黄金騎士団三番隊


 吹き荒ぶ夜風に身体を冷やされながら、小さく炎魔法で保温して一晩。

 食事を摂った分魔力に余裕があり、多少の贅沢は許される。

 ふふっ素晴らしいね。

 こんなに温もりに包まれたまま寝るのなんて久しぶりだ。

 風が冷たいから気分は最悪だけど。


「……朝だなぁ」


 身を起こそうと頑張ってみたけどどうにもうまく動かない。

 気怠い。

 まだまだ寝ていたい。

 廃墟暮らしは活動すればするだけ損をするからずっと寝てたからね。

 その癖が今でも残っている。

 まあ意識だけは覚醒してるから実質起きてるみたいなものだし、アンスエーロ隊長も見逃してくれるだろう。

 実質起きてる。


「人生のんびりやっていこうってね。生き急いでもしょうがないさ」


 そしてもう一度睡眠に身を委ねようとゴロリと寝転んで、ガシャンとド派手な音と共に開かれた扉からビュウビュウ吹き荒ぶ風に身を震わせた。


「ほっ、ホヒョォ〜〜!」

「……起きてはいるみたいだな」

「おっ、脅されてたからね。寒っ、いや寒いな……冬眠しちゃうよ」

「大隊長からはお前が怠けようとした際死ぬ寸前まで痛めつけていいと命令を受けているが」

「いや〜いい朝だ。これほどまでに清々しい朝を迎えたのは何年振りかな?」


 やれやれ。

 確かに第二師団には女性が多い。

 それも美人が多い。 

 でもさぁ、ボクに対して辛辣な人が多いんだよね。

 姉上もそうだし、アンスエーロ隊長も早速ひどい扱いをしてくるようになった。

 確かに元浮浪者のろくでなしだけどもうちょっと人権意識というものをだね。


「今日は私の部下と顔合わせを行い、その後訓練。夕刻から大隊長に呼ばれているからそちらへ行くぞ」

「ふむ、ボクを過労死で抹殺するつもりみたいだ」

「安心しろ、この程度では死なん。魔力を持たない我々が厳しい鍛錬の末に死んでないのだから、お前は死なないだろう?」


 ふー……

 魔力を持ってるからと言って超越者になれるわけじゃあないんだ。

 皮肉げな顔で言うアンスエーロ隊長は魔力を持たないらしい。

 まあ人類の七割がそっち側だからそれは仕方ないことだ。

 ていうかこの流れから察すると、第二師団はそういう方針なのかな。

 ならボクが適任だったと言うのはあながち嘘じゃないかもしれない。


「まあ、死んでないんだから死なないと思うよ」


 それに。

 子供の頃に文字通り死ぬほど頑張ったけど死ななかったから、きっと大丈夫だと思う。

 それはそれとして努力はもう勘弁して欲しいしただ生きるだけの生命体に成り下がりたいだけなんだけど。











「あんたが噂の秘蔵っ子か?」

「ちょっとバロン、そういう言い方は……」

「いいじゃねぇか別に、仲間なんだし」


 そして連れてこられた訓練場にて待っていたのは五人のラフな格好をした男女だった。


 なんでアンスエーロ隊長は全身鎧に身を包んでるのかな。

 もしかしてまともな私服がないとか……? 

 鍛錬一筋で生きてきたから男が寄り付かなかったのかもしれない。

 かわいそうに、一宿一飯の恩があるから誰もいなかったらボクが婿入りしてあげるからね。

 そして養ってもらう。

 国外逃亡も全然受け入れるつもりだ。


「余計なことを考えているだろう」

「ボク程紳士で誠実な男はいないぜ」

「だそうだ。諸君、よく可愛がってやれ」


 一番最初に話しかけてきたのは先ほどバロンと呼ばれていた男性。


 髪色は金、この国に最も多い民族っぽい顔つき。

 軽薄そうな笑顔を浮かべている。

 だが身体つきは屈強そのもので、柔らかく見えるのはその表情だけだ。

 中々曲者って感じがするね。 


「よう、秘密兵器。俺の名前はバロン、バロン・カステルデフェルス。農民出身の平騎士だ」

「ボクはアーサー。アーサー・エスペランサ。元貴族の現没落貴族さ」

「やっぱ没落した時ってショックだったか?」

「まあまあだね。いやごめん、正直その頃引き篭もりだったからあんまり覚えてないんだ」


 エスペランサの名に動揺した様子も驚いた様子もない。

 田舎出身なのは間違いないし、農民出身っていうのも嘘じゃないな。

 少なくとも元貴族なんて地雷の多い相手に対しフランクに、それでいて若干舐めた態度で話しかけて様子を探る知性はある。


 ……っと、やめだやめ。

 こうやって考えても仕方ない。

 ボクの悪い癖だ。

 何でもかんでも考え込んで自分の中に答えを落とし込もうとする悪癖。


「バロン、あんた失礼すぎ! ええと、アタシはルビー・フロスト。ルビーでもフロストでも好きに呼んでちょうだい」

「わかった、ところで年齢は? あと彼氏いる? ボクと結婚しない?」

「──……は、はぁっ!? 何言ってんのこいつ!?」

「おっと、想像してたよりイカれてるっぽいな」


 バロンはボクのイメージをお高いものだと固定していたらしい。

 ふっ、残念だな。

 ボクは貴族の中でも筋金入りのアホだという自覚がある。

 ふざけてないと永遠に思考を回そうとしちゃうからね。

 糖分が足りなくてだらしなく物を食べ続けるようなこともしちゃうからやらないようにしたい、それを抑えるためにはとにかく無駄なことで行動と思考を埋めないといけない。

 中々難儀な性根を抱えてしまったものだ。


「ルビー、君は美しい。どうだい、ボクのことを養わない? 血統だけなら保証でき」

「フロスト。こいつは基本的に何も考えていないバカだ、真に受けるな」


 アンスエーロ隊長の殴打で世界が揺れた。

 頭頂部がズキズキと痛みを発している。

 これが生きるってことか……

 世の中世知辛いな。

 まさか求婚すら許されないとは。

 ボクは貴族だと。

 元だけど没落貴族だけど仮にも貴族だぞ。

 そんな貴族様の行動を阻害するとは貴様ァ〜、どうやら裁かれたいらしいな。


「有事には手を出していいと言われている」

「ならしょうがないね。ルビー、ボクは本気だからよろしくね」

「えっえっ」

「どう考えても適当に言ってるだけでしょう。私はフィオナ・アルメリア」


 この揶揄い甲斐のある女性がルビーで、ちょっと堅苦しそうなのがフィオナね。


 久しぶりに人と関わるから覚え切れるかが不安だ。


「………………ジン・ミナガワ」

「……東洋人?」

「ああ。そして喉が潰れていてな、話すのが得意じゃない」


 コクコクと頷いているあたり、性格はちょっと面白そうだ。


 珍しい黒髪だなとは思っていたけど、なるほど東洋人。

 子供の頃に一度戦ったあの子は元気かな。

 魔法使いの癖に独特な形をした剣を振り回してきた少女。

 当時のボクの敵じゃなかったけどね。


「よろしく、ええと……ミナガワ?」

「ジン」

「うん、わかった。よろしくジン」


 手を差し出してきたのでこちらもそれに倣って握り返す。

 ゴツゴツした手だ。

 女の子らしくない手。

 でもここの部隊はみんなそんな感じだろうね。

 よく見れば腰に剣を差してる。

 この距離で対面したらなすすべもないな。

 やるなら中距離から様子を見ながら──カットカット。

 変な方向に思考を委ねるのはよろしくない。


 自分の思考を逸らすためにジンから目を離して、残った一人のことを見る。


 何やら信じられないものを見たような目でボクのことを見ている。

 後ろを念のため確認したけどそこには不思議そうな顔をしたアンスエーロ隊長がいるだけ。

 改めて前を見た。

 ワナワナ震えながら右手を上げて、人差し指でボクのことを指差している。

 髪色は金。

 どちらかというとプラチナブロンドというものに近いと思う。


「────…………よ」

「うん?」


 何か言った気がするけど俯いてるから聞こえない。


 しょうがないな。

 ボクは心優しい男だからね。

 女性の手を煩わせる程野暮じゃあないんだ。


 聞き取るために前に足をすすめた。

 そして耳を澄ませて彼女が何かを言うのを待った。

 ふっ、紳士すぎるね。


「────決闘よ!!」

「ウワァーーっ!! 耳が!!」


 爆音で叫ばれたシャウトにボクは絶叫した。

 キーンと耳鳴りが止まず、フラフラ後退するボクのことなんて全く意に介さないまま、彼女は続ける。


「決闘よ、アーサー・エスペランサ!!!」

「え、ええと…………随分と急だね。ボクは騎士見習いですらないけど」

「忘れたとは言わせないわ!! 私のことをあんなに弄んで、あんなに辱めて……!! 絶対に許さないッッ!」

「聞き捨てならない情報が出てきたな」

「ちょっと隊長、もしかしてこの男かなりやばい奴なんじゃ……」

「……言うな。大隊長の弟だぞ」


 情報過多だ。

 後ろは後ろでボクのことをコケにしてるし、肩で息をする彼女はとても興奮しているように見える。

 う〜ん、ボクは生涯で一度も女性を弄んだことはないんだけど……

 自覚なしにやってたってこと? 

 もしかしてボクってそういう才能ある? 

 ちょっとやる気出てきたな。

 ホストに転職しようかしら。


 それはそれとして、ボクは彼女のことを覚えていない。

 プラチナブランドの知り合いはいる事にはいるけど、向こうはボクのことなんて覚えてないだろうし。


「ごめん、覚えてない」

「は、は、はあぁぁ〜〜〜〜!?」

「それどころか初めましてじゃないのかい? 悪いけど、ボクは君のような子と友人になったことはないんだけど」


 ────ん。

 少しだけ彼女の魔力が揺れ動いた気がする。

 へぇ、この部隊にもちゃんと魔力を持つ人がいるじゃないか。


 それを知るのが今じゃなければ少しは幸福だったかもね。


 プラチナブロンドのポニーテールを揺らしながら、彼女は強い瞳に怒りを滲ませて言う。


「私の名前はペーネロープ・ディラハーナ! なら思い出させてあげるわ、あの時の続きをしましょう!」

「その時のことをボクは覚えてすらいないんだけど……」

「むっ、ぐむむむむ〜〜!!」


 えぇ……

 今決闘なんかしてもボコボコにされるのが目に見えてる。

 だから正直勘弁してほしい。

 でも後ろの隊長の様子を伺ったら「受けろ」と言わんばかりの睨みだった。

 これで断れるほどボクに度胸はない。


 ふー……

 仕方ない。 

 絶対負けるけど受けるか。

 これでボクのヒエラルキーは部隊最下位に落ち着くわけだ。


 まあ仕方ない。

 それもこれも適当に受け入れて生きていこうじゃないか。

 いずれヒモになれるかもしれないし、死なないように頑張ろう。

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