浮浪者アーサー④


 突然だがボクは自他共に認めるもやしっ子だ。

 子供の頃は魔法も剣も極めようと飽くなき探求心を燃やし似合わない努力を重ねたが、ある少女にボコボコのボコにされてから努力はすっかりやめてしまった。

 お陰で割れていた腹筋はふにゃふにゃになったし元々無かった剣の腕は地に落ちたと言ってもいい。


 まさか大人になってダラダラ汗を流して走り回る事になるとは考えてもいなかった。


「ひい、ひい、ふう、ひい…………」

「……貴様、以前は浮浪者だったと聞いたが」

「そ、それで間違いないさ。ボクは紛れもない浮浪者で、はあ、野草と小動物のみを頼りに生きて来た魔法使い……ウプッ」


 息が苦しい。

 久しぶりに走り回ったからだね。

 今は身体に十分な栄養があるから問題ないけど、ああいう細々とした暮らしで急激な動きをすると回復しきれなくてマズいからしてこなかった。


 情けなく呼吸を乱し地面に横たわるボクに対し、アンスエーロ隊長はなんとも言えない微妙な顔で言う。


「なんというか……才能は感じない。だが、センスが無いようにも見えない。走り方、身体の動かし方、なんとも言えない感覚だ」

「ボクに才能はないからね。仮に才能があったのなら、こんな姿を晒すことはなかったと思うぜ」


 起き上がって息を整えた後、水魔法を行使して頭を洗い流す。

 冷水をいつでも出せるのが魔法使いとなってよかったことだ。

 幼い頃に必死になった価値はあったと思う。


「……フン。才能はない、か……」

「その通り。魔法に関して持て囃されたことはあるけど、それも年齢を重ねるにつれて化けの皮が剥がれてしまった。後に残ったのは情けない没落貴族というワケだ」

「腐ってもリゴール大隊長と同じ血を持つという事か」

「姉上が異端なんだ。エスペランサ家は魔法使いを輩出する事はあってもゴリゴリ武闘派の騎士は出たことがない。魔力が無ければ先祖返りに期待して嫁に送り出されるのがオチだったのをたった一人で覆した、それがあの人だ」


 我が姉ながらつくづく化け物だと思わされる。 

 ボクはこんなにも無力感に苛まれていると言うのに。


 完全に今日の労働は終わったと油断しているボクに、アンスエーロ隊長は無言で木剣を差し出して来た。


「……えー、これはつまり?」

「剣を握れ。貴様の基礎体力、センスはある程度把握した。翌日からのメニューを考える最後のピースに剣の腕を知る必要がある」

「一応ボクは魔法使いとして雇われた筈だけど」

「建前上はな。だが私の部下になったのだから、私の求めるレベルには至ってもらわねばならない」


 正論だね。

 ボクは国を守る騎士団に所属した。

 それなのにいざ戦いが起きた時、魔法しか使えませんと言い訳をして近接戦闘が出来ない無能のままでは困ると言う事。

 ボクでもそのくらい努力しろと言い放つだろう。


 木剣を受け取って、その重さに僅かによろめく。

 懐かしい重さだ。

 でもあの頃より軽い気がする。

 流石に大人になったから筋力の違いもあるし、それでも子供の頃の全盛期に比べたら全然ダメだけど、ちょっとは良い事もあったみたいだね。


 軽く素振りしてみたけど、今の僕にこのじゃじゃ馬を扱いきる力はない。

 疲労でプルプル痙攣する腕がそれを証明していた。


「……構えろ。打ち込んで来い」


 堂に入った構えをして、アンスエーロ隊長は待っている。


 期待を裏切ってしまう事を悪く思いつつ、ボクは剣を両手・・でしっかりと握り締めた。











(……この男が、リゴール大隊長の弟)


 汗を洗い流し気怠そうに立ち上がった青年を見て、自身の敬愛する上司の肉親であるという事実に半ば疑念と怒りを抱きつつ、黄金騎士団オロ・カヴァリエーレ三番隊隊長のカミラ・アンスエーロは足を進めた。


 カミラは叩き上げの騎士だ。

 国境近くの旧式要塞──セイクリッド王国では石造りではない土を用いられた要塞を指す──に配備されていた当時、領土侵攻してきたオスクリダ帝国の騎士団との戦闘になったことがある。

 要塞の六割が消失する程の激しい戦いとなったが、そこで倍以上居た敵騎士団を駐在員僅か五名だけで殲滅。

 その内四名は死亡し、たった一人の生存者となった彼女もまた傷が深く死を待つのみとなっていた所に現れた一人の女騎士に救われて今がある。


 ゆえに、その恩人──フローレンス・リゴール大隊長がわざわざ隙を晒してまで入隊させた浮浪者にそんな価値があったのかと、思わずにはいられなかった。


 セイクリッド王国は腐敗が進んでいる。

 貴族社会の緩やかな衰退と私腹を肥やす典型的な上位層、品質が落ちる国内の生産品を毛嫌いし他国へのブランドを夢見てそちらへ多大な金銭を流すため国内に金が落ちて行かず状況は悪くなる一方だ。

 それは国を守り盾となる筈の軍部でも変わりなく、特に第四師団は酷い有様だった。

 第二師団は比較的クリーンな組織だと思っているが、他の組織からの牽制も強い。

 隙を晒せばそれだけ介入する理由を生んでしまい、国を守ることすら出来なくなってしまうかもしれない。


 それなのに、そのリスクを冒してまでこの男を入隊させた理由をカミラは理解できていなかった。教科書通りの未熟な構えで剣を振り下ろしてくるアーサーを見ても、理解できるものでは無かった。


「ふ、ふぅっ……ハハ、腕がパンパンだ」


 こちらの視線に気が付いている癖に、それでも余裕だと言わんばかりの口調を崩さないその姿勢にはいっそ感銘すら覚える。

 見栄を張っているのか、それとも単にそういう性根なのか。

 付き合いの浅いカミラにとってそれは大事な事ではない。

 事実として、その在り方が他者を苛立たせるものだと理解した。


(これが……この国を、我々を救う手段だと。そう仰るのですか、リゴール大隊長)


 少なくとも、この程度の男に頼らなければならない程弱く等無い。

 黄金騎士団オロ・カヴァリエーレは不滅の騎士団だ。

 古くから続く伝統的なセイクリッド王国の戦力で、その名は国内外に轟いている。

 第二師団の中に組み込まれた少数精鋭の実力派集団であり、ゆえに王都に配備されている。

 我々こそが最後の盾であり、この国を守る光だと象徴するために。


 光る原石であれば何でもいいとなりふり構わない戦力増強に努める方針に転換してからはその数を増やしたが、それでも多くは無い。

 総勢100名程度の小さな軍団でありながら第二師団最強戦力と呼ばれているのがその実力を物語っている。


 だからこそ、カミラは困惑した。


(なにもない。この男には、何も……)


 剣の腕は凡人だ。

 訓練すれば少しは伸びるかもしれないが、この黄金騎士団で戦い抜けるようなものではない。


 体力は悪くない。

 それでも成人男性として考えれば物足りないだろう。意外と根性があるように見えたが、それは誰しもが持ち合わせているものだ。


 そして何より────光るものを一切感じない。


「あっ」


 剣を弾き飛ばした。

 二十年近く剣を握って来た彼女にとって身体の一部と言ってもいいソレは達人の領域に達している。

 素人の剣を無抵抗で弾き飛ばし無力化することなど造作もない事だった。


「……把握した。今日はここまででいい」

「ふむ……うん、わかった。余計な時間を取らせてすまないね」


 弾いた剣を回収して、訓練場備品室に入り一人になったカミラは考える。


 一体何が目的で奴を入隊させたのか。

 語る通り魔法だけを目的にしたのだろうか。

 もしそうならば、圧倒的な天才でもない限り役に立てることは無いだろう。

 第四師団は腐敗しているがそれでも魔法使いを中心とした戦力だ。

 何度も模擬戦を行い殺傷のギリギリまで全力で戦う事もある。

 その中で黄金騎士団は一度も敗北したことが無い。

 生半な魔法使いでは熟練の騎士を止められない。

 それがカミラの結論だった。


(幼い頃は神童だった、か……)


 現状はともかくとして。

 リゴール大隊長の判断が誤っていないものだと考えるならば。

 必ず役に立つ場面がある、もしくは入隊させること自体に意味がある。

 それに探りを入れるべきだとカミラは判断した。


「まずは情報を搔き集めなければな」


 リゴール大隊長の旧姓、エスペランサ一族。


 その輝かしい栄光と没落。

 そして最後に残されたアーサー・エスペランサの過去。

 意見を出すのはそれからでいい。


「……何をしている」

「何って……水分補給さ。牢獄で食事を摂れたお陰で魔力もそこそこ回復したからね。魔力抽出機に吸われたけれど、ただ水を生み出す位なら問題ない」


 指先からダバダバ水を垂れ流しながらそれを口に含むアーサーの姿に嘆息した。


(前途多難だな、この国は)


 

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