第14話 い
「驚きました。先輩と同じ部屋だなんて」
「あぁ……まぁ、そうだね」
ネイリがこの部屋の扉を開けることのできた理由は単純で、彼女がこの部屋の住人になったかららしい。いつのまにか月初めになっていたようで、部屋移動の日になっていた。
基本的に部屋は2人部屋が基本で、片方がいなくなれば他の部屋に移動になるか、別の部屋から誰かが来るか、その二択になる。一応希望すれば1人部屋にすることも可能ではある、というか1人部屋を希望しておくんだったと今少し後悔している。
でも、これでネイリが来たのは幸運だった。全く面識のない人だったら、どうしたらいいかわからない。
仲の良い人ほど同じ部屋になりやすいという噂は正しいのかもしれない。
「入ってもいいですか?」
「あ、えっと……ちょっとまってくれる? その、まだ片付けが」
「わかりました。ここで待っておきますね」
そう言い訳して、どうするべきか考える。
この部屋は敷居で区切られているわけじゃないけれど、ほぼ二分割されている。私のものがある場所と、ラヒーナのものがある場所。
ほとんど何もない私の場所と、たくさんのものがあるラヒーナの場所。
ラヒーナが帰ってきて、部屋に自分のものが何もなければとても悲しむんじゃないだろうか。でもネイリにその保管を任せるのはかわいそうな気もする。
なら私が彼女のものを持っておくべきだろう。
きっとラヒーナがまだ生きていると思っているのは私だけだろうから、私がやらないと。
「よし」
とりあえず私のものをささっとまとめて、ラヒーナの場所の片隅に置く。
これで私の使っていた場所はほぼ空になった。これならネイリも使えるだろう。
なんだか、少し体が軽い。
ラヒーナが生きていると思えたからだろうか。
まだ確定したわけでもないのに、考えれば考えるほど、彼女が死ぬわけがないような気がしてくる。私が生きているうちは彼女が死ぬことはない気がする。
というか、死んでいるわけがない。私ですらまだ生きているのに。
「いいよー!」
そう声をかけると、扉が開きネイリが遠慮がちに中に入ってくる。
「あまり、変わりませんね」
「間取りはどこも一緒だからね。そっち側、使ってね」
ネイリの持ってきたものはまだ1歳にもなってないということもあってか、あまり多くはなかった。けれど、親からの贈り物ぐらいは持っているようで、花飾りを大事そうに机の上に置いていた。
ネイリはとても良い子で、あまり共同生活には苦労しなかった。
まぁ、この前の戦場でそんなことはある程度分かっていたことでもあるけれど。
苦労したのはどちらかというと私で、ラヒーナのものだらけの場所で寝るのは意外と難しい。
ふと布団から顔を出せば、そこにぬいぐるみの目があって、なんだか見られている気になる。机の中には指輪が入っていて、拾ってきた日記を入れるときに壊しそうになった。
けれど、今まで彼女の集めた物達を見ていると、私はなんにも彼女のことを知らなかったのかもしれないと思う時がある。なぜ彼女はこれらを毎年の贈り物でもらっていたのだろう。
このぬいぐるみや指輪、あとは服も見つけた。これらを彼女が好きで集めていたのかというとそういうわけじゃない気がする。だって、指輪も服もつけているとこ炉を見たことがない。ぬいぐるみは……ずっと飾ってある気がするけど。
でも、ぬいぐるみって抱いたりするものなんじゃないの?
そういうところはあまり記憶にない。
だからと言って何のためなのかはわからない。
このラヒーナの両親からの手紙を見れば何かわかるのかもしれないけれど、これを見るのは流石に悪い。
そういえば贈り物の日、ラヒーナはうれしそうにしていただろうか。
いや、嬉しそうにはしていた。でも、それは私への贈り物である甘いお菓子を一緒に食べている時だった。彼女は彼女の贈り物を受け取ったとき、嬉しさというよりは安心したような顔をしていたような……
音が鳴る。
授業開始の音が、私を思考から引き戻す。
久しぶりの授業は相変わらず少しも面白くなかった。
それどころか、前よりもつまらない気がする。内容はほとんど同じなのに。
いろいろな問題が表示されて、解いてみろと言われる。べつにできなくても何も言われることはないけれど。
けれど、その問題は意外と難しくて、考えてもどうすればいいのかよくわからない。
「ラヒーナ、これどうやって……」
そこまで言って、ラヒーナがいないことを思い出す。
なんだかその瞬間、途端にすごく孤独な気がして、ここにいるの場違いな気がしてくる。こんな場所にいる意味なんてない気がしてくる。
なんだかこんなに独りって寂しいものだっけ。
隣には誰もいない。でも、こんなこと今まで何度もあった。今までもラヒーナが戦場に行っているうちは1人だったのに。いつ帰ってくるかわからないからだろうか。
苦痛だった授業も終わり、食べ物を取りに行こうとしたとき、ふと、誰かと視線が合う。あれはたしか、ラヒーナの友達。名前はキラリだったっけ。
なんだか気まずくて、すぐに視線を外し、教室を飛び出す。
遠くからちらりと彼女のほうを見れば、キラリはもう笑っていた。大勢の友達の中で楽しそうに談笑していた。別に薄情だとは思わない。そんなものだろう。魔法使いはみんなすぐ死んでしまう。
私たちぐらいの年齢になれば、立ち直るように見せる術ぐらい珍しくもない。
でも、私はまだ、笑えない。
多分それは、ラヒーナが私にとって特別だったから。
いつも通りの固形食を取り、部屋に戻るとネイリがいた。
「先輩は、いつも部屋で食べてますね」
「ネイリもでしょ?」
「はい」
ネイリも友達が多い方じゃない……というかきっと、最初の戦場で友達はみんな死んでしまったのだろう。新しく友達ができるにしても、もう少し時間が必要だろうし。
だからなんだろうけれど、ネイリはよく私のそばにいる。
休日も、授業後も、食事の時も。
もう少し友達でも作ればいいのにと思わないのでもないが、私が言うことじゃない。私はラヒーナとネイリ以外に話す人なんていないんだから。
「なんか、これ、味変わった?」
「え?」
「この、固形食。なんか味違う気がする」
「そうですか? 私のはいつも通り、何も味はしませんでしたけど」
「そう、なんだけど……」
そう、味はしない。
いつもどおりのなんの変哲もない味。
なのに、どうしてこんなに食べるのが苦痛なの?
こんなに不味かったっけ?
夜はいつも不安になる。
特に布団に入ってからは。
ラヒーナが死ぬわけない。
私はそう信じているけれど、なんだかそれが揺らぐ。
どんどんラヒーナの布団から、彼女の気配が消えていく気がする。
みんなの言う通り、本当は死んでしまってるんじゃないかって、考えてしまわない日はない。
それが嫌で毎日すぐに寝ようとするけれど、あまり意味はない。
いつも私の不安が最高潮になって、私の精神をすり減らすまで眠気はやってきてくれない。
だから目覚めは最悪だとしか言えない。
落ち込み切った精神のまま、必死に自分に言い聞かせる。
「ラヒーナが死ぬわけない」
そうして、また戦場へ向かう日が来る。
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