第24話 べ

 私が10歳になるころ、街には壁ができた。

 最新魔法研究の成果だとかで、街を魔法生物や魔導兵から守るために壁を構築された。かなり大きなこの街よりも一回り大きく囲うように作られている。

 大きな壁だけれど、魔法で構築されているから、構築期間は10日ほどだった。

 これでもう魔法生物と戦う人も少なくて済むようになった。


 戦いしか知らない魔法使い達はみんな、新しいことを始めている。

 最近はもうだれでもお金というものを扱うのが当然になりつつあるし、そのために様々なことをしている。色々な方法でお金を集めて、色々な娯楽を買う。

 普通の人のような生活をみんなしている。

 本来のこの場所の主である普通の人のことなんて、誰も口にはしない。

 もうみんな、忘れてしまったのかもしれない。


 前までは普通の人を助けようとする人達もいたようだけれど、もう彼らが戸を叩くこともなくなった。きっと彼らも、自らの両親のために動いていたのだろう。

 私たちはもうみんな両親がいないことを知っているから。


 2年ほど前から情報誌というものが流通するようになった。

 それには、色々な情報が載っていて、魔法使い全員に配られる。私の家の前にも時折おかれている。

 生活規則や、罰則といった基本情報から始まり、最近の研究結果や調査結果などについても書かれている。調査結果のところには時折ネイリの名前も載っていたりしている。


 周囲に作成される壁。

 魔力の立ち昇る壁。

 新たに作られる建物。

 あたらしくここに来た魔法使いの数。

 子供の作り方。

 新しい学問。

 新しい娯楽。

 様々なことが書かれている。


 そして一年半ほど前に公開された情報は、魔法使いの生まれについてだった。

 魔法使いは、というよりも魔力を扱えるすべての生物は魔法生物研究の果てに生み出された産物で、両親なんていないという話だった。科学の発展よって生み出された人口生命体、それが魔法生物で魔法使いはその一種類でしかないということらしい。


 その話はとても衝撃的だったようで、魔法で暴れる人が現れたり、地下にいる普通の人を殺しにいこうとする人も現れたとか。

 もちろん信じない人もいた。私達は両親の記憶を持っている。でも、きっと嘘なのは両親がいたという記憶のほうだろう。魔法使い達の両親の記憶は全員が優しい両親だったと答える。けれどもう私は知っている。人がそう全員優しいわけがないって。


 それを発表したのは調査班の人たちだった。

 ネイリも名前が載っていて、なんだかすごい人になったなぁと思ったけれど、直接祝う気にはなれなかった。

 彼女はとても両親と会うのを楽しみにしていたから。


 それがいないと自分の手で暴いたのだから、あの時彼女はとても落ち込んでいた。いや、私の前でそんな様子は見せないようにしていたけれど、隠しきれていなかった。

 私は彼女をあの時止めるべきだったのだろうか。

 でも、それをできるほど私は彼女に干渉できなかった。なんだか縛ってしまっている気がして。

 その時ぐらいからだろうか、彼女がここに来る頻度が下がってきたのは。


 今では時折姿を見せる程度になっている。

 それは多分、私が食料を作るようになったことも関係しているんだろうけれど、なにはともあれ彼女が私を気にかけなくなったことは良い兆候だろう。


 このまま私を忘れてくれれば。

 そうでなくとも、数いる友達の1人になれればいい。

 大切だなんて、そう思わなくていい。


 そう、願っているのだけれど。

 なぜだろう。少し、悲しくもある。


 私は……なんだかんだ言って、大切だと言われてたことが嬉しかった。

 友達でいてくれたことが嬉しかった。


 でも、私の願いは変わらない。

 私は、私を大切だと言ってくれたネイリのことを忘れることはないだろうけれど、彼女には私を忘れて欲しいと願う。


 まぁ一番大切なことは元気でいることかもしれないけれど。

 両親がいないと暴いて以降は落ち込んでいたネイリもここ半年はとても元気そうだった。昨日来たときは、次は友達を連れてきてもいいかと聞いてきた。

 断る理由はないけれど、特に何もないここにきて楽しいのだろうか。


 多分、楽しいんだろうな。

 それは友達と一緒だから。

 誰かと何かをするということは、その行動に意味がなくても、強い感情を抱けるものなのかもしれないということに最近気づいた。


「やっとできた」


 考えごとをしているうちに、機械が音を立て、庭で育てた植物が緑色の塊へと変わったことを告げる。

 植物を機械にいれて魔力を流すだけだが、これが少し時間がかかって困る。

 それに特段美味しいというわけでもない。


 でも、今食べている物は、施設で食べていたものよりも断然美味しい。

 けれど、あの時食べていたもののほうが私は好きだった。きっとそれは、あそこにはラヒーナが、ネイリがいたから。

 特にラヒーナと夜空を眺めて食べた時が一番美味しかった。

 それこそお菓子なんかよりもずっと。


 今もラヒーナがいてくれたら、また何か変わっていたのだろうか。

 彼女を思うとやるせなくなる。

 彼女は両親や友達、国のために戦っていると言っていた。

 でも、両親なんていなくて、国も私達をだまして戦わせていたようなものなのに。

 なら、彼女の戦いはなんだったのだろう。彼女の喪失は何のために。


 友達のためだというのだろうか。

 彼女は友達のために戦いにいったというのか。

 ただそれだけのために。


 ラヒーナはそれを許してくれるのかな。

 ……きっとそれでもいいって言うんだろうな。


 でも、本当にそれでいいの?

 ラヒーナ、答えてよ。それで良かったの?

 友達のために命の投げ出して、それで帰れなくなって良かったの?


 私は。

 私は、嫌だったのに。

 彼女が死んでしまうことが嫌だった。


 彼女が国のために死んでしまうなんて、やめて欲しい。

 だって、国は私達を助けてはくれない。ただ死地に追いやっただけだから。


 両親のために死んでしまうのも嫌だ。

 だって、両親なんていないんだから。

 

 友達を見捨てでも帰ってきてほしかった。

 だって、ラヒーナの友達は、私にとっては別にどうでもよかったし、それに私の友達はラヒーナだけだったんだから。


 でも、何よりも一番いやなのは、私のために死ぬこと。

 私のために命を投げ出さないでほしい。だって、彼女には私よりも長く生きていて欲しかったから。

 私よりも早く死のうとしないでほしかった。

 

 こうやって、味のしない食料を無心で口に運びながら、まばらに降る雪を見ているとラヒーナのことばかり考えてしまう。いや、何をしていても。

 いつの間にか、私の中に巣くっていた色々な事への好奇心は消えて、今も残っているのは彼女への疑問だけになっている気がする。


 いつも遠くを見るたびに、夜に目を閉じたときに、朝日を見たときに、彼女がどう思っていたかを考える。もうそれを知る機会は二度とない。

 

 彼女が死んでから、なんとなくどうして生きているのかを忘れてしまった。ネイリを助けようとしていたのも、その現実逃避と言えばそうなのだろう。

 私は別に1人でいることは苦ではなかったはずだけれど、どうにもラヒーナがいない世界でどうやって息をしていたかうまく思い出せない。

 こんなにも独りというのは寂しいものだったっけ。

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