第26話 わ
ここに来てから10年。
私はもう、17歳になった。
一番上の人は28歳になって、寿命で死んでしまう人も増えた。
対して、普通の人はもういない。
たしか1年ほど前に、魔法使いの寿命は普通の人よりも大分短いという情報が出回った。普通の人は、私達を作るときに魔力を扱い、魔法を使えるようにした。その代償として、私達は少ない時間で、命を燃やしつくす。
噂では、普通の人には何もできない赤ちゃんという時期があったり、年をとれば動けなくなる時期があるらしい。
私達には、どちらもない。生まれてからずっと戦うために作られた私達には。
それが判明して以降、普通の人の味方をする人はどんどん減っていった。元々、減少傾向だったけれど、それを気に大きく数を減らした。
そして、それから半年ほどたった時に、普通の人は全員死んだとされる情報が回ってきた。理由は書かれていなかったけれど、多分誰かが故意的に殺したのは間違いない。もしかしたらもっと前に全員死んでいて、今ならそれを公開しても大丈夫と思ったから公開したのかもしれないけれど。
今ではもう普通の、魔力を扱えない人がいたなんて知らない世代も増えた。
魔法使い達が自力で生み出した子供たちは、そんなこと知らない。もしくは気にしてすらいないだろう。
魔法使いの子供たちは、割と普通の人と似ているらしい。赤ちゃんという何もできない時期が半年ほどあったり、身長の伸びも穏やかで、完全に大人になるのに10年以上はかかるという見込みだと聞いた。
ネイリも、2年ほど前に子供を儲けた。
彼女が来ることはもうほとんどなくて、子供を儲けたという情報も手紙で知っただけで、その姿を見たのは半年ほど前。久しぶりに来たネイリは、手の中に小さな生き物を抱いていて、それが子供だということに気づくのに数秒かかった。
ベニという人とはうまくやっていることが、時折送られてくる手紙の中に綴られている。楽しそうにしているようで、とても良かった。もう私が何かをする必要もない。
私が助けなきゃと思っていた彼女はもういない。いや、きっと元から彼女には誰の助けも必要ではなかったのかもしれない。
まぁともかく私の決断は間違っていなかった。彼女は、彼女を大切に思ってくれる人と、幸せになることができたのだから。これからも、幸せで居続けてくれることを願っている。
多分もう、彼女が私と大きく関わることはない。
それでも、ネイリと私が友達ということには変わりない。
ネイリは大きく変わり、この国も大きく変わった。
なのに、私は何も変わっていない。
たまに散歩をしに行くようになったぐらいで、他の生活は何も変わっていない。
味もしない食べ物を口に運び、昼も夜もただ遠くを眺めているだけの生活。
部屋も、ここに来た時からほとんど変わっていない。
私の杖と服ぐらいだろうか。一応、散歩で近くの森に行ったときに拾った小さな杖もあるけれど。
誰かの杖ではあると思うのだけれど、もう数年は放置されてそうな感じだったから思わず拾ってきてしまった。なんというか、その杖は強大な魔力が秘められているような気がして。
けれど、調べてみても、特になにか術式が込められているわけでもなく、ただ魔力操作を簡略化できるぐらいでしかないようだった。というか、多分これは魔法使い用の杖じゃなくて、魔法生物を操作するための杖だと思う。
そんなもの私には何の価値もないのだけれど、なんとなく昔を思い出すものを置いておこうと思ったのか、置いてある。使うことはないけれど。
この小さな杖を眺める時間も増えた。
この杖の所有者は何を思っていたのだろう。
きっとこれを使っていた人は魔法生物使いという人たちで、彼らは魔法使いが現れる前に戦っていた人達らしい。正確には、私たちが造られるまでだけれど。
彼らは別に普通の人と変わらなかったはずなのに、戦場にどうして出てこれたのだろう。魔力が使えないということは、身体強化魔法も使えないし、もちろん空を飛ぶことも難しい。
魔法生物を操作できるとはいえ、それで戦場にでるなんて、私には想像できない。彼らに比べればたくさん魔法が使える私ですら怖くて仕方なかったのに。
もしかしたら怖がっているのは私だけだったのかもしれない。ラヒーナは怖がっている素振りはなかったし。
そんなことは多分ないんだろうけれど。
怖くない人なんていない。
ラヒーナだってきっと恐ろしかっただろう。
昔の私は彼女を特別視しすぎていた。
彼女も普通の人だってことに私は気づけたはずなのに。いや、気づいていたはずなのに、私は見ないふりをしていたのかもしれない。
ずっととても強くて、私を助けてくれて、いつも優しかった。そんな彼女が死ぬわけないと私は確信していたし、考えることもしていなかった。それは彼女を特別だと思っていたからなのかもしれない。
それがネイリの言う恋、なのだろうか。
過去にふけるたびに、ネイリの台詞がよみがえる。
彼女は私がラヒーナに恋をしているといった。今もしているって。
本当にそうなのだろうか。
でも、ネイリの言う恋は、誰かを特別、大切に思う気持ちだと言っていた。
私にとってはラヒーナもネイリも、どちらも大切だったし、どちらも特別だとしか言えない。でも、もし仮に片方か助けられないとしたらどうだろう。私がどちらか選ばないといけないとしたら。
……多分、ラヒーナを選ぶ気がする。悩むだろうし、きっとその選択を後悔することになるだろうけれど、私はラヒーナを選ぶだろう。
そういう意味では特別なのかもしれないけれど。
私の感情は、ラヒーナやネイリのように強くはないのに。
それでも恋と呼べるのかな。
ネイリにとって私への気持ちというのは、軽く流せるものではなかった。だからこそずっと私に会いに来てくれていたのだろうし、私に答えを求めていた。
私が思いを踏みにじってしまったときには悲しい顔をしていたし、きっと私に同じような感情を返してほしかったんだろう。
ラヒーナも思い返してみれば、私が大切だといったとき、とても緊張しているように見えた。それに加えて、私が言葉を返せば、とても嬉しそうだった。
あの時、私がラヒーナのことを大切かはわからないと言えば、ネイリと同じような悲しい顔をしたのかもしれない。彼女が私に恋をしていたとおもうのは驕りだろうか。
でも、2人の言葉にはどちらも熱があった。暖かくて、力があって。
私はとても小さな火しか持っていない。
私だって彼女達のことは大切なことに変わりはない。
けれど、私はきっと彼女達が大切だと自分から伝えるようなことはなかっただろう。もしも彼女達が他の人に恋をしても、私は祝福を返すだけな気がする。
少なくともネイリの時はそうだった。
ラヒーナへの想いが同じかはわからない。
彼女はもういなくて、彼女のことも朧気になっているから。
ラヒーナは私の思い出の中にしかいない。もうみんな忘れてしまったかもしれない。毎日のように思い出す私ですら、こんなにも忘れているというのに。
でもなんでだろう。
最近は、本当はラヒーナが生きているんじゃないかって気持ちがまた再燃している。そんなわけがないのにはわかっているのに。
彼女はもういなくて、もう一生会うことはできない。
それはわかっているのに、朧気な記憶の中のラヒーナが死んでしまうことなんて本当にあるのか。そんな風に考えてしまう。
私はまだ彼女に別れを言えていないからだろうか。
あの時の彼女がいなくなったことを受け入れられない私は、まだずっと私の中にいるということだろう。年を重ねて、現実が見えてきてしまっても、私はまだずっとあの施設に囚われているままで。
みんなが成長して、先に進んでも私は何も変わらないままで。
ただ毎日、同じような事ばかり考えて、何も結論が出ることもなく。
また今日も日が暮れる。
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