VS ペーネロープ②
先手を取ったのは彼女だ。
十歩程の距離があったのにも関わらず、初速で大きく踏み込んでボクの胴体目掛けて突きを放ってくる。
今のボクじゃ読めなかっただろうし見れなかっただろうけど──初見殺しを回避するためだけにわざわざ目に魔力を集めていた。
「──【
胴体に突きが届くギリギリで槍が形成されその行手を阻む。
正直冷や汗を掻いたけど防げたから問題ない。
ペーネロープは僅かに目を見開いて、すぐさま剣を引いて蹴り抜いた。
狙いは顔。
容赦ないし躊躇いもない。
甲冑を身につけてるわけでもないから身軽、ボクからすれば防御力をどれだけ積もうが動きが愚鈍な方が嬉しいんだけど。
首を捻って回避する。
目の前を通り過ぎる爪先が風を煽ってくる。
やっぱり近距離戦闘に関してボクの勝ち目はないか。
昔のボクならそんなこと関係無しに勝ってるだろうけど、今の中途半端なボクじゃまだ対応できない。
剣を握った右手に魔力を流しつつ、左手の光の結晶を維持することも忘れない。
全く、随分腕が落ちたよ……!
「【
光陣が煌めき槍が現出する。
先程よりも展開速度は早い。
想定よりも遅い。
まだ足りてない。
ボクはこんなもんじゃない。
思い出せよ、アーサー・エスペランサ。
「【
右手に持った剣が輝く。
剣に魔力を移す、この工程はペーネロープがやったこととなんら一つ変わらない。
ただ違うのは、この光は代々我が家が受け継いできた特別なもので、それにボクが改良を加えた進化系であるという点。
流石に両方からの攻撃は嫌がったのか、彼女は一歩引いて距離を取る。
槍に対応してから剣を捌けばいいと判断したのかな。
でも残念。
これはね、
距離を取られる程度の対策はとっくに講じてある。
振り抜く刹那に刀身を延長。
光の刃がペーネロープまで伸びる。
槍と剣、どちらも同時に振り抜いたことで二つ同時に対応することを迫られた彼女は──剣に宿した魔力を解放した。
「──【
魔力で強化した目でも追うので精一杯だった。
光の槍を一撃で粉砕し、伸びた刀身を弾く。
二つの工程を一瞬に圧縮するだけの魔法を剣に仕込んで、肉体への負荷を極力減らそうと工夫している。
でも、それだけだ。
追撃を入れるわけでもなく、ペーネロープはただゆっくりと剣を構え直した。
「いいのかい? 追撃しなくて」
「チッ……本当に嫌なやつ。出来ないことわかってるでしょ」
剣を構える腕は少し震えている。
ボクら魔法使いが魔法を使ってもある程度大丈夫なのは慣れているというのもあるし、そもそも魔力で肉体を強化しているのだ。
強い魔法には強い反動が伴う。
隕石と同等の火球を放てば想像も絶するような代償を支払うことになる。
魔力量の多い魔法使いが優秀だというのは、文字通り魔力が多くなければ強い魔法を使うことすら許されないから指すのだ。
「ボクも本調子じゃなくてね。結局一週間じゃ
「本調子じゃない、ね」
「うん。全盛期には程遠い」
こんなもんじゃない。
アーサー・エスペランサはこんなもんじゃない。
一本構築するのに時間をかけるような不器用。
ペーネロープに勝つために必要な手札は全部支払った。
あと手にいれなくちゃいけないものはいくつかある。
さて、どのくらい粘れるか……
「もしもあんたが全盛期だったら、私はなすすべなくやられてるでしょうね」
「……いいの? 自分の十年を否定して」
「しょうがないじゃない、事実だもの。こんな搾りカスみたいな状態のあんた一人一撃でやれない時点でお察しよ」
吐き捨てるような言葉だ。
ボクはその辛い現実を受け入れるのに非常に長い時間をかけてしまった訳だが、ペーネロープは苛立ちを示しながらもそれを飲み込んだ。
「でもね。今のあんたに負ける程じゃない」
「それは、道理だ」
刹那、駆け出した。
一瞬見失いそうになるものの、大きく右に弧を描くように回ってくる。
右目は強化してないと踏んだか。
正解だ。
……さっきの問答はそういうことか!
「戦い慣れてるねっ!」
剣に魔力──間に合わない。
左手の結晶は形成されている。
間に合うか。
間に合わせるしかない。
「【
いや待て。
彼女の魔力の動きを探れ。
確かにボクの魔法展開速度から計算すれば、その走り出しでも間に合うだろう。
でも防がれた時に大きく隙を晒すのはペーネロープだ。
ボクは最悪魔力で無理やり阻害することだってできる。
なら後一手ある筈だ。
ボクを詰みに動かすための一手。
感覚を研ぎ澄ませろ。
命を奪わないようにしていながらも、命の危険が常に寄り添うこの模擬戦──いや、決闘。
そうだ、この感覚だ。
敵の魔法を知り、それを防がなければ己の命が危ぶまれるこの押し込まれるような不快感。
これが足りないピース。
研ぎ澄まされた集中力を手に入れるための。
「──加速か、ペーネロープッ!」
両足に集められた魔力が爆発する。
あれをしてしまえばしばらく動けなくなるだろう。
彼女の魔力量は決して多くない。
むしろ少ない選択肢の中からよくもまあ最善を選んだものだと褒めたくなる。
それくらい彼女の適正に合っている、そういう魔法だ。
こうやって、魔力量に優れた魔法使い一人打ち倒すことは容易なくらいには。
眼前に剣が迫る。
彼女の姿は見えない。
速すぎる。
それでも剣が迫る瞬間がコマ送りのような速度に変異していく。
足りない。
今のボクには何が足りない。
昔のボクにあって、今のボクが持ち合わせていないもの。
才能?
センス?
それとも傲慢。
全部ボクには足りてない。
この程度に負けて、姉上の期待を裏切って、ボクはどうするんだろうか。
そうだ、そうだよな。
昔のボクにはなかったけど、今のボクにはどうしても裏切れないものがある。
魔法はボクを裏切らない。
どこまで行っても才能だけが魔法に愛される。
だから彼女は強かったし、ボクは膝をついた。
魔法は絶対だ。
そして才能も。
でも。
でも、この胸の中に燻るぐちゃぐちゃの感情は──……
「裏切っちゃ、ダメだよな……!」
魔力を急加速させる。
ブチブチと身体から音が鳴り、それと同時に痛みが全身を駆け巡る。
でも今は関係ない。
アドレナリンが噴出し、極度の興奮状態にいる今は無敵だ。
後に残る影響なんて考えない。
今のボクは十数年研鑽を重ねてきたペーネロープに胡座をかける状態じゃない。
ボクは君に勝たなくちゃいけない。
ありとあらゆる手を講じて、君の全てを否定して、ボクの価値を証明する。
そうだろう、姉上。
貴女が求めるボクは、圧倒的な強者。
ならそうなって見せよう。
たとえそれが一時の夢だとしても。
左手に光陣が浮かぶ。
ペーネロープの剣をそのまま左手で鷲掴みした。
掴み損ねた時に親指が変な方向に曲がったけど問題ない。
ガッチリと握り締めてしまえば、刃が潰れたこの剣でボクを斬ることは出来ない。
「【
「────っ!?」
ボクは確かに負け犬だ。
国で最強と煽てられ、本物の天才に押し潰された哀れな犬。
その評価は覆しようもないし、否定するつもりも一切ない。
家が没落したのもその影響があったかもしれない。
──それでも。
それでもな、姉上。
貴女の信じた
そうだろう?
頭上に多数の光陣を展開。
肉体から離れた場所に構築するやり方は、確かにこんな感じだった。
頭が割れそうなくらい痛い。
でも、これに慣れていたのが昔のボクだ。
ならこの程度やれるようにならなくちゃ、ダメだよな。
一、二、三四五六七八九十。
合わせて計十本の槍が空から現れて、それら全てをボクと触れ合う距離にいるペーネロープへと差し向ける。
「……ありがとう、ペーネロープ」
「…………ぁっ……」
「君のおかげで少しだけ、元のボクに戻れたよ」
そして悠然と解き放つ。
謝礼代わりだと思って受け取ってくれると嬉しいぜ。
「──【
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