第25話 こ
私が13歳になった贈り物の日。
久しぶりにネイリがやってきた。最近はもう彼女が来る回数も減っていて、もう3ヶ月ぶりぐらいになるだろうか。
「久しぶりです」
「久しぶり。ネイリももう7歳だよね?」
いつのまにかそんなに時が経っていたのかと、歳を重ねるたびに思う。ここに来てからもう6年。
この6年で状況は変化して、魔法使い達の知識も増えて、人口も増えた。でも私は何も。
「お湯とこれしかないけど」
「ありがとうございます」
多分、ネイリが普段食べているものに比べれば少しも美味しくないのだろうけれど、彼女はいつも楽しそうに食べてくれる。昔、彼女が連れてきた友達の口には合わなかったようで、残してしまっていたけれど。
「ルミリアは恋って知ってますか?」
「あんまり。聞いたことあるくらい」
それは最近流行っている物語の中で登場するものらしいとは聞いた。
何なのかはよく知らない。
「それは感情らしいです。私達には教えられなかった感情で、特定の人をとても好きになったり、大事に思う感情なんですって」
「へぇ……」
そんな感情があるんだ。
魔法使いには備わってない感情だろうか。
いや、でも。誰かをとても大切に思うって。
その感情なら知っている。私はまだ実感できていないけれど。
「そうです。きっと私はルミリアに恋をしていました」
そう語り私を見つめる彼女の目を私は見ることができない。
私はこの話が苦手だから。
「それは、わかるものなの?」
「はい。他の人には感じないものですから」
ラヒーナも同じように感じていたのだろうか。
私は、どうなんだろう。ラヒーナに対する感情とネイリに対する感情は違うと言えば違うけれど、そんなの相手が違うから当たり前なんじゃないのかな。どちらかが恋だというのだろうか。
「それですね。お互いが恋をしている人たちのことを恋人、というそうです。ずっと一緒にいようみたいな約束、みたいなものらしいですね」
「そうなんだ……ん? それぐらいなら今までもあったんじゃないの?」
「はい。ただそれに、名前が付いただけなんですよ」
それこそ子供を作った人達なんかはそんな感じのことをしていたはず。あれにも名前があるのか。
子供を2人作って、各々で分けた人もいるらしいけれど、そういうのは恋人ではないということなのだろう。
そういえば、どうして普通の人は、魔法生物に繁殖機能をつけたのだろう。戦うためだけならいらない機能なのに。
「それでですね」
ふと思い浮かんだ疑問もほどほどに、ネイリが本題に入る。
彼女はいつになく緊張した様子で、私を見つめていた。いつかと同じような表情で。
「最近、恋人になりませんかって、言われたんです」
「それは、よかったね」
良いことでいいのだろうか。
こんなこと私が言うのはとても酷いことなのかもしれないけれど。
でも、彼女を大切に思う人がいるなら、それは良いことなんじゃないか。
「本当に、良いんですか?」
「良いんじゃない? ネイリがその人のことをどう思っているのかにもよると思うけれど」
もしもネイリがその人のことを嫌いならあまりよくないかもしれない。
ほとんど人と関わりのない私でも、面倒くさいことになりそうなのは容易に想像できる。
「言ってくれたのは、ベニです。覚えてますか?」
「覚えてるよ」
もう大分前になるけれど、友人だと言ってネイリが連れてきてくれた人で、ぱっと見悪い人には見えなかったけれど。
まぁ彼女にはここはあまり合わなかったようで、それ以降見かけたことはないけれど。それでもネイリの会話に時折登場するから覚えている。
「良い子だよね」
「はい。私も好ましく思ってはいます。でも」
「でも?」
そこで言葉を区切るネイリに次の言葉を促す。
けれど、彼女は沈黙を保つ。
「私は」
彼女は今にも泣きだしそうで。
「私は、ルミリアが好きなんですよ……好きって言ったこと、覚えてないんですか……」
突然のネイリの小さな叫びに私はうまく答えられない。
感情が、強い感情が私に。
私は持っていないものが。
「今でも……好きなんですよ……?」
それはとてもありがたいこと。
でも、それにどう返答したらいいのか、私はわからない。
「あの時の返事を聞きたいです」
「……ネイリ」
「私のこと。どう、思ってますか?」
どう思っているのか。
どうこたえるのが正解なんだろう。
私はネイリをどう思っているか。
「好き、だと思う」
でもきっとそれは彼女の求めるものとは違う。
私は彼女に何も返すことはできない。
きっと私は。
「でも、恋、じゃない。恋なんて、知らない」
沈黙が場を支配する。
けれど、他の答えはなかった。
他の言葉を使うことはできない。
「そう……ですか」
「うん。ごめんね」
「い、いいんです。わかってましたから」
ネイリが泣いてしまうのではないかと思っていたけれど、彼女は小さく笑っていた。けれど、それが無理をしていると気づかないわけがない。
私はこの6年、ずっと彼女が持っていた思いを踏みにじったも当然だ。でも、そ知らのほうが良いはずだから。彼女にとっても、私にとっても。
恋と呼ばれる、誰かを特別に思う気持ちを私は抱くことができないだろうから。
彼女は、彼女を大切に思ってくれる人に集中したほうがきっといい。
「はぁー……やっぱり、だめですか。わかってました。わかってたんですけれど……」
「ネイリ、ごめんね」
「なんでっ、先輩が謝るんですか……」
ネイリの目から雫が溢れる。
私が泣かせた。私の小さな心のせいで。
もしも彼女に悪いところがあるとするなら、私なんかに恋をしてしまったことだろうか。もしも、私が恋をできたら。
ネイリに恋をしただろうか。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけないじゃないですか……でも、すっきりしました。ありがとうございます。答えてくれて」
「それなら、いいけれど」
声を抑えて泣いたネイリはしばらくすると落ち着いたようで、普段の様相に戻っていた。戻っているように見えた。
「ネイリ、私は……友達では、あるつもりだから」
ネイリとの関係を説明をするときに、その言葉が一番しっくりくる。
だからと言って、ラヒーナと同じかと言われたら、それはまた違うのだけれど。
「……私もですよ」
「ありがとう」
「あの、今日はもう帰りますね」
そう言って玄関前に立つ彼女にふと疑問に思って問いかける。
「あの、さ。どうしてわかっていたの?」
「はい?」
「その、私が恋をできないって」
私のこの感情に関して話したことはなかったはず。ずっと、私の中に秘めていたはずなのに。
すると彼女は少し笑って。
「そんなの簡単ですよ。ルミリアは、まだ私の前で笑ったことないですよね」
「それは……」
「わかってます。別に嫌じゃないってことぐらいは。でも、忘れられないんですよね? 一緒にいた子のこと」
どうしてラヒーナのことが今ここで。
「彼女にまだ恋をしているんですよ。だからきっと、恋はできない。そう思ったんです」
「そう……そうなの?」
ネイリにそう言われても、言われていることがよくわからなかった。
そう言われればそうな気もするし、そうじゃない気もする。
「まぁ、私の考えでしかないですから。それでは」
そう言って、彼女は街のほうへと消えた。
私の中にはネイリの言葉が、反芻して転がっている。
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