第18話 り

 考えた結果、私はここに残ることにした。

 ネイリの体調が回復しなかったのもあるし、ラヒーナの帰ってくる場所はここだろうから、ここを離れたくないというのもある。

 でもたぶん、一番の理由はここから出るのが怖いから。


 ここから出れば多分、色々な事を知れる。

 魔導兵と組する人、身体が変な人、あとは上層部のことも。

 でも、それには大きな危険が伴っていて、私はそれが恐ろしくて仕方がない。ラヒーナとまた会うこともできず死んでしまうのが怖い。

 なら、私はおとなしくこの場所で状況が変化するのを待つ。


「先輩……ごめんなさい。私のせいで……」

「ネイリのせいじゃないよ。私が臆病なだけだから」


 彼女の体調が良くなるまで5日ほどかかった。

 だからなのか、彼女は自分のせいで私が外に行かなかったと思っている。でも、本当にそんなことはない。もしもネイリが健康で、一緒に来てくれたとしても、私はここを離れなかっただろう。


 結局私はこのラヒーナの残滓から離れることができない。上層部に逆らうことも。


「どれぐらい残ってるんですか?」

「まぁ、半分ぐらいかな」


 半分とはいっても、強い人は多く出ていったし、逆に弱い人は多くのこった。もし仮に今、戦場に行けと言われたら、相当まずいことになるのは間違いない。まぁ通信はまだ復活してないんだけれど。


「意外に少ないですね」

「そう?」


 私は結構多いと思ったけれど。

 みんな、勇気のある者達。

 それを生み出すのはその実力故だろうか。それとも、元々そういう精神の持ち主だからだろうか。

 それとも、恐れから……?


「ネイリは、行きたかったの?」


 そう聞くと、彼女は少し考え込む。

 でもすぐに顔を上げて、答えを出す。


「先輩に合わせましたね」

「私?」

「はい」


 そう語るネイリの目は私を信じ切った目をしていた。それが私にはとてもまぶしい。それに、どうしてそうも私を信じているのかわからない。


「どうして、そんなに」


 そう言いかけて、やめる。

 なんだか聞くのが怖くて。


 私たちは、国からの援助が途切れた状態で過ごさなくてはいけない。

 人数が半分になったとはいえ、食料はもって3カ月といったところだろう。そして、この高魔力濃度状態が収まる予兆は何も見えない。


 異変があったのはネイリが回復してからさらに3日後。

 遠くに魔力が見えるようになった。


「なんですか、あれ……」

「わからない。けれど、とんでもない魔力量だね」


 その魔力は可視光になるほど強力で、遠目でも大きいとわかるぐらい天高くまで立ち上っていた。さらにその魔力が立ち上る範囲は次第に横に拡大して壁のようになっていく。


「あれ、魔力を出してますよね」

「そうみたいだね」

「じゃあ、もしかして魔力濃度下がらないんじゃないですか……?」


 そんな簡単に大気中の魔力濃度を変えることはできないと言おうとして、元々この状況になったのは強大な魔力のせいだということを思い出す。

 そしてあの魔力の壁も強大な魔力であることには変わりない。8日経過しているのに、一切魔力濃度が下がる気配を見せないのがあの立ち上る魔力のせいだとしたら。


「まずいかもね」


 そう思ったところで私たちに何かできるわけじゃない。

 でも、少なくとも助けが当分来ないことはわかる。


 ここから国までは飛行魔法を全開にしても、かなりの時間がかかるだろう。私は国の正確な位置を知らないけれど、そんな近いことはないはずだから。

 そのあと、素直に私たちのところに助けが来るとは、到底思えない。多分国は国で恐ろしいことになっていて、そっちの処理に追われるんじゃないだろうか。この魔力濃度の中で普通の人がまともに生活ができるとは思えないし、国は当分魔法使いの力を当てにするだろうから。


 そんな魔法使いを手放して、私達のところに来てくれるかは五分五分な気がする。私達も魔法使いではあるけれど、私達の戦術的価値は低い。そして、この状況で生きているかもわからない。


 でも、もしかしたらと、少し考えることがある。

 これだけ魔力濃度が高ければ、人はほとんど死んでいるんじゃないだろうか。そうなれば今生きている人は魔法使いだけということになる。その場合、どうすればいいのかは……正直わからないけれど。


 それからは当分静かな日々が続いた。

 授業は授業用の機械が動いていないからなかったけれど、みんな魔法の練習をしていた。というのも、この高濃度魔力環境だと外へと干渉する魔法の難易度が上がっている。

 練習しないと攻撃魔法や防御魔法をだすのもままならない。この魔法達は私たちの生命線で、これらがうまく使えないというのは早急に解決すべき問題だった。でも、多分……もう戦争どころじゃないんだろうけれど。


 私は意外と簡単にこの環境での魔法は習得できた。

 逆にネイリは苦戦している。


「どうすれば、できるになりますか……? むずかしいんですけど」

「術式を安定させれるようにすればいいんだよ。単純に魔力をたくさん入れるんじゃなくて……なんていうんだろう、そのぎゅっ! って感じ?」

「わからないですよ……」


 一応、私も完璧ではなく、威力は前よりも下がってしまった。ただでさえ低い出力がさらに低下したけれど、この高濃度魔力環境なら、出力が低下しない人はほとんどいないだろう。

 それこそラヒーナのように強固な魔力強度を持つ人なら話は別なんだけれど。


 それ以外の魔法は今まで通り使える。

 飛行魔法も、固有魔法も十全に。多分、外ではなく閉じられた中に発動する魔法だから。


「私達って、いつ死ぬかわからない状況ですよね」


 魔法の練習を終え、部屋で休憩している途中にネイリが急にそんな事言い出す。

 突然何を、と思ったけれど、その表情は真剣そのもので茶化すことはできない。


「まぁ、そうだね。というか、今までも、そうだったけれど」

「そういえば、そうですね。私達、戦争に言ってたんですもんね」


 というかこの状況になっていた方が安全なんじゃないかと思わないでもない。この状況は恐ろしいことこの上ないが、明確に私たちを殺しに来ているわけじゃないし。


「突然、どうしたの?」


 そう聞くと、ネイリは私を見つめて、耳を疑う言葉を言った。


「私は先輩が特別好きみたいです」

「……ぇ」


 私は驚きのあまり、座っている椅子から立ち上がってしまった。

 何を言っているのか、わからない。


「正直、私は先輩に独占欲を抱いています。先輩が最初に頼るのは私であってほしい。私といて、楽しいって思ってほしいんです」


 その言葉に、私は何も言葉を返せない。

 ただ呆気にとられて、顔を赤らめ語るネイリを眺めるだけ。


「でも、いいんです。そんなことは。それよりも私は先輩が笑ってくれさえいればそれでいいんです。先輩が心の底から嬉しいなら」

「ネイリといて、その、私、楽しいよ。それこそ退屈だなんて思ったことないけれど」


 かろうじて、口早に言葉を紡ぐ。

 この気持ちは真実。友達といてた退屈だなんて。


「でも、先輩は笑ってくれません。悩んでることも相談してくれません」

「それは」

「わかってます。いたんですよね? 今はここにはいない、先輩の大切な人が」


 ラヒーナが帰ってこなくなってから、私の心はずっと曇ったままで、笑うのは難しい。彼女と会えないのが、私は。 

 

「こんなこと、言わないでおこうと思っていました。でも、いつ死ぬかわからないなら、伝えておきたいなって思ったんです」


 真剣に私を見つめるネイリの目は少し涙を含ませていて、泣いてほしくないとは思うけれど、私はかける言葉が思いつかなくて、口をぱくぱくとさせるだけ。


「ネイリ、その」


 なんといえばいいんだろう。 

 そんな強い感情をネイリが持ってくれてるなんて思わなかった。 

 そんな特別なんて知らない。私は独占欲なんて抱いたこと、ほとんどない。特別って、そういうものなの? じゃあ、私がラヒーナに感じていた特別は……

 私はただラヒーナが一番大切なだけ……


「……今は、何も言わなくていいです。でも、私はいつでも先輩の味方ですから。それだけは伝えたくて」


 いろいろな感情が渦巻いて、ただ立ち尽くす私をよそに、ネイリは布団の中へ消えた。時折、ネイリからは泣き声が聞こえたけれど、私は聞こえないふりをするしかなかった。聞きたくなかった。きっとその涙は私のせいだから。

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