第15話 く

 私が配属される部隊は毎回再編される。

 それは単純に死んでしまう人が多いからで、逆に言えば前回生き残った人は同じ部隊にいる。もちろん、その作戦に必要な人数とかにもよるけれど。


 だから結構よく見る顔の人もいる。

 一度も話したことはないけれど。


 でも、今日は私も話し相手がいた。

 というか、話しかけてくれる人が。


「先輩、緊張してるんですか?」

「まぁ、うん」


 ネイリが私のとなりで杖を触りながら、私に言葉をかける。

 まさかまたこんな風に戦う前に話す日が来るとは思わなかった。ラヒーナの戦術価値が上がって、別々の場所で戦うようになって以来だろうか。


「私も、です。先輩でも緊張するもんなんですね、少し安心しました」

「……みんな、緊張するよ」


 緊張しない人なんていない。

 ラヒーナも毎回明るく振舞っていたけれど、緊張や恐れだって確実にあった。

 だって、これから行く場所には命の保証はない。命を狙われ続ける感覚に慣れる人なんていない。

 まぁその恐怖とうまく付き合っていけないと死んでしまうけれど。


「そうですよね……はは」


 ネイリは特に恐怖が見える。

 それは当然と言えば当然で、二度目の戦場は一番恐怖の出る時だと思う。


 一度目の戦いで、みんな知ってしまう。みんな死んでしまうんだって。

 別にみんな本気で死なないと思っているわけじゃないだろう。でも、最初は理解はしていても実感はしていない。


 でも二度目は死んでしまうことを実感して初めての戦場。

 当然、恐れが出る。この一度目と二度目が一番死亡率が高い。


「あんまり気負わない方が良いよ。幸運を掴めるようにね。どうせ死ぬときは死んでしまうんだから」

「それ、励ましてるんですか?」

「うん」

「こういう時は、大丈夫とか言うんですよ」


 ネイリは少し笑う。

 確かにこういう場面でかける言葉ではなかったかもしれない。

 でも大丈夫だなんて言葉はつかえない。その言葉を言えるほど、私は楽観的には慣れない。それでも幸運があれば生き残れると思うぐらいには楽観的ではあるけれど。

 

「でも、ちょっと気が楽になりました」

「それなら、良かった」


 ネイリは多少緊張がほぐれたようだけれど、私は逆に久しぶりに身体の重さを感じていた。毎回恐ろしくて仕方ない戦場だけれど、なぜだろう。今回はいつもより怖い。


 こんなに戦場は怖いものだっただろうか。

 いろんな場所に魔導兵が潜んでいるような錯覚を感じる。

 幸いにも、戦場での2週間は激しい戦闘もなく、死者も少なく帰ることができた。


 でも正直言って、今回の戦場で私が生き残れたのは本当に幸運でしかない。

 私の動きや、判断に一段階遅れが出ていたのは自分でもわかっている。


「大丈夫ですか……?」


 あとはネイリのおかげでもある。

 彼女が助けてくれなければ危ない場面は何度もあった。

 本当は私が彼女を助けられたらいいのに。これもラヒーナが教えてくれたことだっけ。


「う、うん。大丈夫。ありがと、助けてくれて」

「いいえ、私なんて、そんな」


 謙遜するようにネイリが手を振る。


「でも、先輩。しんどかったら言ってくださいね。私にできることなら、力になりますから」

「それは……ううん、ありがとう」


 この不調の原因は気づいた。

 いや、私も思い出したというべきか。

 ラヒーナが帰ってこなくなって、誰かがいなくなる悲しみを思い出した。思い出してしまった。昔、私はそれを乗り越えられなくて、新しく誰かと話すのが怖くなっていた。

 なのに今はラヒーナのほかにネイリもいる。ネイリもいなくなってしまうのは途方もなく恐ろしい。


 それを自覚すると、どうにも戦場にいるのが怖くて仕方がなかった。

 ネイリと一緒に逃げたくなる。彼女はラヒーナとは違う。戦闘能力は今の私よりも低いだろう。そして、私に誰かを守れるほどの能力はない。

 きっと遅かれ早かれネイリも死んでしまう可能性は高い。もちろん、私も。でも、それを止める手段はもうない。ここまでかかわってしまえば、それをなかったことになんてする技術を私は持たない。


 昔の私が曲がりなりにもまた立ち上がって、頑張って生きていこうと思えたのはラヒーナがいたから。どれだけ恐ろしい戦場でも、そこから帰ればラヒーナがいつもいてくれたのに。

 今はもういない。きっといつか帰ってくるはずだけれど、少なくとも今はいない。

 だから、余計怖い。


 けど、そんなことネイリには話せない。

 彼女がラヒーナの代わりには、どう頑張ってもならない。

 別にネイリが嫌いなわけじゃない。どちらかと言えば、好きだと思う。久しぶりにできた友達だし。

 でも、多分誰であっても、ラヒーナの代わりには。


 このままじゃ次の戦場に行けば、確実に死ぬ。いつかはわからないけれど、こんなんじゃすぐに死んでしまう。


 施設に戻り、どうしようかと考えても答えは出ない。

 この恐怖はもう取り払えない。


 それからは毎日が進むのが恐ろしかった。

 次の戦場が来るのが、恐ろしくて仕方がなかった。それまでにラヒーナが帰ってこれば、まだましだったのかもしれないけれど、彼女はまだ帰ってこない。


 一日が終わるのが怖い。

 明日になれば、戦場に向かっているかもしれない。

 

 逃げようか、そう思う時もある。

 でも、逃げても殺されるだけ。今まではこれは憶測でしかなかったけれど、この前の日記と、魔導兵と組する人、そしてそれを隠す上層部、それらから憶測はほぼ確信に変わった。


 私達魔法使いが戦場から逃げる。それは死を意味する。もしくはそれに類することになる。

 考えてみれば、私たちは両親と引きはがされて以降、ここ以外の場所を知らない。魔法使いは魔法使いしか見たことがない。普通の人がどんな生活をしているのかも知らない。


 そういう情報はすべて知れないようになっている。

 それがなぜなのか、どんな情報が隠されているのか、私ごときが知ることはないだろうけれど。 

 なんにせよ、逃げても殺されるなら私はこの恐怖を抑える練習をするしかなかった。それがうまくいく気配は見えなかったけれど。


 でも気を紛らせる方法は見つけた。

 それは拾ってきた日記を読むこと。

 なんだかこれを読んでいると、普通の人と私達魔法使いは、別の生物なんじゃないかと思えるほど、やっていることが違う。それともこの日記の書いた人が特殊な人だったんだろうか。


 例えば、この子は毎日食事を食べている。毎回の食べ物を記録している。この時は固形食以外も日常的に食べれたみたいで、今日はおいしかったとか、昨日と同じだったとか書かれている。

 それぐらいは私でも読み取れた。問題は読めない文字もたくさんあって、才覚な情報を知るのが難しいということ。


 別にこんなものを読んでも何の役にも立たないけれど、私の気を紛らわすことぐらいはできる。

 もともとは好奇心から持ってきたものだったけれど、今の私はそういう謎よりもラヒーナのことのほうが気になっている。でも気にしても仕方がないから、これで気を紛らわす。特に1人でいると、どんどん悪い方に考えていってしまうから。


 私の日常がどんどん変質していく。

 私はその変化についていけそうにない。

 きっと彼女さえいれば、ラヒーナさえいれば、私は変わらずにいられたのに。こんな怖い思いをせずに済んだのに。

 だから、ラヒーナ、早く帰ってきて。

 そう願い、雲った夜空を見上げた。 

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