浮浪者アーサー⑤
今の季節は夏が過ぎようとしているくらいだ。
夜明けの風は冷たくて、隙間風の脅威に曝されながら睡眠をとるのは至難の技。
身震いする度に意識が覚醒し、眠りにつこうと薄い布に包まれば仄かな暖かさと肌寒さに襲われる。
ボクはそんな日々を何度も繰り返してきた。
天井があって壁があって厚めの布がある。
それだけで天国と言って差し支えないさ。
「おお……」
年甲斐もなく感動してしまいそうになったのは、黄金騎士団の宿舎を見たからだ。
豪華で煌びやかな装飾が施されているわけではない。
でもちゃんとした寮だ。
各部屋に扉があって外と区切られてる時点でもうすごい。
かつてのお屋敷もこんな感じだったな……
色褪せた思い出だ。
「これでもう夜風とはおさらばということだ」
かつては仁義なき戦いを繰り返したボクらだが、残念だけどボクは一つ上の領域にいく。
もう君に悩まされる事はない。
これが人間の底力さ、大自然。
「ハーッハッハ! 未来は明るいぜ」
「なにを騒いでいる。お前の部屋はあそこだ」
アンスエーロ隊長は鎧をガチャガチャ鳴らしながら寮とは外れた場所を指差した。
庭の一角に鎮座する小さな建物。
建物というより、あれは物置。
近寄ってノックしてみれば、ゴンゴンとやかましい音が鳴り響いた。
「ふーむ…………これは物置だね」
「ああ。残念だがそこしかない」
扉を開いてみれば埃まみれの地面に一応中のものは片付けてくれたのか、ボクが住んでいた廃墟よりも狭く陽の差し込まない空間が用意されていた。
「……………………」
「わ、悪いとは思っている。だが部屋が用意できなかった」
流石のボクでもここまで手酷い裏切りを受けるとは思っていなかった。
仮にも推薦を受けた立場だ。
それも大隊長直々に。
血縁者でもある。
普通は優遇するのでは?
廃墟暮らしの方がマシだったかもな、ハハ……
「ただし食事は暫くタダになる。それくらいは私の権限で……」
「アンスエーロ隊長。ボクと結婚しませんか?」
「…………明日は日が昇る前に起こしにくる。もし寝ていたら叩き殺す」
抜け落ちた表情でそう言われてはボクにできることは無い。
嵐が過ぎ去るのを待つ小動物が如く、身を震わせて物置に身を潜めるしかなかった。
「ウーノ、ドス、トレス」
123のリズムに合わせて魔法を使う。
炎魔法、水魔法、風魔法。
人類の三割しか魔力を持って生まれてこないと言われる子の世界では、本当はボクみたいな魔力持ちはある程度優遇される。
本来なら、あんな浮浪者暮らしを許される立場ではない。
でもそうせざるを得なかった。
この国の腐敗は今に始まった事じゃないってことだ。
久しぶりに魔力が満ちている感覚がする。
子供の頃のような全能感は無いけど、好調とはこのような状態を指すので間違いない。
「鈍ってるねぇ」
あの頃は良かった。
ボクは自信に満ち溢れ、あの努力と根性の化身と言うべき姉上相手に模擬戦で負けることもなく。
同年代は愚か年上も蹂躙し、この世の栄華全てを味わい尽くし天狗になっていた。
それでも敗北した。
ボクよりも年下で、ボクよりも幼くて、ボクよりも小さくて弱そうな少女に。
あれが初めての挫折だった。
そしてそこから立ち直る暇もなく数年で両親が戦場で他界し、大人達の策略で堕ちたエスペランサ家を守ることも出来ず逃げ出した。
それがこれまでの簡単な来歴だ。
それじゃあこれからボクはどんな道を歩むのだろう。
腐敗した第四師団に見染められ楽に生きたかった。
美人ならなおのこと良いけれど、お金と気楽さを提供してくれる人なら誰でも良い。
努力は報われるものではないと拗ねたボクにとって、第二師団は眩しすぎる。
選ばれなかったのだから何かを言う権利はないけどね。
「……今更英雄願望は持ち合わせて無いよ。
その夢を抱くには歳を重ねすぎた。
第二師団は真っ当なんだろう。
姉上が腐敗を許すとは思えない。
自分の手が届かない外界ならともかく、己の身内に粗相をする人間を残しはしないだろう。
ボクの事はどうして甘やかしてくれるのかがわからないけど。
ボク程度の才能で出来ることなんて限られている。
それでも、姉上に望まれたのなら、出来る限り頑張ろうとは思う。
ボクは年下の少女に負ける程度の人間だ。
過度な期待は控えて、現実的に可能なレベルで信じてほしい。
「あ〜あ、せめて相伝の魔法を継承出来てればな」
輝きのエスペランサ。
光属性魔法を操る初代が授かった称号。
その領域に至る程の傑物は初代以降現れる事はなく、唯一ボクにその期待が寄せられていたが結果はこれだ。
もしも父上から相伝を受け継いでいたら人生は変わっていただろう。
少なくとも実験動物、もしくは種馬としての人生だ。
腐敗と合理のこの国で何の政力も持たない子供なんていいように扱われて終わる。
だから逃げ出した、と言うのもあるんだけどね。
姉上には悪いことをしたよ。
それにしたってこの仕打ちはひどい。
コンテストでボクを釣り、受からないのを知っていたくせに乗せてきて。
そして前科者で詰んだところを鮮やかに回収する。
何よりも疑問が浮かぶのはここだ。
どうしてわざわざボクなのか。
あの時姉上が言った理由、あれは十中八九嘘だと思う。
なぜならボクが本当に必要なら、コンテストという確実性に欠ける手段で釣ろうとしないからだ。
直球で言えばいい。
ボクがそれに逆らうわけがない。
これまで一度だってあの人は言ってこなかった。
「本当の狙いは何かな?」
目的はそこまでズレてないと思う。
腐敗の進む第四師団が逆らえないくらい完璧な武力と権力を手にし、国境警備隊の第三師団に恩をうり、セイクリッド王国が戦火に巻き込まれても生き残れるくらい強くなる。
要は魔法に対する理解度が足りない、ってことか。
魔法に対抗出来るようになればパラシオ王国自慢の長距離魔法も恐れなくて済むし、帝国の圧倒的な軍勢を駆逐するような火力を手にすることも可能だろう。
それを手にした第二師団に逆らえる勢力が、果たして国内に残っているのか。
そもそもそこまで強大になる前に他国からの妨害が入る。
それを加味した上で一体何を求めている?
この国で最強の暴力集団を手にしたのに、それ以上を求める理由はなんだ。
「……ふーむ、わからん」
ダメだな、よくない。
ボクは昔からひたすら思考を回そうとする癖がある。
何かを考えるこの感覚が好きなんだ。
迷いも戸惑いも閃きも、それら全てを巻き込んだ末に導いた正解不正解が好きなんだ。
だから魔法というものに触れられるのはとても幸運だったし、そのおかげで天狗になっちゃったんだけど。
だから究極まで余裕のない生活をしていた。
そうすれば現実から目を逸らせると知っていたから。
「全く、優しくない……姉上は」
せめて毛布くらい用意してくれれば泣いて喜んだのに。
まさか何もないとは想像すらしていなかった。
隙間風が少し吹き荒ぶ物置は、廃墟よりはマシだった。
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