第16話 も
幸いにも戦場に向かう日は来ることはなく、贈り物の日を迎えた。
贈り物は1年に1回、私たちに両親からの手紙や物が送られてくる日。事前に手紙を出すことができて、そこでほしいものをねだるのが常套手段ではある。
魔法使いを輩出した家庭は、国からの補助金やらで羽振りがいいのか、そこでねだったものが来ないことはあまり聞かない。流石に家が欲しいとか、竜が欲しいとか、そういうものは贈られてこないようだけれど。
「先輩は何が欲しいんですか?」
「私は手紙出してないよ」
「え、そうなんですか?」
0歳の時以降、手紙を出したことはない。私は両親を好きにはなれない。
私の両親は優しい人だった記憶はあるけれど、顔も覚えていないし、なによりこの場所に送り込んだことが、未だに私は許せずにいる。
0歳の時は、まだあまり戦場というものを知らなかったから、手紙を出したような気がする。でも、その時だけで、それ以降はもう。
「ネイリは?」
「私は手紙は出したんですけど……特に何が欲しいとかは思いつかなくて」
「そっか」
多分、それでも何かしらは贈られてくる。
私ですら毎年なにか贈られてくるんだから。
大広間はとても混雑していて、色々な声が飛び交っている。
贈り物の日は毎年こう。去年は、私もラヒーナと話していたけれど。
「それじゃあ、また部屋で!」
そう言って、ネイリは自分の世代のほうへと小走りで消えていく。
贈り物は世代別に渡される。私は、もう少し奥のほうか。
奥の方に行くにつれて、どんどん喧騒は静かになっていく。それでも私たちの世代ぐらいまではうるさいことに変わりはないけれど。
でも、もっと奥……それこそ最年長の18歳の人達とかは静かに受け取っているのが見える。もう、人数が少なくて、話していてもそこまで大きな音にはならない。
18歳の人は、今全施設を合わせても1000人いるかいないかぐらいで、私のいる施設では9人程度しかいないはず。きっと彼女たちの世代も昔はたくさんいたはずなのに、戦いであそこまで数を減らした。よっぽどの実力と運がないと、あそこまで生き延びるのは無理だろう。
あそこまで残るのは、それこそラヒーナのような圧倒的な能力を持つものだけ。今、眼前で贈り物を受け取る私と同じ年の彼女達も、来年は何人生きているかわからない。
そして、来年も私がここにいられるという気がしない。毎年そう。私が来年まで生きているという感覚がつかめない。
壁にもたれて人が少なくなるのを待つ。
数十分ほど待てば次第に人は消え、まばらに人が残るだけになる。
そのぐらいなれば贈り物も簡単に受け取れる。
「番号を」
「1253069」
機械にそれだけ答えると、小さな箱が現れる。
それを手に取り、足早に大広間を離れる。
部屋に戻ると、ネイリは先に戻っていて贈り物の箱を開けていた。
彼女にとってはこれが二度目の贈り物になる。様子を見る限り、結構楽しみにしているようではある。
「あ、おかえりなさい」
「ただいま。何が入ってたの?」
「えっと、これです」
そう言って彼女が見せてくれたものは、小さなぬいぐるみだった。
それを大切そうに抱きしめる。
「良かったね」
「はい。先輩は何ですか?」
「なんだろう」
小さな箱を開ける。
そこには首飾りと、手紙が入っていた。
「綺麗ですね」
「そう、かもね。でも、すぐあげちゃうから」
何が入っていようと、私は毎年贈り物を誰かにあげてしまう。
例年通りなら、3日後にみんながいらないものを持ち寄り、欲しい人が持っていく機会がある。あれに毎回、贈り物を出している。
「そんな、もったいないですよ! 先輩、つけてみてください」
「でも……」
「絶対似合いますよ!」
そこまで強く押されると、つけないといけないような気がしてくる。
彼女に押されるまま、首飾りをつけると、ひんやりとした感触が首に現れる。
「綺麗です……とっても!」
たしかにこの首飾りは綺麗だとは思うけれど。
なんだかやっぱり、私には。
「先輩、もう外しちゃうんですか?」
「ちょっと、ね」
ちょっと、私には綺麗すぎる。
私がこんなものつけていたって、首飾りがかわいそう。
「そうだ、ネイリにあげようか? これ」
「そ、そんな! そんなのもらえませんよ」
「どうせ誰かにあげちゃうから、欲しいならあげるよ」
ネイリはたっぷり悩んだ後、誰かにあげちゃうくらいならということでもらってくれた。これで3日後に大広間に行って贈り物を渡すという手間がなくなった。
一緒に入っていた手紙はいつも通り無難なことが書いてあった。
戦場でも気を付けてとか、魔法の調子はどうとか、友達とはどうかとか。
毎年同じような事ばかり。
「先輩」
「ん、もういいの?」
「はい。ちゃんと読みました」
ネイリも同じく手紙を読み終えたようで寝る準備を進める。
「あの、先輩……少し、いいですか?」
「どうしたの?」
ふとネイリが手を止めて、私を見つめる。
それを見て、少しまずい予感がした。
「最近の先輩、変ですよ?」
「最近の私って……まだ2カ月ぐらいしか、知らないでしょ?」
目をそらしながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
多分、その言葉は図星だから。
「そうですけど……でも変です! 何かあったんですよね?」
どきっとする。
言い当ててほしくない。
私はそれに触れられて大丈夫なほど、まだそれに慣れ切っていない。
「もう、良いじゃん。私は、大丈夫だから」
「本当ですか?」
「そ、そんなに変かな?」
言ってからこの疑問は良くないと思った。
「だって、そのぬいぐるみとか、贈り物ですよね? でも、先輩は全然贈り物なんて興味ないみたいじゃないですか」
「それは」
ラヒーナの物というのは簡単だけれど、それを言いたくはなかった。
彼女にそれに触れてほしくない。誰にもラヒーナのことに触れてほしくない。
「それに全然、笑わないし……最初は私といるのが嫌なのかと思いました」
「そんなことは、ないよ」
そう、そういうわけじゃない。
でも。
「はい。先輩は優しいですから。でも、それならやっぱり……この部屋には他に誰かいたんですよね?」
「やめて」
あぁ。やっぱりだめだ。
ラヒーナのことに触れられたとたん、心のざわめきが抑えられない。
その言葉を本当に聞きたくない。
「多分、その人は先輩の大切な人、だったんですよね? 私も、誰かを失う気持ちはわかります。だから……辛いなら話してみませんか?」
話せるわけない。
私は。
「私程度じゃそこまで力にはなれないかもしれないですけど、私も先輩の力になりたいんです」
「やめて!」
思わず大きな声を出してしまう。
「わかるだなんて、そんなこと……言わないで。ネイリに私の何が分かるの? ラヒーナは……」
そこまで吐き出して、後悔する。
ネイリはとても悲しそうな表情で私を見ていた。完全に私のせいだ。ネイリは私を気遣ってくれたのに、そんな彼女に私は怒鳴りつけて。
「ごめん。でも……」
「そう、ですよね。話したくないですよね。ごめんなさい。その、もしも話したくなったら、いつでも言ってくださいね」
ネイリは悲しそうな顔をしていたけれど、言葉は優しい。
そんな彼女に私は背を向け、布団の中へと逃げる。
私は、なんでこんな。
あんなこと言うつもりじゃなかったのに。
ラヒーナのことに触れられて、あんなに自分が取り乱すとは思わなかった。
彼女が生きていると信じ切れていたはずなのに。
私は、怖かった。
ラヒーナが死んでいるとネイリに指摘されるのが。
私だって。私だって、その可能性を考えないわけじゃないけれど……誰かにそれをまた言われるのは、もう一段階ラヒーナが消えていく気がして恐ろしくて仕方がない。
もう誰にも話したくないし、話して欲しくない。彼女のことは彼女が帰ってきてから、思う存分語りつくせばいい。それまでは私がラヒーナのいた証を。
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