無理矢理執務室に放り込まれて仕事を手伝わされた挙句魔力や魔法に関してもう一度教えろと言われる始末。


 おいおい、ボクを過労死させるつもりか。

 いくら食事と寝床を提供されているとはいえボクにも我慢の限界という物がある。

 お陰で感覚を取り戻すのが非常にギリギリになる計算になってしまった。

 ペーネロープに勝てるかどうかは完全に勝負の行方による。


「ただし身体のコンディションは最悪なものとする」

「……急になんだ?」

「独り言です、サーアンスエーロ」

「叩き斬るぞ」


 ボクの戯れ言に対する殺意が少し高いね。

 それくらい信頼されてるってことかな。

 実は回復魔法はとても簡単な皮膚を繋げるとかそういう事は可能なんだけど、炎症のような複雑なものを治すのには一切向いてない。

 自分の肉体の筋肉とか神経を完全に復元する自信がある人ならいいんじゃないかな。

 ボクにその自信はないよ。


「筋肉痛が酷くてね。もしも今日ボクが負けたら、姉上には二度と顔向けできないって伝えてくれるかい?」

「物理的に二度と会えなくなってしまうかもな」


 本番前の戦士を脅すなんてひどいやり方だ。

 これが黄金騎士団オロ・カヴァリエーレのやり方だなんて……

 失望しました、第四師団入隊します。


「どちらにせよ大隊長はお前に尋常ではない信頼を寄せている。言っておくが、この戦いはかなり注目されているぞ」

「……一つ疑問なんだけどさ。姉上の腹心と言える人材ってどれくらいいる?」


 正直その可能性は考慮していた。

 あの時姉上の後ろにいたのは二人だけ。

 アンスエーロ隊長ともう一人。


 まさかそれだけって事は無いだろう。


「…………ふむ、そうだな」


 しかし隊長は答えるのを少しだけ躊躇った。

 思案する必要がある時点でちょっとめんどうな気配を察知したけれど、今更引けないので言葉を待った。


 一度顎に手を当ててボクの事を見てから、口角をあげて楽しそうに言う。


「ペーネロープに勝てたのなら、教えてやる」

「……勝っていいの?」

「勝たなければお前に未来はない。これは、そういう戦いだ」


 隊長なりに思う事はあるだろう。

 それでもボクに勝てと言った。

 ボクよりも付き合いの長い部下であるペーネロープの事は優先しなかった。

 それだけでアンスエーロ隊長は、姉上の傀儡であり信頼に足る部下だという証明が出来た。


「うん、わかったよ。ボクに運が味方してくれることを祈ってくれ」

「浮浪者として生き延びれたのだから運は十分あるだろう。精々驚かせてくれ」







 訓練場に改めて足を運ぶと、既にペーネロープは準備を終えていた。


 いつもは三番隊しか使ってない筈の場所が人で囲まれている。

 視線がボクに一斉に向けられるけれど、人の目で緊張するような世界はとっくに通り越した──筈なんだけどね。


 身震いする。

 ボクはこれまで魔法の事だけを考えて生きて来た。

 どんな魔法と出会えるか、どんな手段を使えばいいか、勝つか負けるかなんて事より相手の魔法を知る事だけが楽しみだった。


 だからワクワクやドキドキとは親しくしていても、このなんともいえない不安が胸に宿るのは初めてなんだ。


「…………緊張だねぇ」


 だからこそ。

 ボクは今、未知に触れた。

 その事実にちょっとした喜びを感じている。

 世界は未知で溢れているのだ。


「ペーネロープ」

「……来たのね」

「随分待たせてしまったみたいだね」

「別に」


 素っ気ない。

 それもまあ当然だ。

 好かれるような言動は一切していない。


「一週間。あんたがコソコソ魔法を使ってたのは知ってる」

「む……もしかして起こしてしまったかな」

「いいえ。あの光はあんたが出したんでしょ?」


 お見通しだ。

 一体いつ見られたのかさっぱりだが、ボクのコソ練は見抜かれてたらしい。

 昔はこんなことしなくてもよかったのにな。

 正々堂々撃ち合うだけで敵はボコボコになってくから、センスだけで生きていたと言わざるを得ない。

 まあそのセンスも彼女にへし折られたわけだけど。


「うん、そうだ。まだ君のことは思い出せないけど、少しずつ昔の自分を思い出してきたよ」


 魔法の感覚。

 魔力が消えるあの脱力感。

 それに逆らいながら強く狙いを定めて、思考の中で魔法に色んな条件を付与していく。


 火球一つ放つのにも労力が必要。 

 魔法とは精神力と身体性を兼ね備えた上で魔力を持つ人間だけが扱える特別なものだった。


「アーサー・エスペランサ。私はあんたのことが大嫌い」


 今月に入ってから他人に嫌いだと宣言されるのは二回目だ。

 一度目は姉上、二度目はペーネロープ。

 女難の相というより過去の自分がやったことが原因なので自業自得と言わざるを得ない。


「…………でもね」


 刃を潰した鉄剣を抜いて、彼女は両手で構える。

 僅かに感じ取れる魔力は揺れ動かない。

 高精度で操っているんだろう。

 ああ、努力したんだなとわかる要素だ。


「あんたの強さだけは認めてた。私のことなんて眼中になくて、魔法を見ることにしか興味がなくて、騎士なんて存在はどうでもいいと思ってるあんたの強さは」

「あながち間違いじゃない。昔のボクは魔法にしか興味がなかったし、軽く撃っただけで動けなくなる君達に興味を抱けと言う方が難しいさ」

「っ……ええそう、あんたの軽くで私達は敗北した。昔はね・・・


 ボンヤリと剣に魔力が移っていく。

 なるほど、それがメインか。

 ありふれたやり方だ。

 魔法を扱う才能に長けず、物理で鍛えた者が辿り着く場所。

 斬って当てて一撃で倒せばいいという結論。

 まどろっこしやり方なんだ。


「今は違う。私は鍛えた、十年以上もあの日のあんたに勝つために」

「今のボクになら勝てる、と」

「当然でしょ。たかが一週間ちょっとマジになったからって劇的に人が変われるわけがないわ」


 実感のこもってそうな言葉だ。

 ボクもそれには同意する。

 たった一週間で新たなことを構築するのは不可能に等しい。

 十分な時間と十分な設備、そして最後に高水準な才能があってようやく魔法というものは成り立つ。

 ボクには何も残ってない。


 全くその通りだ。

 そして、一つだけ欠けている要素がある。


「うん。劇的に人は変わらない、それには納得だ」

「……………………」

「でもねペーネロープ。ボクは劇的に変わったんだ。あの日彼女にへし折られた瞬間に、プライドというものは全て消え去って圧倒的すぎる才能に畏怖すら覚えた」


 そうだ。

 ボクはすでに一度変わっている。

 魔法のことだけを考える生命体から、何も難しいことを考えようとしない苦し紛れの生命体へと。

 これは劇的な変化と言っていいだろう。


「今のボクに期待は一切してないさ。それでも昔のボクならば、きっとやれることはある。そう確信したよ」


 魔力を左手と左目に集める。

 右手で同じ剣を抜いて、その重さに僅かに耐えられている事実に驚愕しつつ、左手に宿った魔力を光の結晶へと変えていく。


「…………それは……まさか……」

「ああ、やっぱりこれだったか。まだ不恰好だけど懐かしいだろ?」


光の槍エスペランサ】。

 我が家に伝わる十の魔法のうち、最も簡単で象徴的だと語られていた魔法。

 十のうち四つしか学べてないから勿体ない事をしたよ。

 こればっかりは文献にも残さず言伝のみで受け継いできたから、もっと両親と仲良くしておくべきだったんだよな。


 うん、ぼんやりと思い出してきた。

 彼女と戦ったタイミングは一切覚えてないけど、年齢と見た目を考慮すればなんとなく見覚えがあるような気がする。


 あれは多分……うーん、どこかの決勝だったかな。

 随分と拍子抜けだった、そういう印象がある。

 だから今度は、期待してるんだ。

 十余年鍛え続けた君が、一体どんな魔法に辿り着いたのかって。

 きっとそれだけじゃないんだろ。


「──あの日の続きをしよう。今度も負けないぜ」


 ボクはアーサー・エスペランサ。

 元この国最強の魔法使いで、今は過去に縋るロクデナシ魔法使いさ。


 君は何者だ? 

 ペーネロープ・ディラハーナ。

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