第22話 け

 一つ町を見つければ、そのあとの町探しは比較的容易になる。

 魔力供給線をたどれば、次の町には付ける。

 それに気づいたのはネイリで、その発想に私はただ頷くしかなかった。


 魔力供給線なんて知識でしか知らなかったし、私はほとんど忘れていた。私たちのいた施設は、魔力を自給しているからそんなものはないし。

 けれど、この小さな古びた町でも魔力供給線ぐらいはある。多分、あの様子だともう使われてないだろうけれど。


 それをたどるとしばらくはこの町と同じような、廃れた場所が続いたけれど、次第に建物は新しくなって、つい最近まで人がいたような町も現れた。

 でも、そこに人はいない。状況的にはここから急いで離れたように見える。多分、避難所のような場所があるのだろう。この魔力濃度では人は生きていくことは難しいだろうから。


 そこで細かな地図を見つけて、今の現在地と目指している首都を認識する。まだまだ遠くはあるけれど、目指す場所が見えれば動きやすくはある。

 首都にさえいければ、ネイリの両親の情報も多少は見つかるはず。そういう人の情報がまとめられている場所があるはず。魔法使い達の情報をまとめていたように。


 道中に危ないのは魔法生物達で、彼らはもう野に放たれていて、私たちを襲ってくる。大抵の魔法生物は魔法使いにしてみれば脅威にはならないけれど、それでも一部の強力な魔物には勝てない。

 特に竜同士が争っているのを見たときは生きた心地がしなかった。


 それでも次第に家の数は増えて、逆に自然の数は減り、魔法生物の数も減って、いつのまにか首都にたどり着いていた。ここまで施設を飛び出してから20日程度。想像よりも早く着いた。


 でも、そこにも人の姿はなかった。正確には普通の人の姿は。代わりに多くの魔法使いがいた。女も男もどちらもいて、普通に会話して生活していた。男なんてほとんど見る機会もなかったけれど、もし戦場で会ってもなるべく関わるなと言われていたのに。


 最初は彼らのことも警戒していたけれど、街の雰囲気は穏やかだった。それにここは魔法使いだらけで私たちが少し増えたぐらいではきづかれない。

 加えて、彼らはすべて腕輪を外していた。多分、あの機能にきづいたのだろう。それか、気づけなかった人はここまでこれなかったか。


 道行く人に話を聞こうと声をかけると、ひときわ高い建物に行くと良いと教えてくれた。ここに初めて来た人はそこで説明を受けるのが通例らしい。


「良く来ましたね。また新たな同胞に出会えてとても素晴らしい気分です」


 その建物の一室で彼はそう言った。

 彼は特に名を名乗ることはなかったけれど、私たちに今の状況を説明してくれた。


 ここは元々、普通の人しかいない街だったが、先の魔力爆発現象で人が外で動けなくなった結果、魔法使いが今はこの街を管理しているらしい。元々いた普通の人は地下の魔力防壁の先で保護されている。

 魔力防壁の中は、大気が綺麗に保たれているらしく、魔力濃度も正常なままらしい。食糧の需給自足、魔力供給も万全で地下での生活に心配はないそうだ。


 ここにいる魔法使いたちはまだまだ数は少なく、施設にいる魔法使いたちもここに連れてきたいようだけれど、それは難しいらしい。

 この首都と施設のある場所までの間に竜同士の大きな争いがあるようで、通り抜けるのには危険が伴う。多分、私たちも見たやつだ。あの場所を生きて通れたのはかなり幸運だったのかもしれない。


「大変な旅だったでしょう。ここは安全です。何か欲しいものはありますか? 用意できるものであればなんでも」


 彼はそう言った。

 ネイリは私を見る。

 きっと彼女は何か欲しいものあるのだろう。私はそれ言うように促す。私は特に欲しいものは思いつかないから。


「あの、両親と会いたいんです」

「ほう。それはどうしてか聞いても?」

「その……話したいことが、あって」


 ネイリは言葉を濁す。

 私も会ってどうするつもりなのかは知らない。前に私が聞いても、彼女は自分の気持ちをうまく言語化できないようで、ただ確かめたいとしか口にしなかった。


 まだ彼女は生まれて一年程度で、それは仕方のないことだと思う。でも多分それはラヒーナが色々なものを両親に頼んでいたのと同じような感情なんじゃないかな。


「なるほどなるほど。しかし私達もまだ魔法使いの両親については調査中でして、少々お時間がかかります」

「そう、ですか……」

「そこで、どうでしょうか。この調査班に協力していただくというのは」


 名も知らない彼は、そんな提案を投げかける。


「えっと」

「無論、断っていただいても構いません。なるべく早く調査結果を報告しましょう。ですが、協力していただけるならこちらとしても助かりますし、何より1番早く知ることができますよ」


 彼の言葉にネイリはどうしようという顔を浮かべて私を見る。

 私としてはどちらでも良いのだけれど。でも多分、調査班に行けば彼女は真実を知ることになる。私の仮説が間違っていれば良いけれど、もし合っていたら。


「ごめんなさい。少し考えても良いですか?」

「どうぞどうぞ。長旅でお疲れでしょうからね。今日はこちらにお泊まりください。また明日会いましょう」


 彼女はそう言って結論を先延ばしにした。

 その後は、近くの部屋に案内される。


「明日までには決めないといけませんよね」

「そうだね」


 また明日というからにはそういうことなのだろう。

 決めなければどうなるかはわからないけれど、なにもしない者をただおいてくれるほど、優しいのだろうか。私はそこまで彼を信じてはいない。


「……もし、私があの提案に乗ったら、先輩はどうしますか?」


 ネイリは不安そうに私を見る。

 私についてきてほしいのだろうか。

 私もできれば、彼女を助けたい。でも。


「私は、行かない」


 そう言うと、彼女は悲しそうに顔を伏せる。

 きっと、その調査班とやらに興味があるのだろう。

 でも、それは私の彼女を助けたいという思いからはずれる、気がする。


 調査班というからには多分だけれど……まともに親を探す方針ではないはず。私の仮設通りなら、魔法使い事態への調査みたいになるはずで、それで暴かれる真実はネイリを傷つける可能性が高い。

 それを手助けするなんてできない。


「やめておいたほうがいいと思いますか?」

「わからないよ。ネイリが大切だと思う方を選んだ方が良い」


 言ってから、この言い方は酷いと自分でも思う。

 私を大切だと言ってくれた人にこんな言い方は。


「私は……やっぱり、先輩のことが大切です……」


 沈黙の果てに絞り出した彼女の小さな声はとても苦しそうで、少し苦笑してしまう。そんな声で呟いた言葉を誰が信じるというのだろう。


「ね、もしもネイリが私のことを心配してるなら大丈夫。私はなんとでもなるから。自分のために決めてね。ネイリが、後悔しないように」

「でも……」

「今まで、私をたくさん助けてくれよね。ありがとう。もう、ここまで来たから。あとは、どうとでもなるよ」


 本当にたくさん助けられた。

 ネイリの魔法は安全確認にはうってつけだったし、それを利用して魔法生物を回避したことも一度や二度じゃない。

 そしてなによりも、誰かがいてくれたことで気が楽になっていた。独りじゃきっと、この旅路、いや、ラヒーナがいなくなってしまったあの日から生きていられなかっただろうから。


「別に永遠の別れってわけじゃないでしょう? また会えるよ」

「……本当に、また会えますか?」

「大丈夫。街の端のほうにでもいるからさ。いつでも会いに来てよ」


 それからもネイリは悩んでいたけれど、次の日になれば私に別れを告げ、姿を消した。 軽く手を振って、ネイリを見送る。

 すると、なんとなく心が軽くなったような、空っぽになったような、そんな感覚に襲われる。


 最初に助けたのは私だったけれど、結局振り返ってみれば私は助けられてばかり。

 そして、結局ネイリの感情に同じものを返すことができなかった。

 いろいろ理由はつけたけれど、私はそれが今までずっと気がかりなだけだった気もする。だから、今、私はこんな気持ちでいるのだろうか。


「ごめんね」


 誰に聞かせるでもなく、ただ虚空に謝罪する。

 そして、歩き出す。彼女とは逆へと。

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