第21話 び
食料を見つけて安心したのもつかの間、ずっとここにいるわけにはいかないと思いなおす。
ここは住めるような場所じゃないし、それにこの草原を跋扈する魔法生物達も気になる。彼らが人の手を離れている状況はあまりよくない気がする。
人の手を離れた魔法生物がどのような生態なのか、あまり詳しくはないけれど、もしかしたら人を襲うようなものもいるのかもしれない。
「明日はどこに行ったらいいんだろう」
「そうですね……やっぱり人の多くいる場所、ですよね?」
「そうだね。まぁ、なるべく怖い人がいないところが良いけれど」
特に殺人を犯すような人がいるところは怖い。
でも……私達のいた施設以外にも、あんなふうに内部崩壊したところもある気がする。だって施設は100個ぐらいあるらしいし、そのほとんどが食料難に見舞われているわけで、私たちのいたところだけが特別だなんてことがあるのかな。
「地図とかないかな」
「あ、見つけましたよ!」
ネイリが意気揚々と鞄から地図を取り出す。
私もこれで次に行くべき場所がわかるかと思ったけれど、地図を見ても自分たちのいる場所がわからない。
「これじゃ、わかりませんね……」
同じような地形の場所を探せばここがどこかわかるのかもしれないけれど、そんなことをできるほど時間はない。というか、この地図は頁数が多すぎる。
こんな時、この腕輪が使えたら、どこにいるのかわかるのに。
「え」
そう思って、腕輪状の端末を見たとき、私は驚愕に包まれる。
そこには不思議な数字が羅列されていた。
通信が復活したのかとも思ったけれど、その割には数字以外は表示されない。もしも通信ができるようになっているなら、もう少しわかるように連絡が来るはず。
「なんですか、これ」
「……わからない」
その数字は赤い文字で書かれていて、300と書かれた数字が少しずつ減少していく。この数字が0になれば何かが起きるんだろうけれど……
とりあえず端末を操作しようとするけれど、端末はうんともすんとも言わずにただ数字を減らしていくだけ。
「私にも書いてますよ」
「ネイリの方が数字が大きいね」
私がすでに250程度なのに比べて彼女はまだ400程度ある。結局、これが何を示しているのかはわからないけれど
そう見ているうちに数字はどんどん減っていって、遂に0へと到達する。それと同時に端末は甲高い音を鳴らす。
「わっ」
思わず耳を抑えようとするけれど、それは音の原因を耳に近づけるだけで、音は鳴り止まない。
「びっくりしましたよ、っ先輩!」
何? そう聞こうと思った。急に大きな声をネイリが出すから。
でも声は出ず、代わりに視界が傾く。
「う、腕が……! でも、なんで……それより回復……!」
ネイリの言葉が薄らと聞こえる。
何が起きたのかはわからないけれど、きっと私の身に何かあった。
「ぅ」
魔法が使えない。
魔力が不自然に練りにくくなっている。
落ち着け。
丁寧にやれば。
「な、なんで効かないの!? ど、どうしたら……!」
ネイリの焦る声が聞こえる。
大丈夫。
この魔法は何度も使ってきた。
2度目の魔法はなんとか起動し、私の身体を過去の状態へと戻す。そこまで長い時間を戻したわけではないのに、想像以上に魔力を持っていかれた。
それもそのはずで、固有魔法で読み取った情報によれば左腕から肩にかけて大きく欠損し、さらに魔力侵食まで喰らっていた。
「え、な、治ったんですか? もう大丈夫ですか?」
「うん。それよりネイリ手を出して」
「なんですか? 今はそれより」
「早く」
少し語気を強めてネイリの手を掴む。
そこには私と同じ腕輪が嵌められている。私のはもう、さっきの損傷で地面に落ちているけれど。
「動かないでね。この腕輪を取るから」
「え、どうしてですか……」
それに答えようとして気づく。
もう数字は20を過ぎたところで説明している時間はない。
これが0になる前になんとかしないと。
「先輩!?」
「一瞬だから」
杖に魔力を流して攻撃魔法を起動し、ネイリの手首から先を削り取る。苦痛に顔を歪めるネイリにすぐに回復魔法をかける。
「う、腕っ! あ、ある……」
「ふぅ……ごめんね。急にこんなことして」
「私は、大丈夫ですけど……どうしてですか?」
ほっとする私に、ネイリが疑問を投げかける。
「あの腕輪だよ。多分あれから私達の身体に有害な魔力が流れ込んでいたんだと思う」
「あの数字が0になったら、ってことですか?」
彼女の言葉に小さく頷く。
さっきの私への攻撃はてっきり追手が来たのかと思った。でもそうじゃない。読み取った私の情報には目立った外傷はなかった。
左腕以外には。そこは腕輪があった場所で、
だからネイリにも同じものが降りかかると思って、乱暴だけれどすぐに取り外せる方法をとってしまった。
有害な魔力が流れ込んだ後では、多分今の私の魔力では足らない。自分自身の回帰で大きく魔力を損失していたから。
「ありがとうございます。また、助けられちゃいましたね」
「でも、これで通信はもうできなくなっちゃったね」
あの腕輪状端末以外に私たちは通信機を持っていない。復旧のめどは立っていなかったけれど、もう復旧しても復旧したのかすらわからない。
「先輩……その、腕輪はどうして私たちにあんなことをしたんでしょうか? だって、腕輪は……」
彼女は不安そうに私を見つめる。
その目はとても揺らいでいた。
あの腕輪は魔法使いなら生まれついてすぐに上層部から贈られてくる。そしてあの腕輪を外すことはできない。それこそ手首ごと切り落としでもしない限り。
その腕輪にあんな機能があったなんてことが信じられないんだろう。
私もまだあまり呑み込めていない。
でも予感はあった。私の今思っている仮設通りなら。
「多分、普通の人は怖かったんじゃない? 私達、魔法使いが」
「怖かったって……でも、魔法使いは戦っているのに……」
「そうだね。でも、私たちが普通の人より強いのは事実だから」
普通の人は魔力の保有量も微々たるものだし、魔力を操作をすることもできない。そんな人が私たちに恐れるのは当然と言える。だからといって、許せるわけじゃないけれど。
「この機能、みんなは知っているんでしょうか? 私の両親も、この機能に同意したんでしょうか……」
「……どうかな」
「私、直接聞きに行きたいです。私の両親のもとに」
そう語るネイリは決意に満ちた表情をしていた。
きっと、彼女はまだ両親のことを鮮明に覚えている。その記憶がさっきの出来事で揺らいでいる。
私はもう忘れてしまった感情で彼女は動こうとしている。
「じゃあとりあえず首都を目指そうか。そのためにはもう少し情報が必要だけれど」
「先輩も来てくれるんですか?」
「うん」
私にはもうネイリを助ける以外にやりたいことが見つからない。
ラヒーナの残したこの思いだけしか。
結局私は、あの時からずっと止まったままなのかもしれない。
こういう強い思いを見るとより思う。
私の小さな好奇心も、ラヒーナへの小さな憧れも願いも、多分こういう新しくて大きな思いに比べれば取るに足らないことだから。
だからきっと、私の仮説は話さない方が良い。
彼女の、いや、魔法使いには両親がいないという仮説を。
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