第27話 う
ここにきてから15年。
私は22歳になった。
「よし」
未だにたまに来てくれるネイリへの手紙と、昔に森で拾った小さな杖を机に置く。
準備していた持ち物を整え、扉を閉じる。
私は今更外に出てみることにした。
ずっと同じような事ばかり考えるだけだったけれど、ふと思い出した。ラヒーナは将来戦争が終われば海に行こうと言っていた。
ついでにいろんな場所を見てみようかと考えている。
私達の成長したあの施設とか。今まで行ったことのある戦場とか。
割と衝動的な動きで、ネイリにこの計画を言う機会はなかったけれど、大丈夫だろう。彼女は私がいなくても、もう全く問題はないはずだし。友達の私よりも大切な人を彼女は何人も抱えているし、彼女を助けてくれる人もたくさんいるはずだから。
ネイリと当分、会う機会がないのは少し悲しいけれど。
いつも散歩している道を越え、さらに向こうへと歩く。
私の住んでいる場所は街の中心部からは外れていると言っても、そこまで淵に住んでいるというわけでもない。
歩いていれば、少しずつ居住区が減って、たくさんの工場があらわれる。何を作っているのかは知らないけれど、きっと重要なものなのだろう。
さらに進めば、穀倉地帯が広がる。街の外縁部の大部分がこの穀倉地帯で、ここだけで魔法使いの食糧はすべて賄えるらしい。
もしも今のこの国が普通の人だけであれば、食料危機だったかもしれない。普通の人は魔法使いの数倍は食べるという話だから。
ここは元々、ネイリと歩いた道でもある。
今はもう昔のことで、あの時の景色とは大きく違っているけれど、時折面影があるような感じはする。
そうしているうちに壁が見えてくる。外敵を跳ね除けるために作られた大きな壁。今の技術力を集結して作られたらしい魔法が込められた魔導具によって数日のうちに作られた。
将来的には更なる領土拡大や移転も視野に入れてるからこその、魔法で作られた壁らしいけれど、その時まで私は生きてはいないだろう。
この壁を越えるにはどうすれば良いのだろう。
空から越えようすれば、対空兵器に撃たれたり、警備隊に捕まるらしいとは聞いた。
とりあえず素直に近づけばいいか。
「外に出たい? いやー、やめておいた方がいいんじゃないかな」
すんなり通してくれるかと思ったけれど、そんなことはなく、警備隊の人に止められる。
警備隊の男は、おそらく親切心で私を止める。
無視していくわけにはいかない。ここ以外に壁の中と外を通り抜ける道はないし。
「外は危ないよ? 昨日だって魔法生物があたりをうろついていたし」
「なんとかします。大丈夫ですよ」
どれぐらいの強さの魔法生物かにもよるけれど、まぁ逃げるだけなら何とかなるはずだし。それに、魔導兵に比べればまだましだと思う。
「そんな甘くないって。それに外に行く必要だってないだろ?」
「まぁ、そうですけれど」
必要はないと言えばないのかもしれない。
でも、この国に湖はあれど、海はないし、それこそ戦場なんてない。
「でも、外に行かないと」
「じゃあ魔法生物に襲われたとして、何とかできるのか?」
「どうですかね。多分、大丈夫ですけれど」
彼を説得するために言った言葉だったけれど、楽観的すぎると見られたようで、怪訝そうな目を私に向ける。
焦って私はさらに言葉を続ける。
「ほら、何度も戦ったことありますから。逃げるくらいならなんとかしますよ」
私の言葉に、彼は少し驚いたように目を見開く。
「……そうか、あんた戦争世代か」
その呼び方をされるのは初めてかもしれない。
私達、戦争に行っていた魔法使いをそう呼ぶことは知っていたけれど。
もう戦争を知らない人のほうが多くなってきているとは聞いた。それは多分、良いことなのだろう。あんな怖い場所のことは知らない方が良い。
私が戦争世代だと知った途端、彼は私への説得を諦め、扉を開けてくれた。
「言っておくけれど、ここから出たら、俺も、俺の仲間もあんたを助ける義務はないからな」
「わかってます。通してくれてありがとう」
「その、まぁ、気をつけてな」
壁の外はここに来た時とそこまで変わっていないようだった。
前よりも草木が多いような気がするけれど。
街で買った地図を頼りに歩みを進める。
最初は飛行魔法で飛んでいこうとしたけれど、空に浮いた瞬間に小さな魔法生物達に襲われてしまった。特に強いわけじゃなかったけれど、大量に仲間がやってきてかなり苦労した。
あれ以来、飛行魔法は最小限にしようと決めた。
歩いているうちに私の知らない魔法生物もたくさん現れた。
本にも載っていなかったし、戦場でも見かけなかったような奴が。
古い世代の魔法生物か、それともこの15年で現れた新世代かもしれない。
大きな角に折りたたまれた羽を持つもの。
触手が球体のような形態をとっているもの。
毛むくじゃらの細い手足をしたもの。
けれど別にどれも積極的に私を襲ってくることはなく、たまに襲われるときも、逃げていれば追ってくることはなかった。きっと彼らの生存領域に入らなければ、特に襲われることもないのだろう。
それよりも私の気を引いたのは、はるか遠くに見える渦巻く雷雲だった。
もう数日はずっとあるけれど、一向に弱まる気配はない。それに加えて、うっすらと魔力の気配を感じる。
この距離で魔力を感じるということは、かなりの魔力があそこで動いている。
そんなことのできるものは竜しかいない。
竜は戦争が終わって、どうしているのだろう。
他の魔法生物のように自らの生存権を確保しているのだろうか。
でも、竜の強さなら特に怯えるべきものはないはずだけれど。
竜を脅かすなら、それこそ巨大な魔導戦艦が何機も必要だし、それでも強い竜には勝てないだろう。
思えば、あの竜達も普通の人たちが生み出したものになるのか。
竜も魔法使いもそう変わらない。
竜達は知っているのかな。自分たちが造られた生物兵器だって。
もしも竜に生まれれば、どうしていただろう。
あれだけ強ければ、悩みなんてないのかな。
多分、そんなことはないんだろうけれど。
結局雷雲が消えるまでは、それから数日を要した。
消えるときは一瞬だったけれど。
晴れやかで、穏やかな風のある草原を進む。
食料や水には今のところ困ってはいない。かなり余裕をもって持ってきたのもあるし、現地調達の方法の書いた本も持ってきたし。
こうして歩いていると、なんだろう。いつもよりも思考が軽い気がする。
壁の中のあの家にいると、いつもラヒーナのことやネイリのことばかり考えていたけれど、外ではその余裕も少ない。つもり、あの家では私は暇だったんだろう。暇ったから、彼女たちのことばかり考えていた。
それでも、寝る前にふと思う。
恋って、なんだろうって。
ラヒーナの、ネイリの言葉を思い出して。
けれど、考えないようにして、目を閉じる。
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