第20話 る
「ネイリ、大丈夫?」
魔力を抑えながら歩くこと早数日。
幸い施設の周りは木が生い茂り、川も流れていて、水は確保できた。食料は、まだどうすればいいかわからない。でも今は、それを考えている余裕はない。
ほとんどずっと歩き続け、来てるかもわからない追手に怯える生活は精神にこたえる。でも、ネイリも私も、あの戦場での生活よりはまだ気が楽ではある。
「大丈夫、です」
口ではそう言うけれど、彼女はもう肩で息をしている。
身体強化魔法を使うとはいえ、魔力を抑えていては出力が大きく落ちる。彼女も、この前よりは成長しいるけれど……ここら辺が今日の限界か。
「今日は、この辺にしようか」
「え、ま、まだいけます……! 今のうちに離れないと……」
案の定、彼女は抵抗してくる。
その目には、私の足を引っ張りたくないという思いが見えて困る。ネイリの魔法はとても役に立っているし、役に立っていなくたって私はネイリをそう簡単に見捨てたりしたくない。
「私がもう辛いから今日はここまでね。ごめんね」
ずるいけれど、こういえば、ネイリはあきらめてくれる。
それにまだ無理をしなくてもいいはず。ネイリの魔法で通りそうな場所には印をつけているけれど、まだ異変はない。もちろん、そこ以外を通る可能性がないわけじゃないけれど。
第一、追手が来ているかもしれないという予想だって、悪い予想でしかない。素直に考えれば、私たちはあの食料争いから離脱したようなものだし、わざわざ追ってくるとは考えにくい。
でも、そういう冷静な思考であの殺人集団がいてくれると信じるのは、難しい。
そう思わせるぐらい、あの施設の中は異様な雰囲気に呑まれていた。私達も、まだあの雰囲気にとらわれているのかもしれないけれど。
あとは、あの施設での争いで負けた方が施設から逃げ出して、私たちと遭遇するという危険もある。上級生のほうならまだ話は通じそうだけれど、殺人集団のほうと出くわせば、あまりいい結果は望めない。
「ここなら大丈夫そうですね」
小さな岩の影に私たちは腰を下ろし、体力を回復させる。
次の移動は日が昇ってからになるだろう。最初は夜も移動するつもりだったのだけれど、この森には何かがいる。最初は生物の足音かとも思ったけれど、その割には音が大きすぎるというか、もっと大きなものが動く音がする。
それ、もしくはそれらは夜に活動しているようで、昼は何も見えない。それこそ昼間は動物の姿すらほとんど見えない。大分前に戦場で森に入ったときにはたくさん生物がいたのに。
ネイリと交代で見張りをし、朝を迎え、また進みだす。
昼の森はほとんど音がしない。川の流れる音は常時あるけれど、あとは時折風で木々が揺れるぐらいで、生き物の音というのが皆無に近い。
「ネイリ、何が食べられるかってわかる?」
「わかりません……これ以外にはほとんど食べたことないですから」
「そうだよね……」
そう言って持ってきた固形食を口に入れる。
持ってきた固形食はもう少ない。
私たちはこれ以外に何が食べられるのかわからない。
最悪、そこらへんにある草や木をかじってみる必要があるかもしれない。植物が固形食の原料だと聞いたことがあるし。
なるべくしたくはないけれど。
食べ物ぐらい見つかると思って、あの施設を飛び出したけれど、軽率な判断だったかもしれない。そろそろ、魔法を使わないといけないかもしれない。魔力探知が怖くて、なるべく使わないようにしていたけれど。
魔力を解放し、飛行魔法を起動する。
「先輩!?」
「ここからは飛んでいこう。もう時間がない」
「っ、はい!」
多分、ここが分かれ道で、今なら施設に帰ることも簡単にできる。
でも、飛行魔法で離れ始めたら帰るのも同じぐらい大変になる。
ネイリに問いかけた方が良いかと思ったけれど、それで帰りたいと言われるのが怖くて私は飛び出した。私はもう、あの場所に帰りたくはなかったから。
幸いにも、飛行魔法を使い始めても、恐れていた追手が来ることも、正体の見えない森の中を動くものも襲ってくることはなく、次第に木々は少なくなっていった。
森を抜ければ次に現れたのは草原だった。
そこには魔法生物が跋扈していた。魔法生物は国が管理しているはずなのに。
この前の魔力爆発のような現象の時に、何かあったのだろうか。そんなことを考えるけれど、深く考えられる余裕はない。
「建物が!」
それが見えたのは、最後に食事してからもう20日も経つ頃だった。
草原にいくつかの建物が並んでいる。屋根は低く、数軒しかないから人口は少なそうだけれど、人がいるはず。
そう思っていたのだけれど。
「誰も、いませんね……」
「うん……当分誰も、来ていない感じがする」
近づいてみれば、家はぼろぼろで、とても誰かが住んでるようには見えなかった。
少し悪いかもしれないと思いつつ、家を手分けしてみて回りつつ、中のものを物色する。
「ん?」
ここにもなにもないかと思ったとき、それが目に入る。
壁に貼られた写真。そこにはこの前見た写真のように、色々な形をした人がいた。
顔にしわのある人、とても小さい人……普通の人もいるけれど。
やっぱり、これが魔法使い以外の人の姿なんだろうか。
こんな腰が曲がっていて、疲れないのかな。
「わっ」
少しよそ見をしていたせいか、足を何かに引っ掛けて、こけそうになってしまう。
何に引っかかったのかとみれば、そこには大きな本が倒れていた。
手に取ってみると、ぼろぼろだけれど、かろうじて表紙の文字は読み取れる。
「魔法生物学?」
私は習ったことのない学問。
中をぱらぱらと開く。
「魔法生物学は世界に存在する中で一番強力な魔力という力と生物の関わりを突き詰める学問である……」
それって、私たちのような存在を研究する学問ってこと?
たしかに私達、魔法使いが何故突然生まれたのか、まだわからないと言っていた。多分、そういうことを調べているんだろうけれど……なんだろう、この違和感。
「今まで考案され、実用化された魔法生物一覧……」
この書き方だと、まるで魔法生物が人工的に作られたみたいな……
でも、それなら、だって。
「先輩! どこですかー!?」
思考の中にふと現れた嫌な仮説は、私を呼ぶ声によって掻き消える。
ネイリのほうへと向かえば、そこには大きな箱があった。
「見てください、これ!」
「これ……食べ物?」
そこには固形食に似た形のものがたくさん置いてあった。
透明な袋に閉じられてはいるけれど。
「多分、そうですよ、ほら! ここに果物味って書いてますよ! 果物が食べられるのかは、わからないですけど……味って書いてるし、きっと食べれます!」
まぁ、そう言われれば、そんな気もしてくる。
それにどちらにせよ、ここで食料が見つからなければ、かなり不味い今日ではあるし。
「じゃあ、私が先に食べてみるね。私なら、何かあっても自分で治せるから」
「あっ」
ネイリが何か言う前に、目の前のものを口に入れる。毒見役は私がやる方が良い。もしも彼女になにかあれば、私はきっと後悔するだろうから。
かなりの覚悟を持って、口に入れたけれど、それは想像よりも美味しかった。それこそ、お菓子と同じくらいに。
「これ、食べれると思うよ。それに甘いし」
一応、固有魔法で身体の状態を確認するけれど、目立った異常はない。
ネイリも食べるように勧めると、彼女もこの味のする固形食を口に含む。
すると、その顔がみるみると驚に変わっていく。
「これ……おいしいですね! こんなおいしいものがあるなんて……」
そう嬉しそうなネイリを見ていると、私もあの時施設を出てよかったとほっとする。これで、当分生きていける。これからどうするかはまた考えないといけないけれど。
でも……確かに、この食べ物はお菓子ぐらい甘い。でも、なんでだろう。
どうして、あのお菓子のほうが美味しかったと思ってしまうのだろう。
味はほとんど変わらないのに。
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