第17話 ば

 贈り物の日以降、なぜか戦場へ向かう数は減っていく一方だった。しかも、戦場に出ても、まともに接敵せずに帰ってくることもおおかった。そのおかげで、私でもなんとか生きて帰ってくることができている。


 対照的に、戦術価値が上位の人が招集される頻度は上がっている。

 噂では、戦争が重要な局面に入ったからだとか、相手の魔導兵が強くなりすぎて、ある程度強い魔法使いでもなければ相手にならないからだとか、そんな風に言われている。


 私はこの期間に拾ってきた日記を読み終えた。

 あまり長い日記でもなかったけえれど、書いてあることには驚かされてばかり。


 まずこの日記が書かれたのはとても古い。

 これを書いた子の両親は戦争に行っている。そしてこの子の両親は魔法使いじゃない。まだ普通の人が戦争に行ってた時代。

 もう20年ぐらい前のことになる。けど、その時代にはあの街はまだ住める状態だったということになる。何があったのか正確にはわからないけれど、日記に時折現れる高密度魔力生成装置、これが原因なんじゃないかな。


 まぁ、考えても仕方ないことではある。

 けれど、少し好奇心が満たされた。でも、同時に謎はまだある。それが私の好奇心を刺激する。いつか色々な事が片付けば、このことを調べるのも面白いかもしれない。危険かもしれないけれど。

 でも、今は難しい。今は知らないことに興味が向くよりも、自分のことで精いっぱいだから。ラヒーナはまだ帰ってこないことが、どんどん私を不安定にさせていく気がする。


 なんだろう。次第にこの感覚にも慣れてしまうのだろうか。ラヒーナのいない生活に。いや、もうすでにある程度慣れてしまっているのかもしれない。

 取り繕うのが次第にうまくなっている気がする。ラヒーナのいない寂しさを、ラヒーナに頼れない不安を、取り繕って、なんとか生活している気がする。


 この前の試験はラヒーナがいなくて大変だった。筆記試験はいつもラヒーナに教えてもらっていたから、今回は散々な点数だったし、実技試験もいつもよりもひどい結果で終わった。

 発表された順位は大幅に下がっていたけれど、元々今の部隊は戦術的価値下位の集まりみたいなものだから、多分別の部隊に移動するということはない。というか会っては困る。


 今、ネイリと別の部隊になれば、私はすぐに死ぬ気がする。

 ラヒーナがいなくなって以来、曲がりなりにも私が生き延びてこれたのはネイリのおかげと行っても過言じゃない。彼女が私を気にかけてくれなければ、私はもうとっくに。


「先輩、もう起きる時間ですよ」

「もうちょっとだけ……ていうか、今日は休日でしょ……」

「そうですけど……早く起きた方が良いですよ!」


 そう言われて、布団からゆっくりと外に出る。

 ネイリの言う通り外はもう明るくなっている。それでも布団の外はとても寒くて、あまり部屋の外に出ようとは思えない。


「今日は部屋でゆっくりですか?」

「うんまぁ、その予定」

「じゃあ、私もそうします」


 毎回そうだけれど、ネイリは私と休日にいて楽しいんだろうか。

 特に今日みたいな日は本当に何もしない。軽く杖をいじるぐらいで、あとはもうただ部屋で寝転がって、夢と現実の境目にいるような感じなのに。


 まぁでも、ネイリの存在は多分とても助かっている。

 戦場だけの話じゃなくて、こうして部屋に誰かがいなければ、もっとラヒーナのいない寂しさを感じていただろうから。


 そんなことを考えながら、また布団の中へと戻ろうとしたとき、警報が鳴り響く。


「な、なに?」

「これ……」


 私がこの施設に来てから警報なんて一度もきいたことがない。

 この音も、訓練で一度聞いたことがあるぐらいで、実際に聞いたのは初めて。たしか意味は。


「不明異常発生……」

「せ、先輩、どうしたら……」


 この音だけじゃ何かわからない。

 けれど、不明異常というのなら、少なくとも魔導兵ではない。魔導兵ならもっと直接的な表現になるはずだし。


 その瞬間、急に身体が重くなったような錯覚を覚えた。

 感覚に急に重りがのっかったような。


「っはぁ」


 小さく息を吐いて、冷静に感覚を整理する。

 そしてその原因に気づく。遠くからあふれ出る大量の魔力に。


「これか」


 間違いない。今回の警報の原因はこれ。

 距離はとんでもなく離れているが、それでも感じるほど莫大な魔力。

 多分近くにいた人は、この魔力に呑まれて跡形もなくなっているだろう。


「な、なに、これ? へんな感じで……気持ち悪い……」

「ネイリ、しっかり。落ち着いて」


 この魔力にあてられたのか、しんどそうに座り込んでしまったネイリの背中をさする。これはまだ生まれて数カ月の子にはきついのかもしれない。

 多分、ネイリ達はまだ魔力への耐性が十分じゃないんだろう。もちろん、魔法使いだから、普通の人の何倍も耐性はあるだろうけれど。


「も、もう大丈夫です……ごめんなさい……」

「いいって。もうちょっと、横になっておいた方が良いよ」


 まだネイリは何か言おうとしていたけれど、やっぱり辛いことには変わりなかったのか、素直に目を閉じる。

 それからしばらくして、誰かの声が廊下に響き渡り始めた。


「みんな、集まってー! 大広間で説明があるみたいだから!」


 知らない人の声がする。

 けれど、冗談か何かというわけではなさそうで、続々と周りの部屋の扉が開く気配がする。多分、私も行った方が良いのだろう。


 でも、どうしてこの腕輪で連絡をしなかったんだろう。

 その疑問は腕輪を見たときに解決する。さっきまでまともに動いていたはずの腕輪は真っ暗のまま、なにも表示しなくなっていた。

 多分、さっきの高魔力によってやられてしまったのだろう。こんなに大気中の魔力濃度が高いのは初めてだけれど、こういう環境では魔力を利用した通信はうまくいきにくい。


「ネイリ、少し行ってくるね」

「せ、んぱい……」

「大丈夫。すぐ戻るから」


 まだ意識が朦朧としているネイリを置いて、大広間へと向かう。

 そこでは飛行魔法で空まで含めてほとんどの場所に人がいる。ぎりぎり身動きが取れないほどではないにしても、ここまで人が集まったのは初めて見た。


「えーそろそろ集まったかな」


 拡声器を通した声が聞こえる。

 その声の主は、大広間の舞台にいた。後ろのほうにいる私には、姿は見えないけれど、魔力の流れ的になんとなくどこら辺にいるかはわかる。


「私は18歳のマーシャだ。今から私たちの考えたこれからの作戦とすべきことを伝える」


 18歳……最年長だ。

 けれど、最年長とはいえどうして全体への指示を彼女が。大抵、こういうのは上層部がしているはずなのに。勝手に魔法使いだけで判断していいことではないはずだけれど。


「今、みんなは混乱してると思う。私もだ。本部との通信は閉ざされ、おそらく復旧するには長い時間を要する。そして、これだけの魔力濃度……魔法使い以外は無事では済まないだろう。だから私は本国まで帰ろうと思う。それが一番着実に現状を知れる、唯一の方法だと判断した」


 周囲にざわめきが走る。

 通信ができないという状況。彼女の国に帰るという言葉。

 私達魔法使いはこの施設の敷地から許可がない限り、出てはいけない。そういう決まりになっているはず。それなのに、国に帰るということはここから出ていくということになる。


「無論、これは私の独断専行だ。でも、ここで待っていても、食料は尽きるし水もなくなる。もちろん、ここから移動したからと言って、外にそれがあるかはわからないが……私はこれに賭けることにした。協力者は何人でも募集している。今すぐにとは言わない。3日後の日付が変わった時に出発する。ついてくる勇気のあるものはその時、大広間にいるように」


 それだけ言い終わると、ミーシャはどこかへと消えた。

 そう言われても私は呆けるばかりで、何をすればいいかわからない。

 きっと国に帰っても良いことはない。両親のこともあまり興味はないし。


 けれど、ここにいても食料と水が尽きるというのも本当のことではある。

 だからと言ってどうすればいいのかはわからないけれど。

 もう少し、考えてみればいい。まだ、時間はある。

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